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その名は火神崎朱音

ここはそう、破滅に向かう未来の話。

少女はまだ知らない。絶望というものを―――――――



「く、くぅ…!」


「どうしました?もう終わりですか?」



夕日の草原で少女は身の丈以上あるであろう、大剣を地に突き刺す。

燃えるように紅く長い髪をした少女は、痛みで震える足を叩いて無理やり立ち上がろうとする。

それを見つめているのは、どこか冷めた瞳をした黒髪の女性。長い黒髪を白い紐で結ったポニーテールは腰まで届きそうだ。



「むむー!」



立ち上がろうとして尻餅をついた少女を見たポニーテールの女性は嘆息して、踵を返し、帰りの支度を始めた。



「今日はここまでです。豊姫さんに傷を治してもらうといいでしょう。では、また明日」


「か、栞奈さん!ご指導ありがとうございました!」



折り畳み式鋼鉄の槍を歩きながら折り畳む栞奈と呼ばれた女性は、こくりと頷いて夕日の草原を去って行った。



「つっかれたー!」



栞奈がいなくなったことを見計らって少女は草原に倒れた。それと同時に大剣が黄色い光に包まれて消えていく。

大剣が消えると、彼女の隣に西洋の騎士を思わせる甲冑を着込んだ男が現れた。



「今日も彼女に触る事すら出来なかったな」


「勝てっこないよォ……栞奈さん強すぎるもん…」



少女の名は火神崎ひかみざき 朱音あかね

彼女はこの混沌を極めた世界に生きていた。



私が生まれた頃は世界は少しずつ終末おわりに向かっていたそうだ。

そうだってのはまだ私はそのころ幼くて、この話は私のお母さんから聞いたこと。

えっと、私のお母さんとお父さんはもうこの世にはいない。4年前に数千万を超える魔物を足止めして相打ちになったと聞いている。


父の名前は火神崎 紅哉こうや。母の名前は火神崎 瑠璃るり。この二人は世界中に名を轟かす龍使いとして有名だった。


遥か昔、人間は魔術というものを手に入れたそうで、それから、人間に害を及ぼさない存在として魔物を使い魔にし、生涯付き合っていくパートナーとして従えていた。

その魔術と魔物が現代まで生き残り、今があるというわけ。


魔術師は魔術を使う際に体内のエーテルという形ないものを、術式を通して魔術を発動させる。

パートナーとなった魔物は契約した魔術師の身体のどこかに、烙印というものを刻んで、そこからエーテルを貰って顕現することが出来る。


では、パートナーってどうやって手に入れるの、という話だが、それは簡単。

例えば犬をパートナーにしたいのならば、パートナーにしたい犬の毛とか歯とか、身体の一部を手に入れればいい。

それをパートナー召喚儀式の触媒として使用すれば、無事召喚となる。


私のお父さんとお母さん。あと、お父さんの妹の火神崎 舞香まいか叔母さんも龍を従えていた。

龍の昔に何があったのか分からないけれど、世界中調べつくしても龍の触媒は見つからず、人類で龍を従えていたのは、この3人だけだったらしい。


私のパートナーの名前はゲオルギウス。龍退治で有名な英雄。隣に立つ白銀の鎧を着こんだ英雄はいつも何を考えているのかさっぱりだ。

話しかけて来ても一言二言しか喋らないし、口を開けば現実めいたことしか言わない。

正直、これを進めてきたお父さんとお母さんと舞香叔母さんを怨みたくなるけど、一生これでやっていくと誓ったので、今更どうこう言うつもりはないと思う。多分。



「朱音よ。そろそろ帰らなくていいのか?」


「いま帰ろうとしたてとこ」


「なら、いい」



私は草むらから立ち上がると、真っ赤に燃える赤い太陽が半分ほど沈んでいるところだった。


私の住む地域は安全区画に指定された地域だ。

安全区画、というのはその名の通りで、安全な場所ということ。んなの説明せんでも分かる!と思うけど、何が安全かと言うと、魔物から襲われないと判断された地域。

4年前、お父さんとお母さんが食い止めた魔物の大群はパワースポットという場所から溢れたものだったらしい。


パワースポットは地球のエネルギーとも言える場所で、世界には数えきれないほど存在しているらしい。

パワースポットから溢れ出るエネルギーはエーテル。魔物はこの世界に来る時に自身を形成するためのエーテルが生成できなくなるらしく、そのために体内生成を可能とする人間を襲ったり、パワースポットから溢れ出るエーテルを主食としている。


