9. 3人の女性
「り、理由を聞いてもいいかしら?」
食い気味の回答に女性は少し驚いていた。
「もちろん!
理由は2つです。
貴方とは会ったばかりで信用する事が出来ないのと、仲間にするメリットを感じないからですね。
というか貴方は私を信用できるのですか? まだ会って1時間も経ってないのに」
彼女は少し考えてから、話し始めた。
「……確かに、普通に考えれば素性の分からない人間を仲間に入れるのはあり得ないわね。
私だってそうだもの」
「じゃあ、どうして?」
「直感よ!」
「直感かよ」
心の声が漏れる大悟。
その声を聞いて彼女の眉がピクッと動く。
(やべっ)
「ふっ、いいのよ。そりゃーそうよね。
理由が直感なんて意味わかんないわよね。
でも……私のそれは貴方達とは違う。あっ!」
彼女は興奮して大きな声が出てしまい、咄嗟に手で口を覆った。
「違う?」
しかし、大悟はそんな事気にも留めていなかった。
それな事よりも彼女が発した『私のそれは貴方達とは違う』に興味を示していた。
彼女は口を覆っていた手を離すと、小声で話し始めた。
「私達にはあの化物と戦う力も、逃げれるほどのスタミナもないわ。
それでも私達は生きてこれたの。
何でだと思う?
それはね、私は生まれつき危険を察知したり、正しい道筋を感覚で感じとることができたの。
そう言うのを第六感とか言うらしいんだけど」
第六感とは五感(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚)以外の感知能力。
物事の本質を直感的に感じとる心の動き、勘やインスピレーションのようなもの。
彼女は小さい頃から恐ろしいほど第六感が優れ、それにより危険を察知し、色んな危険を回避する事が出来た。
彼女達が今まで生きてこれたのも、この能力があったからだった。
(第六感? 超能力みたいなもんか?
俺も勘でやって成功したことはあるが、それは偶々当たっただけ。
結局、勘なんて何となくが殆どだと思う。
だからこそ、彼女達が17年これで生きてこれたのは信じられないな。
只、運が良かっただけ?
いや、でも彼女は確信を持って危険を回避してきたっぽいし。
うーん)
考えても分からないので、大悟は彼女に問い掛けてみることにした。
「あの、危機察知って言ってましたけど、具体的にはどうやって察知するんですか?」
「具体的と言われても困るんだけど、うぅーん……頭の中で警告音が鳴り響く感じかしら」
「警告音ですか?」
「そう。ホントに音を発してる訳では無いんだけど、脳が何かを訴えてくる様な。
それが大きくなれば大きくなる程、危険度が増す。
そんな感じね」
「なるほど……。
そう言えばさっき死にそうになってましたけど、警告音は鳴ってたんですか?」
先程、彼女が感染者に襲われてた話。
「いいえ。だって貴方が助けてくれたじゃない」
「え、いや、だって、死にそうだったじゃないですか。
俺が助けなければ死んでましたよ」
(それって危険だったことじゃないのか?)
「うぅーんとね……。
例えば、感染者に襲われた時に右か左に逃げるとするじゃない。
右には何もなくて左には池がある場合、感染者は泳ぐ事ができないから左に行けば逃げることができるのよ。
だから、左に行けば警告音は鳴らない。
つまり、『全ての危険』じゃなくて『生死が関わった危険』の場合に聞こえてくるのよ」
「なるほど……」
(つまり、大怪我をするような危険が迫ってても、死ぬ事がなければ発動しないってことか。
それと、たぶんこの効果は自分だけのものだろうな。
一緒にいる人が死ぬような危険では発動しないだろう)
大悟が考え込むと、その場に暫くの沈黙が流れた。
「そ、それでどうかしら?」
沈黙が耐えれなくなったのか、彼女が言葉を発した。
それに合わせて大悟も顔を上げる。
「私は自分の勘を何よりも信頼してきたわ。
貴方の目を見た時、話をした時、危険な感じは一切感じなかった。それどころか今まで感じた事がないような安心感を感じたわ。
貴方と一緒にいればこの世界で生きていける。そう確信したから、どうしても貴方を仲間にしたいの。
それに貴方にとってもメリットはあると思うわ。
だって私といれば色んな危険を回避できるだもん。それってお得じゃない?」
彼女は最後軽い感じでコチラのメリットを提示してきた。
しかし、その声の軽さとは反対に彼女の顔は強張り、汗も大量にかいていた。
ここを正念場と感じているのだろう。
ここで断られればもう無理だと。
確かに大悟といれば、こんな世界であっても生き抜く可能性はぐんと上がる。
なんたって異世界経験者のチートマン。
彼女の見立ては間違ってはいない。
だけど、普通なら出会ったばっかの男を仲間にしようなんて思わないだろう。それも銃を持った得体も知れない男を。
なのに、こんなやり方で、女性3人だけで、この世界を生き抜いてきた事実。
目の前で見せられたこの女性の力は大悟にとって、とても異質に見えた。
不思議な存在。
大悟は、彼女が持つ不思議な力の存在に興味を持ち始めていた。
(面白そうな人だ。
昔から超能力者とかと話してみたかったんだよな。
とりあえず、この人と一緒に行動してみるもの……。
よし!)
