第三十三話 悠抄、仮面の秘密を明かすの事 その二十五
玄女と別れてしばしの後、広大な大陸の内へと向かう一行は休憩にと程よい大きさの町に降り立った。
賑わう大通りを人の波に流され楽しんでいた三人と一匹であったが、何事かを思いついたらしい悠抄がそう言えばとのんびり口を開いた。
「ぼくの言っていた火烏さんはですね、実は本当の火烏さんではなく、火烏さんぽくなった金烏さんの事なんですよ」
相も変わらず唐突に始まる悠抄の謎理論に、反応すべきか幾ばくかの逡巡の後、彩藍が一度足を止めて天を仰いだ。
「言いたい事は色々ありますが、そもそも火烏と金烏がどう違うかからわからないんですが」
「簡単だ。火烏は太陽の中に住むと言われる太陽の化身で、金烏は太陽として天を横切る太陽の化身だ」
非常にざっくりとした天猫の補足もどきに、小型化して悠抄の頭の上で小さく鼻を鳴らして聞き流し、聞き流すことが出来なかった彩藍は方相氏面の額部分に左手の人差し指を当てて波のように打ち寄せる疲労と格闘をする。
「なるほど、言っている意味はわかりませんが、喧嘩を売られていることはわかりました」
そのまま詳細の説明を、と真っ当な要求を出す青年に、頭上の小型狻猊が落ちないように両手で支えた悠抄が思考を纏めるために沓の先で二度ほど地面を叩いた。
「天猫の説明はですね、要するに火烏さんと金烏さんでは太陽に対する関連度合いが違うよと言うことです」
数歩先んじた悠抄がその場で踵を返すと、頭上からくろさんを降ろして縦に抱え直すと、毛に包まれた右前脚を挙手のように掲げてみせる。
一見いかにも悠抄らしい仕草ではあるが、顔を正面に向ける神獣の浮かべる笑みに、彩藍が思わず鼻白んだ。
「まず火烏さんですが、非常に強い火の性を持つ三本足の烏さんで、太陽の表面に住むことが出来るほど格が高い烏さんなので太陽の化身と言われています。火烏さんはですね、太陽に行っても会えます。ついでに、いっぱいいます」
火烏の持つ霊格の高さを称える称号としての太陽の化身であると断じた仮面の少年が、他方と掲げた神獣の前脚を入替えて言葉を続ける。
「金烏さんの方はですね、端的に言うと太陽の魂です。お空の太陽の中に入り込んで、毎日東から昇って西へと沈みます。この金烏さん達は十羽しかいません。順番で太陽になります」
美称でもなんでもなく、ただの事実表現として読んで字のごとく太陽の化身である、とくろさんに万歳の姿勢を取らせた悠抄が説明を締めくくる。
「相変わらず要点はわかりませんが、大事なのは似ているようで微妙に違うということと、今回のなよ竹の姫君の要求に追加する素材は金烏由来のものだということですかね?」
高度抽象化と言うおよそ説明には向かない過程を経た説明を何とか噛み砕いた彩藍が苦悩の末に要点を抽出し、青年の理解の良さに異形面と猫面が自分の説明が通じたと言う誤解のもとでそれぞれに満足げな反応をみせる。
そして、不毛の永久循環の縮図を直近で見させられた神獣は、お手上げの姿勢のまま憐れみに鼻を鳴らした。
「でも、金烏と言うことは太陽そのものと言うことですよね。いくら火鼠の皮衣でもそんな物を中綿になんかしたら燃えないですかね?」
青年の素朴な疑問に、悠抄がふむと頷いてだらんとぶら下げていた小型神獣を横抱きに抱きかかえ直す。
「良いところに気が付きましたね、彩藍くん。それを説明するにはですね、金烏さんと火烏さんの性質や力の流れと言うところから始める必要があるのですよ」
生真面目さ故の迂闊さに青年がしまったと後悔する暇もあればこそ、大路にも関わらず乗り気で講釈を始めようとす異形面の小型解説魔の肩を猫面少年が叩き気を反らせた。
「ありがとうございます、天猫さん。助かり……」
「その辺の説明は長くなるからな。どうせならそこの酒楼でじっくりと落ち着いてからの方が良いぞ」
彩藍の感謝を裏切った天猫が親指で示した先には、二階に朱色の花格子の施された酒楼が大きく門戸を開き客の訪れを歓迎していた。
〜〜
割包、小籠包、腐皮巻、焼売、水餃子、鮮肉蛋黄粽、芝麻球、桃寿と湯気立つ料理と黒茶が卓上に並ぶ光景は、囲む人数が三人という現実を踏まえると、圧巻と言わざるを得ない光景である。