それが、ある日を境にパワースポットのエーテルが枯渇してしまったそうだ。

そこからはもう、人類と魔物の戦争。外国だと、毎日人の死が当たり前だそうで、日本はまだ安全なんだな~と思ったりもした。



私の街は綺麗と言えば綺麗なのだろうか。若干疑問形なのは、この街しか知らないからだ。

私のお母さんによれば、昔はいつも活気に溢れていて、夜になれば街はお祭り騒ぎのようにネオンのライトが光っていたという。

その頃は私も幼かったせいか、余り記憶に残っていない。


あ、私の年齢は14歳の中学2年生。

好きな食べ物はカレーで、嫌いな食べ物はない。好きな教科は体育。嫌いな教科は魔術理論。

お父さんも体育が好きで、魔術理論は大っ嫌いだったそうだ。お父さん曰く『人にはそれぞれ長所というものがある。ならば、適材適所ということで、俺は敢えて魔術理論を勉強せず、理論が得意な舞香と豊姫に任せていただけだ』と、私のお母さんも呆れるほどの言い訳をしていたそうだ。

この話を聞いたのは、全て私のお母さんと豊姫お母さんからのものだ。



「ただいま~」


「お帰りなさい」



私はクタクタの状態で家に帰宅すると、キッチンから顔を出した豊姫お母さんが笑顔で迎えてくれた。


正直言うと、豊姫お母さんは若い。もう30は軽く過ぎていると思うけど、女子大生と言われても違和感のないほど、髪と肌には艶がある。

長い黒髪に日本人形のような整った顔立ち。実際、仕事関係で出かけるとよく男性からお食事に誘われるらしい。

私のお母さんも負けてはいない。豊姫お母さんの一つ上だけれど、アイドル活動を行っていたわけだし、若い子が着るような流行の服を見事に着こなしていたお母さんに、何度憧れたか分からない。


私にはお母さんが二人いる。引き取られたとか、そういうわけじゃなくて、お母さんが二人いるのだ。

つまりは、私のお父さん。火神崎紅哉は二人のお嫁さんと結婚したことになる。

お母さんと豊姫お母さんは一度も喧嘩したことないし、二人ともお父さんをとても愛していた。もちろんお父さんも、直接顔には出したことはなかったけど、二人に接するときは優しい表情で接していたことは、よく覚えている。