大悟の趣味の1つは人間観察。
こんな面白い素材を放っておくことは出来ない。
大悟にとっても違う意味でメリットが生まれた。
「……宜しいですか?」
「えぇ、もちろん」
彼女はとても緊張していた。
「貴方が提示したメリットは確かにこの世界では大きいです。でも貴方を信用できかと言うと……」
「ま、待って」
彼女は慌てて大悟の言葉を遮ろうとした。
しかし、大悟は掌を相手に向けて、彼女を静止させた。
「落ち着いてください。
そもそも、信用なんて一朝一夕で築けるものではありませんよ」
「え、でも?」
「あれは、断る口実で言っただけです。
でも、コチラにもメリットがあるなら別です」
「そ、それじゃあ」
彼女の顔がパァっと咲いた。
「はい。とりあえず仲間と言うことで」
「え、とりあえず?」
彼女の顔が一瞬にして萎れた。
「えぇ。まだ残りの2人とは会ってないので、そこは会ってからと」
「あぁ。そ、そうね。
私も2人に相談しないといけなかったわ。
それじゃあ、善は急げって事で私達の隠れ家に行きましょう。
2人共そこにいるから」
そう言って彼女は大悟の手を引っ張った。
「あぁ、はい。
わかりました」
大悟が、そう返事をすると彼女の足が止まった。
「どうしました?」
「仲間になった記念に1つアドバイスしてあげるわ」
(まだ、なってないけどね)
「初対面の人と話す時は、あまり敬語は使わない方がいいわよ。ここでは舐められたら終わりだから。
まぁー、それが喋りやすいとかだったら無理には言わないけど。
そう言う人もたまにいるからね」
(ほぉー。異世界にいた時と一緒だな。
冒険者限定だけど)
大悟がいた異世界の冒険者は力が全て、結果が全てだった。
野蛮な者達。
舐められたら終わりの世界。
冒険者は常に生死をかけて戦っている。少しでも隙を見せれば生きていく事はできないのだ。
まぁー、彼女が裏切った所でそんな問題はない。直様対処すればいい。
些細な事だ。
「それじゃあ私達の隠れ家に案内するわ」
「はい、お願いします」
大悟達はビルを出た。
周囲に気を配りながら歩くこと数十分、ある一軒家の前で立ち止まった。ブロック塀に囲まれた二階建ての家
「ここよ、ようこそ我が家に」
彼女はドアを開け、大悟を招き入れた。
「お、お邪魔します」
「あ、お帰りぃーって、どちら様?」
大悟が中に入ると、奥から若い女性が現れた。
「ただいま。由紀、悪いけど美沙を呼んできてくれる? 色々と説明するから」
由紀と呼ばれた女性は、戸惑いながらも小さく頷き2階へと消えていった。
暫くして、由紀と美沙が2階から降りてきた。
全員がリビングに集まると、最初に会った女性がソファーから立ち上がり説明を始めた。
「えっと、彼女達が私の仲間。
あっちが山本由紀でこっちが斎藤美沙よ」
「は、初めまして山本由紀です」
彼女は、少しオドオドしながら答える。
「斎藤美沙です」
彼女は、無表情のまま答える。
「初めまして佐藤大悟です」
大悟は堂々と答える。
「あら、そんな名前だったのね。いい名前じゃない」
「そりゃーどうも、それで貴方の名前は?」
「私? 私は山本美香よ。
そう言えば名乗ってなかったわね」
美香はクスッと笑いながら答えた。
「……2人は姉妹ですか?」
「そうよ! 由紀は私の妹。
で、美沙は妹の同級生なの」
「皆さん若く見えますね?」
見た目は全員20歳前後、まさかこんな若い子達だけだとは……
「そう? ありがと。
私は25歳で妹と美沙は20歳よ。大悟君は?」
「大悟でいいですよ。……23です」
大悟は、出してくれた水を一口飲んでから答えた。
「それなら私も美香でいいわ、敬語もいらない」
美香はジッと大悟を見た。
どうやら答えを待ってるようだ。
「……了解」
大悟は承諾し、美香はニコッと笑った。
まぁー敬語は元々そんな得意じゃないから、そっちの方が好都合だな。
「それじゃあ、今の状況について説明するわね」
美香は、由紀と美沙に今までの経緯を説明していった。
「それでどう?」
美香は2人に率直な感想を聞いた。
「私はお姉ちゃんが信じるって決めたんなら、それに従う」
「私もそれでいいです。
美香さんの事は信用してるし、今まで何度も助けられてきたので」
2人は即答で答える。
「ってことらしいわ大悟」
美香はホッとした表情で大悟を見た。
「了解。それじゃあ、今後ともよろしくね」
「こちらこそ」
2人はガッチリと握手をした。
「それで? この後はどうする?」
説明を終え、ソファーに座った美香が聞いてきた。
「そのことなんだけど、1度自分の拠点に戻ろうと思ってるんだ。少し用事があってね。
それが終わったら御飯にしよう。食料は俺が拠点から持ってくるから」
用事とは、ドワーフ達の食料補充。
そして、食料は拠点ではなく大悟の『異空間収納』の中に入っている。
出そうと思えば今すぐ大量の食料を出す事ができる。
しかし、大悟は自分が元異世界人である事を話すか、隠しておくか、まだ迷っていた。
もう少し時間をかけて考えたい。
「どのくらいかかるの?」
「そうだなぁー、今昼過ぎだから夕方には戻ってこれると思うよ」
夕方には食料が来ると聞いて、3人は喜びを隠せないようだった。
「やったー」
「久しぶりのご飯だ」
「これでなんとかなるわ」
大悟は3人に見送られ、拠点へと出発した。