2、訪問型テレビショッピング?
警戒心を持つように! という礼華の声を背中に受けながら大学を出たよつはは、白寿堂にやってきた。
本日も晴天、さわやかな風が吹いている。
そのおかげだろうか。いつもよりも、店のまとう雰囲気がやわらかいように感じる。静けさは初めて訪れたときのそのままに、近寄りがたさがすこし減ったように思う。
もしかしたら、庭の草が減ったからかもしれない。そう思うと、草むしりの続きをする気持ちが湧いてくる。
さっそく珠串に声をかけて草むしりに取りかかろう、と飛び石に足を乗せたよつはだったが、庭木のあいだに視線をやって足を止めた。
いない。
苔むした石灯籠も無ければ、灰色の毛皮をまとう小獣の姿も無い。木のかげに隠れてしまっているのかと足を止めてみても、見当たらない。
散歩にでも出かけたのだろうか。それとも庭のどこかで草に隠れて昼寝でもしているのか。あのふんわりとやわらかいフォルムが見られなかったことにすこしがっかりしながら、よつはは白寿堂の玄関の前に立った。
残りの草むしりをする前にひと声かけておこう、と扉を開けたとたん。成人男性の熱の入った声が耳に飛び込んできて、よつは口から出かけていたあいさつを引っ込めた。代わりに、開いた扉のすきまから顔を入れて中の様子をうかがってみる。
そこに見えたのは、洋装の男性の背中だった。
「これ、これはどう? 犬用ブラシ、こちらはなんとプロも愛用している本格派! ひと掻きすれば抜け毛むだ毛がすっきり抜けるのに、お肌は傷つけないという優れもの。もちろん各種サイズを取り揃えているので、背中だけでなく首のした、尻尾、足まわりまで、対応できる。いまならこのブラッシングが一時間無料! おまけで肉球マッサージもつけちゃう! さあ、どうだ!」
まるで通信販売のセールスマンのように滔々と語り、鼻息を荒くしているのは健太郎だ。
そして健太郎の熱い視線が見つめるさき、部屋のすみに置かれた戸棚に身を隠し、鼻先だけをのぞかせているのは石灯籠のつくもがみであるシバイヌだ。姿が見えないと思ったら、屋内にいたようだ。
けれどそのわずかに見えていた鼻先さえ、健太郎の流れるような語りが終わったとたんに戸棚のうしろに引っ込んでしまった。
それを見て健太郎はがっくりと肩を落とす。掲げていたブラシを未練がましく見つめている。
しかしそれでめげる健太郎ではない。
手にしたブラシを丁寧にしまうと、その手で次のターゲットに向けた新たな品を取り出した。
ひらりとゆれるそれは、あわいグリーンのリボンだ。
うやうやしい手つきでリボンを持った健太郎は体の向きをすこし変えて部屋の中央あたり、椅子の姿のままの花緑青に視線を向けたかと思うと、威勢の良い声でふたたび語り始める。
「それだけじゃない。こんなものも持ってきたよ! こちら、一見なんの変哲もないリボンに見えますが、どうぞ近寄ってよーく見てほしい! やさしくも奥ゆかしい艶のあるこの緑色のリボン。何でできていると思う? そう、シルク。それも、ただのシルクじゃない。なんと野生のカイコと言われる天蚕の繭からつむいだ、貴重な貴重な糸! それを大切に織りあげて、リボンにしたのがこの品だ。この緑色を見てよ。染めてない、天蚕の繭そのままの色なんだよ。きれいでしょう? やさしい色でしょう? その栗色の髪を飾るのにぴったりの一品をいまなら、なんと! おれと三十分お茶してくれたら、プレゼント! どうだ!」
渾身の力を込めた語りを終え、椅子に向かってリボンを掲げる健太郎の背中を見つめながら、よつはは物音を立てないようにこっそりと玄関のなかに入った。そうっと靴を脱いで、部屋のすみでなにやら書き物をしている珠串のそばへと移動する。
「こんにちは。あの、あれは一体……」
「よつはさん、こんにちは。なんと申しますか、つくもがみたちにプレゼントを持ってきた、といらっしゃいまして。控えめにするようにとは言ったのですが、だんだんと暑苦しさを増して、わたくしとしても口を挟むのが億劫になってしまいまして……」
「ええと……おつかれさまです」
よつはのささやき声での問いに、珠串は頭痛を堪えるような顔で答えてくれた。それに対してよつはが返せるのは、ちっぽけな労いのことばだけ。
それでも珠串は笑顔を見せてくれた。ずいぶん、疲れがにじんだものではあったが。
どうしたものか。すこし考えて、よつはは健太郎のもとへと向かう。
「牧さん、こんにちは」
「うん? あれ、よつはちゃん、こんにちは。来てたの?」
リボンを持ってかばんに片手を伸ばしていた健太郎は、いま気がついた、という顔でよつはに返事をする。
まだなにか、つくもがみたちへの貢ぎ物を取り出すつもりだろうか。かわいいものと仲良くしたい気持ちはわからないでもないが、彼のはすこし押しが強すぎる。
健太郎の横を通り抜け、部屋の中央に進んだよつはは緑色をした華奢な椅子にそっと声をかける。
「花緑青、花緑青」
つけたばかりの名を呼べば、まばたきをする間に椅子の横に現れた栗色の髪の少女、花緑青が緑のワンピースをはためかせてよつはの胸に飛び込んできた。
「こんにちは、花緑青」
細い体を受け止めて言えば、よつはの胸もとに顔を隠したまま、花緑青がしゃべる。
「よつは、やっと来てくれた。ずっと待ってたのよ。呼んでくれるのを待っていたのよ」
いやいやをするように頭をすり寄せてくる花緑青の頭をなでてからそっと体をはなし、よつはは彼女の目線に合わせてしゃがんだ。
「待っててくれてありがとう、花緑青。でも、あなたのことを待っててくれたひともいる。そのひとと、あなたはこれからどうなりたい?」
「……よつはがいれば、じゅうぶんよ」
目を伏せてすねたような顔で言う花緑青だけれど、その細い指は自身のワンピースのすそを握って落ち着かないようすでさまよっている。それを見て、よつははさらに言う。
「あなたがそれでいいなら、構わない。来られる限りここに来る。だけど、きょうみたいに待たせてしまうことはこれからもある。そのときにあなたが気を許したひとがほかにもいるなら、すこしだけ安心できる。そう思うのは、ずるい?」