「豊姫お母さん帰っていたんだ」


「うん。今日は仕事が早く終わったからね。癒理さんとの特訓はどうだった?」


「全然ダメだった~。なんであの人あんなに強いんだろ~」


「癒理さんは、紅哉くんの弟子さんだからね。私も癒理さんには敵わないな~」



キッチンで手を洗いながら私は隣でご飯を作る豊姫お母さんに話しかける。



「豊姫お母さんでも敵わないの!?うわァ……やる気がなくなってきちゃったなァ…」


「紅哉くんもね、遥かに強い師匠さん相手に頑張っていたんだよ。朱音ちゃんも頑張らないと」


「お父さんも!?うん!私、頑張るね!あぁ!学校の宿題あるんだった……」


「ご飯はもう少しだから、ちゃちゃっと終わらせてきなさいね」


「分かった!今日のご飯は?」



リビングの階段を数段上った所で、私は階段から顔を出して晩御飯のメニューを聞いた。



「今日はアジのフライ」


「おいしそう!」


「楽しみにしててね」



私はドタドタと階段を2段とばして昇って行く。

そして可愛らしい小龍のプレートが下げられた『朱音の部屋』と書かれた部屋を勢いよく開けた。


朱音の部屋は青と赤で彩られた年相応の女の子の部屋だ。

豊姫の言いつけで、部屋は週に2度掃除をしているおかげで綺麗であり、真紅の机には写真立てが3つある。



「ただいま、お父さん、お母さん、舞香叔母さん」



一枚目は仕事部屋でうたた寝している紅哉の顔にいたずら描きをしている瑠璃。

二枚目は赤ん坊の朱音を抱きかかえて幸せそうな瑠璃とそれを興味深そうに見ている舞香。

三枚目は身長が小学生ほどしかない褐色の肌と黒髪の少女と本気で喧嘩をしている紅哉。


朱音は『行ってきます』と『ただいま』を欠かさない。

彼女は、親が死んだ事を信じてはいない。

いや、そう思いたいだけなのかもしれない。実際紅哉と瑠璃が死んだという報告を受けて、豊姫たちが涙を流しているときも朱音は泣かなかった。



「あ~もう、課題のノートどこに…………あったァ!!!よし!見せてもらいに行こう!」



鞄を漁ってノートを見つけると、朱音は部屋を飛び出した。



「り~さ~!いる~?」


『起きているわよ』


「入るよー!」



私は『理沙の部屋※必ずノックは3回すること』と書かれた部屋をノックもせずに開けた。



「あのね朱音……確かに私は返事をしたけれども、せめてノックは3回しなさいな…」


「えー?いること確認したからいいじゃない」



ベットに座って本を読んでいた理沙りさと呼ばれた少女は額に手を置きながら、何度目か分からない注意を促す。

母親譲りの黒髪は肩の位置で切りそろえ、赤い瞳はどこまでも赤い。

身長は平均的と言えるが、胸は平均を下回っている。

顔立ちはいい。しかし、どこかその裏にはストレスをためているようにも見える。



「それで、何かしら?私はいま忙しいのだけれど」


「あ~すぐ済むから大丈夫。理沙~魔術理論の課題見せて~」


「また~?少しくらい頑張ってみてはどうなの…?」



理沙は豊姫の娘だ。

朱音とは腹違いの妹であり、少しだけ先に生まれた朱音が姉というわけだ。

もちろん学年は同じで、クラスも一緒だ。



「ん~ほら、私ってこういう座学大っ嫌いだから、理沙に任せるの」


「そこまで大嫌いを強調しなくても、朱音の頭の具合は分かっているわよ」



理沙は学校用の鞄を手で取ると、ノートを取り出す。



「参考程度に見なさいよ?丸パクリすると私まで怒られるんだからね」


「分かっているよ。私は天才だからいい感じにこの論文を自分のものに仕立てあげる」


「朱音が天才なことくらい分かっているわ。でも、やる気のない天才ってどうかしらね」


「ちょっと今は他にやりたいことがあるからね。そっち優先しちゃってるんだ」


「えっと、癒理さんの特訓かしら?まぁ私は美波さんに鍛えて貰っているけれど、勉学に支障をきたさない程度に頑張りなさいよ」


「ご忠告どうもね。んじゃ、このノート10分後に返すね~」



私はノートをヒラヒラと振って理沙の部屋を出た。


姉がいなくなったところで、理沙は立ち上がると明日の準備でもしておくことにした。

机に向かうと、そこにはやはり写真立てがある。

尊敬する父。会って色々話を聞いてみたい小さな白髪の少女舞香。



「舞香叔母さん、もう少し話しをしてみたかった…」



幼い頃は舞香に付きまとって、その目で魔術を見ていた思い出がある。

