団体さん、ご案内
その日、白寿堂の玄関に立ったときから、よつはは店のなかにいつもとはちがうざわめきを感じていた。
ちらり、前庭に目をやれば玄関から離れた木の影に石灯籠姿でちんまりと立つなかばさんの姿が見える。それを確認して、建物のなかに店主や珠串、花緑青ではないだれかが来ているだろうことを確信する。
なかばさんは、慣れてきてもちょっと恥ずかしがり屋だ。知らないひとが来ているなら、なおのこと隠れたがって本性にもどってしまってもおかしくない。白寿堂自体がどことなく緊張感を持っているように感じられるのも、なかばさんが外にいる理由かもしれない。
「こんにちは」
そんなことを考えながら玄関の扉を開けたよつはは、楽しげな笑い声に迎えられた。
あちらの椅子に腰かけ、こちらの棚をながめ。片手で足りないくらいのひとが、ステンドグラスの光のなかで思い思いに過ごしている。
ひとつだけ共通しているのは、どのひとも楽しげな表情を浮かべていること。いつも静けさに包まれていた白寿堂のなかには、さざめくように笑い声やひとの声が満ちていた。
その光景を目にして、うれしいような気持ちを抱きながらよつはは店の中へと足を運ぶ。玄関に近い場所に座っていた老婦人がよつはに気がついてにこりと笑った。
「あら、今度は若いお嬢さんがいらしたわ。どこか空いている席はあったかしら」
彼女が部屋にいるひとびとに聞こえるように言えば、あちらこちらで声があがる。
「こっち空いてるよ、お姉ちゃん」
「だれがそんなじいさんの横に座りたいもんか。あんた、ここにおいで。ここならステンドグラスもよく見える」
「へっ、そんな口うるさいばあさんの近くに座ってみろ。やかましくって落ち着かねえや」
「いやあねえ、年寄りはすぐ若いひとに構いたがって。あなただって好きなところに座りたいわよねえ」
どのひとも遠慮なく話すのを聞く限り、客全体が知り合い同士のようだ。そのうえ、そろってそれなりに年齢を重ねているように見受けられることから、よつはは客の正体にあたりをつけた。
「お気遣いありがとうございます。しかし店員なので、お構いなく。みなさまは、もしかして山口ミツさんのお知り合いのかたたちでしょうか?」
ほとんど確信を持って聞いたよつはに答えたのは、背後からの声だった。
「白寿堂のご近所にお住まいになられている、ミツさんのご友人がただそうですよ」
そう言って、にこりとほほえんで現れたのは珠串だ。盆を手にした彼は、自然な動作でするりとよつはの前に立つとほほえみを絶やさないままにこっそりと耳打ちしてくる。
「花緑青が奥で茶菓子の用意をしております。手伝ってやってください」
言うなり珠串は老婦人、老紳士たちのもとへと向かい、それぞれに飲み物を配膳し始める。
それによってよつはへの興味が薄れたらしく、ひとびとの視線がよつはから逸れた。ここから逃がしてくれる珠串に礼を言う間はない。そのすきを逃さず、そろりと台所へ向かった。
「あ、よつは! 待ってたのよ」
台所ではふんわりした栗色の髪に三角巾をまき、並べた皿に菓子を取り分けている花緑青がいた。皿は当然のようにそろいではなく、大きさだけは似通ったものを探してきたようだが色も形もさまざまだ。
「いま手伝う」
よつはは袖をまくり、流しで手を洗う。そのあいだも、居間からはにぎやかな声が聞こえていた。
「あのひとたち、急に大勢で来るものだから困るわ。人手が足りないのに、あの男ったら健太郎から仕事のメールが来てるから、なんて言って部屋にこもってるのよ」
花緑青の言うあの男とは、店主のことだろう。メールできるのか、などと失礼なことを思いながらもよつはは身支度を整えて花緑青の横に立つ。
「たくさん来て、おどろいたのかな。でも、あのお客さんたちもミツさんのこと知ってるから、珠串さんが昔いた和菓子屋さんのお話を聞けるかもしれない」
「まあ、それはそうね。このあいだの作戦会議じゃ、いい案出なかったし」
あの作戦会議から、すでに一週間が経っていた。大学で礼華に相談してもみたのだが、相手が珠串だと知ると「よつはちゃんの助けにはなりたいけど、敵に塩を送る気はさらさらないわ!」と言われてしまった。礼華はいまだに、白寿堂をあやしい店だとうたがっているらしい。
そうなるとよつはたちだけでなんとかしなくてはならないが、どうしたものかと悩んでいるうちに時間が経つばかりだった。
そこへ、珠串の昔いた場所のことを知るひとびとが現れたのだから、気合いも入る。
「情報を仕入れに、行ってきます」
菓子を乗せた皿を手によつはが居間に戻ると、客たちは待ってましたとばかりに手招きする。それらにうなずき返し、よつはは茶菓子の乗った皿を銘々に配っていく。
はじめは、珠串を捕まえて話込んでいるちょっと威勢のいい老紳士と老婦人のところへ。話に巻き込まれないうちにするりと身をひるがえし、おっとりと笑っている老婦人に皿を出すと、最後は店に入ってすぐよつはに声をかけてくれた老婦人のところへ足を進めた。
「どうぞ、お茶のお供にしてください」
「ありがとう。こんなかわいいお嬢さんに給仕してもらえるなんて、うれしいわ。あなた、牧さんのお孫さん?」
先日も似たようなことを言われたな、と思いよつはは笑いをこらえたけれど、口角がすこしだけ上がるのは止められなかった。
「ミツさんも同じように言ってました。でも、孫ではないです。たまたま雇っていただいてるアルバイトです」
「あら、ミッちゃんも言ってたの? 昔からそうなのよ。わたしとあのひと、似たようなことばっかり言うって、みんなによく言われたものよ」
そう言ってくすくす笑う老婦人は、顔はちがうのにどこか山口ミツのおだやかさと似ているように思える。
「ミツさんと親しいのですね。昔はこのあたりで和菓子屋をされていたと聞きました」
「そうなのよ。とっても古いけど、とってもおいしいお店でね……」
老婦人は話し上手で、かつて珠串がいたという和菓子屋と山口ミツの話をいろいろと聞かせてくれた。珠串は珠串で別の席につかまっているため、こちらで話している内容には気づいていないらしい。
すっかり話し込んで時間が経っていたが、そろそろお暇をとひとりが言いだせば全員が席を立った。
「今度はミッちゃんも連れてくるからね」
そう言う老婦人たちを見送って、ようやくよつははひと息ついたのだった。