「流石は天猫です。どれも美味しそうなお料理ですねー」
「そうだろう。派手すぎない店構えからして客に媚びていないからな。俺の目に狂いはない」
健啖を以てなる二人は壮観な眺めに満足の様子を見せ、一般的な胃袋の持ち主の青年は視覚的圧迫を減らそうとさりげなく直視を避ける。
「毎度のことですが、お二人とも小さいのによく入りますね。第一に、このご当地感のなさはちょっと無節操すぎじゃないですかね」
「それは違うぞ、彩藍。料理の種類の豊富さとは即ち厨師の執念の結晶だ。ここは敬意を表して数を頼むことこそが客としての正しい姿だ」
多少の苦情を含んだ彩藍の評は、訳知り風を吹かす天猫の台詞によって却下され、議論を傍目に早速自分用に芝麻球と小籠包を確保し、くろさん用に鮮肉蛋黄粽を取り分ける悠抄によって打ち砕かれた。
「うちの厨師達は暇さえあれば新しい料理の勉強に余念がないからね。坊や達のお腹が大丈夫ならなんでも注文しておくれな」
配膳を終えた中年の給仕女性は、店の構えにはやや大味なしかし体格には非常に似合いの豪快な笑い声を上げると、一転、洗練された仕草の礼を見せ若手を引き連れ部屋を後にした。
手を振って店員達を見送った悠抄が相方の淹れた蘭を思わせる香り漂わせる黒茶を楽しむと、仕切り直して口を開いた。
「さて、お話を戻しますが、天猫が良い物を頼んでくれたので説明がしやすくなりました」
言うが早いか、悠抄が取り箸を用いて蒸籠より焼売を取ると、ひょいと取り皿に移した。
「問題です、彩藍くん。焼売は蒸籠で蒸されますね。では、焼売が今本当に熱いのは、中ですか、それとも外ですか?」
菜箸で半分に割って、はい、と渡してくる少年に、青年が反射的に湯気立つ焼売の乗る小皿を受け取る。
「それは、割ってもこれだけ湯気が立っているんだから、中の方が熱いに決まってますよ」
「そうですねー。ではもう一つ聞きます。蒸す前の生の焼売は美味しいですかね?」
当然のことを重ねて問うてくる悠抄に、当たり前すぎて答えあぐねた彩藍がなんとしたものかと異形面少年の隣に助けを求める。
「すみません、天猫さんの相方の意味不明さが増しているので、解説をお願いします」
この際遠慮という美徳を一時的に棚上げした青年の要望に、天猫が面白そうに片方の肩を持ち上げる。
「火鼠の性質の話だよ。あいつらの耐火性の秘密は、ただ火に耐えるだけじゃなく、火中にあって活力が漲るところだ。つまりは、力の向きが内向きなんだよ」
ただでさえ齧歯類性質で田畑の実りを襲う上に、その特質の故に植物が萎びることも多いので農家に嫌われるのだと続ける天猫の言葉に、悠抄が拍手を以て説明の正しさを肯定する。
「飽くまでも内向きの火性を持つ火鼠さんに対してですね、金烏さんや火烏さんの持つ性質は基本外向きとなります」
反対の性質を表しているのか、悠抄が両の手で円を形作ると、それをくるりとひっくり返して見せた。
「太陽とは、天体でもありますが、読んで字の通り陽気の極みでもありますね。即ち同じ火行でも地の陰に属する火鼠さん達と違い、天の陽に属する金烏さん達の波動は外に向きます。だから力のぶつかり合いはなく燃えることはありません」
一度綺麗に締めた後、鉄刀木の箸に伸ばす手を止めて小首を傾げると纏めの語をつけ足す。
「あと、彩藍くんの誤解の一番大きな点ですが、金烏さんは分離した太陽の魂魄です。太陽の活力源であって熱源ではないですよ?」
なので金烏さん素材と火鼠さん素材の喧嘩はそもそもあり得ません、と元も子もない結論を後出しで出してくる理不尽の権化に、哀れな事務青年が数瞬思考停止に陥る。
発端は自らの疑問であるとは言え、どこにもぶつけようのない不満を食事で解消しようと割包に手を伸ばす青年と真似をして桃寿に噛じりつく狻猊に、悠抄が楽しそうにせっせと他の料理も取り分ける。
餌を運ぶ親鳥とねだる雛もかくやと言う光景を腐皮巻を頬張りながら眺めていた天猫が、そう言えばと何かを思い出したように拳を打つ。
「燃えない布の一つに火浣布という品物があるんだがな」
唐突に謎単語を口にする天猫に、彩藍が水餃子にかけようとした黒酢の手を止め、警戒を込めた視線を猫面少年に返す。
