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熱を感じて  作者: 湯尾
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「あー終わった終わった!」


 終わったときの掛け声に覚えがなくもないが、彼女は清々しそうに伸びをしながら解放感たっぷりの声で言った。かねてより言ってた普通科でのテストが終わったらしく、思い出したかのようにあくびもでている。


「テストの手ごたえはどうだった?」


「誉さんのおかげで今までで一番よ。こんなに勉強で手ごたえを感じたのは初めてだわ」


 ふふんと自慢げに髪を揺らす。


「それはよかった」


 友人のおかげで勉強が少なからず得意になった私にしてみれば、点数が上がらない方がおかしいと思ってしまうほどだが。

 勉強っていうのは小さいころから癖をつけてないと中々厳しいとも聞くが、きっと彼女にその癖はないだろう。それでも、今回は寝不足になるくらい頑張ったってことで、それは素直に称賛すべきことだ。

 なんとなく褒めてあげたくなって彼女の頭に手を伸ばし、乱れない程度に軽くよしよしした。


「なっ……えっ……?!」


「こうやって褒められたら嬉しくない?」


「こ、子供じゃないんだから……」


 まだ数か月の付き合いだけど、これはわかる。照れ隠しだ。

 だけどまあ、こんな道中で頭触られるのは周りの目が嫌かな、なんて思いなおし撫でるのをやめると、あっと名残惜し気な声を漏らす。


「ごめんごめん、そうだね、秋ちゃんは大人だもんね」


「それバカにしてない?」


「あはは。まぁ、でもそんなに自信があるならテストの返却日が楽しみだね」


「今度は約束、忘れてないわよね?」


「え?」


 なんて、一瞬とぼけたがジロリと怖い顔で睨まれる。そういえば前科があるんだった。といっても、一方的に取り付けられた約束だけど。


「お、覚えてるよ」


「ふーん?」


「五十位以内入ってたらできる限り要望は聞くから」


「なんでも聞いてくれないの?」


「なんでもはなぁ……私倍速で盆踊り踊れって言われても踊れないし」


「そんなこと頼まないわよ!」


「例えばだよ。無茶ぶりされても答えられないよってこと」


「わかってる、ちゃんと常識の範囲内にするから」


 一応の念押しは完了したけど、彼女が不貞腐れてしまった。彼女を信用しきれていない自分に落ち度があったかもしれないが、面倒くさいと思ってしまうことは許してほしい。

 家までの道のりで彼女をなだめつつ、テストの問題についてきいてみたがもう忘れたようだ。


「自己採点しないの?」


「しないけど?」


 当然ですけど、みたいな顔をされた。友人は自己採点の大切さを教えなかったのか。テストが終わった後はもう知らん、ということなんだろうか……。

 どういう経緯で勉強を教えることにしたのかはわからないけど、少しいい加減な友人に少々の怒りを覚えつつあえて苦言を呈そう。


「自己採点は大切だよ? わからなかった問題をすぐ復習することで記憶に定着させることができるんだから」


「……誉さんとまったく同じこと、言わないでよ」


 うん、前言撤回。やっぱり友人は友人だ。いい加減な仕事はしない。

 友人に心の中で謝罪しつつ、どうしようか思案する。彼女のためにも復習はきちんとやった方が良いとも思うが、本人にやる気がない以上強制しても仕方あるまい。

 諦めるか、なんて思っているとあっという間に家の前に。


「じゃあまたね」


「待って」


「今日は家に入れないよ?」


「う……ヒロムと自己採点したかったなーって」


 白々しい言い訳が出てきた。さすがに最近私も少し勉強がおろそかになっている。気を引き締めてやっていかなければ、と兜の緒を締めるつもりだったのだが。

 こんな捨てられた子犬のような表情を浮かべられてはそんな決意も揺らいでしまう。私ってこんなに豆腐のような意志だったっけか。


「ま、いいか。おいで」


「う、うん! ありがとう」


 鍵を開けると私より先に入っていく。まったく、誰の家なんだかと思いつつ私も自宅の中へ。

 彼女をリビングのもはや定位置となっているソファに座らせ、自分はキッチンの方へいく。彼女が家に来るようになってから、増えたモノがある。紅茶をいれるための簡単な道具一式。最初はコップに水という味気ないものだったが、味気ないだろうと取り入れてみた。まあ、私自身は味はわからないけど。冷たいものより温かいもののほうが健康に良いっていうしね。

 この紅茶類は本日初披露だけど、どういう反応が見られるかな。

 先日から練習していた通りの手順で紅茶を淹れていく。ストレーナーと呼ばれるいわゆる茶こしの役割を果たす道具を経て入れられる紅茶のマイルドな香りが私の鼻腔をくすぐる。この香りが個人的には嫌いじゃない。

 そんな香りに誘われてか彼女がこちらへきた。


「ヒロム紅茶淹れてくれてるの?」


「うん。いつまでもコップに水は失礼だなって思ったから」


 きっと到底彼女の家で淹れられる紅茶には敵わないんだろうな、とは言わないけれど。

 淹れ終わったカップを彼女はテーブルの方へもっていってくれた。私もそれに続く。彼女はいただくわね、と私に一声をかけてくれてカップを持ち少し揺らす。目をつぶって香りを楽しんでいるようだ。

 味のわからない自分が淹れた紅茶なんて、もしかしたら飲めたもんじゃないかもしれないけど。


「いい香りね」


「ありがとう。……味はわからないから、香りで選んだんだ」


「ダージリンかしら。私、好きよ」


 やっぱり詳しいみたいだ。まだ一口も飲んでいないのに、香りだけで当ててしまった。いや、ダージリンは紅茶のシャンパンと呼ばれるくらいメジャーだ、少なからず紅茶のことを知っていれば答えられるだろう。

 彼女はにっこり微笑んでくれると一口、紅茶を口にする。私は彼女の反応が気になってしょうがないが中々感想をいってくれない。彼女は私のほうなんて気にもせずもう一度紅茶のカップを傾けた。

 そんな私の視線に気づいた彼女が不思議そうにこちらを見ている。


「な、なによ? なにかついてる?」


「ううん、そういうわけじゃないけど……。味、変じゃない?」


「変なんかじゃないわ。すごく美味しい」


 彼女の表情からはまったく嘘や誤魔化しといった様子は感じられない。きっと本当に美味しいと思ってくれている、と思う。きっと不味かったのなら顔にでると思うから。

 まあでも所詮は始めたての初心者が淹れたものだ、気になったところもあるだろう。そんなところを彼女に指摘してもらったり、紅茶の淹れ方や雑学等を教えてもらっている間に彼女のカップが空っぽになっていた。


「おかわりいる?」


「ええ、いただけるかしら」


 私はいそいそと彼女のティーカップをもっていき、先ほどアドバイスをもらった通り紅茶を注ぐ。湯気にのってくる香りがいつもよりも高いような気がした。

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