5、招かれざる
店主が去ったあと、食器を片付けたよつはは日焼け止めクリームを塗って首にタオルを巻き、軍手をはめた手に麦わら帽子を持って玄関に向かった。
「草むしり、行ってきます」
どうやらぐっすり寝ているらしく椅子のままでいる花緑青を起こさないように、小声で告げてから玄関の外に出る。
庭の緑はきょうも活き活きとしている。しげった庭木の葉がまるでステンドグラスのように光を透かし、緑のグラデーションをつくっている。
こぼれそうなほどの緑とさわやかな風に包まれた庭のすみっこで、石灯籠がぽつんと立っている。木漏れ日のしたでひなたぼっこをしているのだろうか。姿は変わらず石灯籠だが、どことなくリラックスしているように見える。
よつはも心地よさにほほをゆるめて、草むしりをはじめるのだった。
それからどれくらい経っただろう。
ひとり黙々と雑草に向き合った結果、ひとの通り道周辺の草をすっきりと取り払うことができた。飛び石は、木のあるあたりまでは伸びていないのでそちらの草はそのままにしてある。よく見れば一部に草が倒れたところがあって、どうやら石灯篭の遊び場になっているらしい。草を取るにしても店主か、石灯篭に聞いてからにしたほうがいいだろうと、よつはは立ち上がって体を伸ばす。
ひたいににじんだ汗を風が冷やして、心地良い。
見上げた空には入道雲が浮かんでいる。もう夏が近いようだ。
大学生の夏休みは長い。二か月近い休みをどう過ごそうか。その前にさまざまな講義の試験がまとめてあるから、そろそろ試験勉強をはじめようか。
そんなことを考えてよつはがぼんやり立っていると。
「あっはー、ほんとに居たあ。やっほー、よつはちゃん。その恰好なにそれ麦わら帽子とか、笑うんですけど」
軽薄な声がよつはを呼ぶ。目を向ければ、そこには先日名前を知ったばかりの大学の同級生、福永ハヤトがいた。
髪をぴょんぴょんと跳ねさせた彼は、やけにぴったりしたサイズのシャツを着て、すねが見えるズボンを履いている。よつはの田舎の祖母が見たならば「洋服、丈が足りないねえ。あたらしいの買ったげようか」と言うにちがいない。
よつはがそんなことを考えているあいだに、福永はぷらぷらと歩いて目の前までやってきた。よつはの母なら「しゃきっと歩きなさい!」と怒っているところだ。
「いやあ、友だちからこの辺でよつはちゃんを見かけたって聞いてさあ。もしかして会えるかも、なんて思って来てみたら、ほんとに会えちゃった。偶然ってやばいね、運命かもしんないね」
「はあ。中紅でいいよ」
「えー、もう、会うの二回目なんだから、仲良しでしょ。名前呼びオッケーでしょー」
やはり、彼の言っていることはよくわからない。けれど礼華が気を許すなと言っていたから、その点は訂正しよう。そう思って返事をしたのも構わずに、福永は構わずよつはの真横に立ってへらりと笑う。
「もう、ほんと、よつはちゃんのこと知ってるやつ見つけるの、大変だったんだよ。この前いっしょにいた礼華ちゃんて子は、なんかツンツンしてて教えてくれないしさあ。同じ学科の女子たちも、大学のなかでしか見たことないって言うしさあ。飲み仲間の伝手でようやく、たどり着いたんだよ。よつはちゃん、もっとみんなと仲良くしなよ。友だちは多いほうがいいよ~」
「……はあ」
だれかに聞いて、それも複数のひとに聞いて情報を得てやってきたことを偶然と言うのだろうか。
同じ学科の女の子たちとも学内でそれなりにことばを交わしているし、知人は量、友人は質! という礼華の意見に賛同しているよつはとしては、福永の弁にあいまいなことばを返すほかなかった。
それでも彼はめげないらしい。
「ここすっごい古そうだねえ。なんか雰囲気悪いし。よつはちゃん、ここに住んでるの?」
白寿堂を見上げてそういう福永に、よつはは首をかしげる。並んで見上げた白寿堂は、いつもの静謐な空気に満ちているように感じられた。彼は、こういう雰囲気が苦手なのだろうか。
「住んではいない。アルバイトしてる」
「えー、まじで。何屋さん? よつはちゃんが働いてるとこ、超見てみたいんですけど」
雰囲気が苦手な割に、福永は積極的に店のなかへと入りたがる。まったく不思議なひとだ。
けれども、いちアルバイト店員としては来客を断る理由はない。促されるまま玄関へ向かい、彼のために扉を開ける。
「どうぞ、靴を脱いで上がってください」
「あ、それいいねえ。店員さんぽい」
よくわからないポイントで喜ぶ福永に続いて店内に入ると、彼は玄関を上がってぐるりとあたりを見回しているところだった。どこかでぎしりと軋む音がする。
「……なんかここ、すっげえ怖い感じだね。変な音してるし、お化け屋敷みたい」
そう言った福永の顔が強張っているように見えたのは、よつはの気のせいだろうか。はっきりと見る前に、彼はステンドグラスのほうへと行ってしまう。
「うわあ、すっげえ。お高そう。いくらぐらいするんだろ、これ」
「値段は知らない。けど、この家といっしょに造られたものだから、古いものらしい」
知らないというより聞いたことがなかったよつはは、福永の感想を聞いてなるほどそういう意見もあるのか、と感心した。話しているあいだもきしきしと続く物音は、家鳴りだろうか。
「へえ、じゃあこの辺の椅子なんかも、古いやつなの?」
自分とは違う意見に感心していたよつはは、福永の手が伸びる先にあるものを見て慌ててその手を遮った。
「そう、長いあいだ大切にされてきたもの。そのうえとても繊細だから、ごめん、触っちゃだめ」
華奢な木を組み上げてつくられた緑の椅子、花緑青をそっと背にかばって、よつはは頭をさげる。
「えぇー、そうなの? おれ、ちゃんとやさしく触れるよ。女の子にもよくやさしいね、って言われるんだから」
「……うん、ごめん」
会話がかみ合わない福永に、よつはは珠串に助けを求めたくなっていた。
早く珠串が戻ってきますように。なにより、花緑青が起きて、うっかり寝ぼけてひとの形を取りませんように、と願うのだった。




