4、庭の片隅には
「え、なになに。ようやく、ここにいるのが怖くなった?」
おどろいたように言う男に返事をすることなく、よつはは男の手を引いて玄関を出た。その際に、家のどこかでごとり、と鳴った音は放っておく。
「こっちです、ここ」
玄関を出てすぐ、目的のものは見つかった。
よつははそれを見てやっぱり、という思いを抱いたが、横に立つ男と、扉を開け放った玄関のなかから顔を出している珠串は、そろって首をかしげている。
「庭に、なにかあるの?」
男が見回す前庭にあるのは、さきほどと変わらない光景。木が何本かと、ちいさな石灯篭がひとつ。大きく変わったところと言えば、よつはが抜いたぶんだけ草が減ったくらい。
けれど、よつははそこにさきほど感じた違和感の正体を見つけていた。
「あれです。あの石灯篭」
ぴっと指さす先には、石灯篭がひとつ。ちんまりと、木の影に隠れるようにして立っている。
「あれが、どうかした? おれが知る限り、ずっとこの庭にあるけど」
「わたくしも、そのように記憶しておりますが」
男が言い、珠串もまた玄関でうなずく。
そんなふたりによつはもうん、うんとうなずくものの、石灯篭を見つめる目はそらさない。
「位置を、よく覚えていてください」
「位置?」
ささやいたよつはに、男も小声で問う。
「石灯篭と、周りの木の位置です。いまは、右側手前の木の後ろに半分かくれてるでしょう?」
男と珠串、ふたりともが黙ってうなずくのを確認して、よつはは石灯篭に背を向けた。
「ふたりも目をそらして。あの石灯篭に背中を向けてください」
ちいさな声で言えば、男と珠串は不思議そうな顔をしながらもくるりと体の向きを変えてくれた。
それを確認して、よつはは胸のうちでゆっくりと五秒数える。
(いーち、にーい、さーん、しーい、ご!)
数え終わるが早いか、ぱっと振り向いたよつはの視線の先に見えたのは、思ったとおりの景色。
自分の考えに確信を持ったよつははうなずいた。
「もう振り向いてもらって、だいじょうぶです」
「え?」
「おや?」
あえて大きめに出したよつはの声で振り向いたふたりは、庭を目にしてそれぞれに驚きの声をあげる。
新緑がうつくしい庭のなか。石灯篭は、左側の奥まったところにある木の後ろに、なかば隠れるようにして立っていた。
「あの石灯篭、あそこにあったっけ……?」
「いえ、さきほどはもっと近くにあったように思うのですが……」
「さっきは右の手前にありました。あれ、目を離すと移動してます」
場所を変えて立つ石灯篭を三人でまじまじと見つめていると、じわりじわりと石灯篭の見える面積が狭まっていく。まるで、小動物があとずさりしているかのようだ。
「うわ、動いてる! まじであれ、つくもがみになってるのか!」
男がうれしそうな声をあげて、大きく一歩踏み出した。とたんに、石灯篭はぴゅっと木の後ろに姿を隠す。
それを見た男は目をきらきらと輝かせながら、さらに一歩進もうとしたところで「ぐえっ」と苦し気な声を上げた。
「急に近寄ると、驚いて逃げるかもしれない」
男のシャツの背中をがっしりつかんで、よつはが言うと、珠串が援護してくれる。
「そうですよ。あなたはいつも、遠慮がなさすぎるのです。あまりに不躾なものだから、つくもがみに厭われるのだと、言ったでしょう」
「……はい」
珠串の忠告に素直にうなずいた男は、しょんぼりと肩を落とした。その足がもう前に駆けて行こうとはしていないことを見て取って、よつはは握っていた男のシャツから手を放す。
そして、飛び石からほんの一歩だけ草のうえに踏み出して、その場にしゃがみ、姿の見えなくなってしまった石灯篭に声をかけた。
「石灯篭さん、びっくりさせてごめんなさい。ここにいる三人は、あなたに悪さしない。ただ、あなたのことが知りたいだけ」
「…………」
よつはが呼びかけてから、しばらく。
音沙汰はなく、ただ庭の緑をさわやかな風がなでていくばかり。細い木のうしろにすっかり隠れてしまった石灯篭は、その一部さえも見せてくれない。
「な、なあ。向こうからも見えてないはずだから、そっと行ってつかまえてくれば……」
いつの間にかとなりにしゃがんでいた男が待ちきれなくなったのだろう、小声で言ってくるのをよつははだまって手で抑えた。
あとすこしだけ、待ちたかった。
そわそわと落ち着きなく体を動かす男を目の端でとらえながら、石灯篭の隠れた木を見つめていると。
かさり。
わずかな音を立てて、ついに石灯篭がその上部を木の陰からのぞかせた。
となりにしゃがむ男が鼻息を荒くしながらも動かずにいるのを確認してから、よつははふたたび声をかける。
「あなたは、つくもがみ? 石灯篭じゃない姿も持っている?」
「…………」
よつはの問いかけに、石灯篭がかすかに揺れた。動物であったなら、身じろぎしたところだろうか。
「もしも嫌でなければ、近くに行ってもいい? 嫌なら、行かない」
「…………」
「ここにいるのは、つくもがみを怖がらないひとばかり。悪さはしない。ただ、あなたに触れてみたいだけ」
かさ、かさかさ。
石灯籠がためらいがちに姿を見せる。
「近寄ってもいい?」
「…………」
返事はないが、後ずさりも隠れもしない。その場にちんまりと立ち続ける石灯籠のもとへ、よつははゆっくり歩み寄る。
かさり。かすかな物音に振り向けば、男が着いて来ようとしている。喜色満面のその顔をじっと見つめると、たいそうがっかりしながらその場にとどまった。
男が立ち止まってから、よつははふたたび石灯籠のもとへ足を進める。
とはいえ、そう広くない庭なので、ゆっくり歩いてもすぐに石灯籠にたどりつく。
石灯籠の一歩手前で立ち止まったよつはは、おどろかせないようにゆっくりとその場にしゃがむ。
「こんにちは、中紅よつはです。あなたはなんて、呼べばいい?」
問いかけに、石灯籠がかすかにふるえた。
かと思うと、ふわりと輪郭が溶けて、形が変わる。
まばたきののち、そこに立っていたのは石灯籠ではなく、ちいさな灰色のシバイヌだった。
「わふん!」
くるりと巻いた尾をふって、灰色のシバイヌがよつはに駆け寄る。
しゃがんだよつはのひざに前足をかけて、きらきらとした目で見上げてくるシバイヌをそっとなでたとき、うしろでずしゃりと妙な音がした。
「おれだってつくもがみと仲良くなりたいのにぃ……」
振り向けば、男が庭に両手両ひざをついて倒れこみ、恨めしげな目でよつはを見ていた。




