泣き虫な男 5
千香良が帰宅すると玄関で、出汁の匂いが鼻を掠めた。
急に寒くなったので、鍋にしたようだ。
「ただいま」
遅くなった千香良は風呂場に行く前にダイニングに顔を出した。
やはり、ダイニングテーブルの上には土鍋が据えられたカセットコンロが用意してある。
「お帰りなさい、今日は遅かったわね~急に寒くなったから、おでんにしたの」
千香良は取り敢えずシンクで手を洗うと、土鍋の蓋を開けた。
透き通った大根が美味しそうに浮かんでいる。
(先ずは、酎ハイで……)
晩酌の手筈が思わず浮かぶ。
「日本酒だね……ある?」
「しょうがないわね……」
渋々ながらも、母は冷蔵庫から大吟醸を取り出てくれた。
母もいける口。
おでんを前にして、飲むなとは言えないようだ。
ちゃっかりと自分の分もグラスを用意していた。
千香良がお酒の味を覚えたのは、20歳を過ぎてから。
早生まれの千香良は、成人式の日は未成年。
先生方も参加する同窓会は勿論、二次会でも飲まなかった。
それが今では一端の酒豪。
今の所、酒での失敗はない。
酒の強さは遺伝といわれるのは本当のようだ。
ただ、深酒が過ぎると、朝が辛く、遅刻に常習犯になっていた。
これもまた、慣れからくる弊害だろう。
『20歳で晩酌なんて、粋がって……』
遅刻の度に龍太に叱られるが、効いていない。
2年の月日が、千香良の甘ちゃんぶりは露わにしていた。
多分、明日は龍太に大目玉を食らうだろう。
「今日ね、千香良が現場のミスを見つけてね……」
千香良は滅多なことではなことでは、仕事の話を家ではしない。
一時、愚痴を溢してきたが、窘められるだけなので、しなくなった。
けれども、今日は愚痴じゃなく、ただ、聞いてもらいたい。
微酔いの千香良は、おでんを突きながら、饒舌だ。
母は時折、頷きながら、楽しそうに聞いている。
娘が仕事場での話をしてくれるのが嬉しいようだ。
「男の人なのに、泣くんだよ……ママはどう思う?」
「それだけ、真剣にお仕事をしているのよ」
てっきり、母からも批判的な言葉が返ってくると思ったのに……
千香良は腑に落ちない。
「え~、ただの泣き虫だよ……」
相葉家は放任主義だが愛情はふんだん。
そして、そこそこ、裕福。
高校中退は理不尽だったが、千香良は、ぬくぬくと苦労知らずで、育っている。
淋しければ泣くくせに、内弁慶も甚だしい。
数多有る、涙の出所を知ろうともしなかった……
読んで下さってありがとうございます。