しつこく質問をしてくる理沙に舞香は物凄く面倒臭そうにしていたが、姪ということもあり、無下には出来なかった。

今の彼女の魔術理論はかつて最年少にして日本最強と名高い禁忌魔術師の術式を自分なりにアレンジしたものだ。

理沙にも天才の舞香の血を引く者だ。試しに舞香の術式を試したら案外簡単に出来て、舞香も驚いた。

それからこっそり寝る時間に抜け出しては、舞香にご教授願っていたものだった。



「まぁ…仕方ないね」



その彼女はもうこの世にはいない。

魔物との戦いで死亡した舞香。紅哉にどれだけ深い悲しみを与えたか、それは誰にも理解する事は出来ない。



「ふわ~あ……」



明日の準備を終えた理沙は、ご飯までひと眠りをしようと、ベットへもぞもぞと入って行った。




「ふ~ん………理沙は舞香叔母さんの術式をアレンジしてるんだァ…」



父親の癖。語尾を伸ばすことがすっかり自分の癖になってしまっている事に私は気付かない。

理沙のノートをペラペラめくりながら、今日の課題である、術式形成理論を考えていた。



「私の術式はお母さんの師匠、アーデルトさんのものだからまるっきり違うんだよね。全く、こんな厨房に術式形成理論なんて考えさせるなよ」



ちなみに教科書丸パクリの術式でも合格なのだが、人と違った事をしたい私にその選択肢はない。



「全くもう………お父さんの十八番でいいかなァ…………暗黒、雷複合上級術式アークブラストの術式は~っと」



頭をこんこんと叩きながらペンをノートに走らせる。


お父さんが何度も見せてくれた魔法陣を思い出しながらノートに描いて行く。

このノートは術式を記録するもので、ちゃんと法則が成り立てば、属性に合わせた色の文字が怪しく光り出すのだ。

それが合否の判定。つまり、なんでもいいのだ。簡単な魔術でもいいし、自分が気に入っている魔術を描いてもいい。


私は高速でペンを走らせながら術式を完成へと導く。

魔法陣の横に何工程目かを記入し、描くべきタイミングを繋がる線一本一本細かく記す。



「αからγまでオーケー………あとは最後に私のアレンジを加えるっと!」



まるで星座を描くように稲妻の形に雲を描いた私は、ちょんと雲の絵を跳ねさせてペンを置いた。

ノートに描かれた魔法陣は、黒ペンで描いたのに紫色に光っていた。



「うん、完成!」



実戦で使うには程遠い。実戦ならば、この術式をもっと自分でアレンジして数秒で完成させなくてはならない。

因みにいまかかったタイムは6分。



「はぁ……ダメだァ……」



アレンジとは、つまり無駄を省くことである。

いらない工程を削って、よりシンプルにして術式を完成させる。

あの壁の向こうにある空き缶を狙えとか、あの輪っかをくぐれとか、そういう細かい命令を術式に埋め込めば、埋め込むほど術式を完成させる速度は遅れる。


お父さんが私に見せてくれた時は、本当に数秒で作り上げたが、どれだけ工程を削ればそのように出来るのだろうか。

工程を削りすぎても術式は完成しないし、多すぎても時間がかかる。

魔術というものは、とても難しい。



「まぁいいや。ここまで削ればハンコ貰えるでしょ」



ノートと格闘を始めようとした自分の感情を早々に踏み潰し、理沙にノートを返しに行く。



「理沙~!ノート返しに来たよ~」


『…………』


「あれ?理沙~!」



またノックもせず私は部屋に入ると、理沙は小さな寝息を立てて寝ていた。



「お寝坊さんですな~。どれ、私がマジックでいたずらを……ん?」



キュポッ!とマジックのふたを取り、理沙の眉毛をMにしてやろうとして腕が止まった。

理沙の手には、大事そうに写真立てが抱えられていた。



「ふむ」



私はそーっとその手から写真を抜き取ると、そこには嫌そうな顔をしている舞香叔母さんと満面の笑みでカメラにピースをする理沙がいた。



「ホント舞香叔母さん大好きっ子なんだから。これ、机に返しておくよ」



写真立てを理沙の手に戻し、私は机にノートを置いて妹を起こさないようにそっと部屋を出た。



「寂しい……よね…」



私は部屋を出て、誰に聞かせるわけでもなく独り言をつぶやいた。


えっと、書きたくなったので書いてしまいました!

あちらの方も頑張って更新していくので、朱音編もよろしくお願いします。

最近何かと忙しくなってきたので、遅れるかと思いますが、どうぞ温かく見守っていてください。

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