「これも火鼠の毛を織った布で、名前の通り火に焚べると汚れが落ち艶が良くなる優れ物だ」
「最初からそれを贈れば話は早いのでは?」
「それがですねー、織物と皮物では別なので、姫様の期待には添えないのですよ」
全くもって残念無念と揃って首を振る悠抄と天猫であるが、忘却の彼方から引っ張り出した代案の無難さに、もっともらしい言い訳をつけて却下しているだけと言うのは青年の目にも明らかである。
不毛な議論は避けるに限ると悟りを開いた青年が水餃子を口に放り込み、肉餡の旨味と黒酢の香りをしっかりと楽しんでから、再度疑問に口を開いた。
「要するに、贈るからにはより良い物をと言う趣旨はわかりました。ただ、疑問の順番が逆で申し訳ないのですが、前提条件として金烏がどこにいるかわからないと話にならないですよね」
「金烏達なら、今は羿と一緒に暮らしているはずだな」
拘ろうにも術がなかろうと指摘する事務官に、巣立った近所の子供の住処に思いを馳せるような口調で天猫が返す。
現実味がないにも程がない返答に思わず目を眇める彩藍に、悠抄がひらりと手を振り意識を引いた。
「羿さんは金烏さん達を撃ち落としてお仕置きしたので、お世話係として弱水の畔にいます」
再度の反発の気配を見せる彩藍に、悠抄がひとまず聞けと片手を翳す。
「華原の神界と現界が今ほど離れていない時代、十羽の金烏さん達は太陽の魂として順番に昇っては沈むと言う暮らしをしていました」
出だしから突拍子もない話であるが、天猫も相棒の語りを否定するでもなく舟を漕ぎ始めた神獣を膝に抱え上げる。
「金烏さんは太陽ではありましたが、鳥さんであり烏さんでもあったので、いたずらすることも大好きでした」
淡々とほのぼの語る悠抄の昔語りに嫌な予感を覚える彩藍であるが、ここで止めるわけにもいかず、滲み出る諦念を身に纏い先を促す。
「ある日、寄り集まった金烏さんのうち一羽がぽつりと呟きました。十羽兄弟いっぺんに天に昇ったら世はどうなるだろう、と」
「いや、何でそこで本能優先で動くんですか。偉大な神様なら、少しは自重しましょうよ」
常識人ゆえに隠しきれない彩藍の疑問に、天猫が冷めた様子でひょいと右肩を持ち上げて見せた。
「理屈が逆だ。神だから本能を抑えないんだよ。それが動物として現れるなら、尚の事だ」
「はい、天猫の言う通りです。烏さんなのでこれはもう仕方ないですね。で、金烏さん勢ぞろいの下界は山は枯れ畑は割れ、川には火の水が流れました」
想定以上の惨事に軽く身を引く彩藍であるが語り役たる悠抄の気負うところはない。
「悠抄さんはのんびりと話していますけど、当時かなりの災難ですよね?」
「当然だろ。だからこそ羿に金烏を射落とせとの話が行ったんだよ」
天猫の合いの手に、仮面少年が軽く頷いて小首を傾けると、えーと、と思考を巡らせる。
「この辺は詳しく話すと長くなってお店に迷惑をかけるので次回と言う事でまとめますが、羿さんの活躍により射落とされた金烏さん達は力を抑えられ一処に閉じ込められました」
話の省略の合図か、悠抄がくるりくるりと指を動かすと、次いでぱちんと両手を打ち鳴らした。
「こうして、前以上の太陽順番制となった金烏さん達はお仕置きとして大人しくしなければならなくなった事もあり、見張り役を押し付けられた羿さんと崑天の麓、弱水の畔で火烏さんぽい金烏さんとして仲良く暮らしているのです」
めでたしめでたし、とどこにめでたい要素があるか不明な御伽噺を終えると、くるりと立てた箸を回した。
「そう言うわけで、次の行き先は崑天ですね」
珍しくもはっきりと次の目的地を告げる悠抄に、彩藍が喉を鳴らし背筋を伸ばす。
青年の反応に悠抄も満足げに頷き、流れるように卓に備え付けの料理目録を手に取った。
「では、出発前の腹ごしらえに開水白菜と雲片肉を頼むとしましょう」
「大千干焼魚も注文に入れておいてくれ。あと、鶏豆花も欠かせんな」
「お二人とも、いい加減にしてください。僕は胃袋お化けじゃないんですよ。そんなに食べたら動けなくなります」
ここぞとばかりに名物料理を追加しようとする小型底なし沼達に青年が冷たい視線を注ぐ。
ほらさっさと席を立ってと容赦なく急かし立ててくる彩藍に、不満も露わに渋々従う悠抄と天猫であった。




