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13 ディフテラ

(さ、最悪……でか……すぎ……)


人は本当に苦手なモノを見たとき何も言えなくなる。

私はその時、悲鳴も出なかったし硬直してその場から動けなかった。


(よりによって……苦手な生き物トップスリーに入るそれなのよぉ……!)


エルトのお腹の中に戻された私を出迎えたのは大型バス一台分ほどある大きなクモの魔物だった。


「ああ、その花のような御顔(かんばせ)、可憐な御髪(おぐし)……我らが二代目(にだいめ)さま! 邂逅。羨望。逢瀬。お会い出来て誠に光栄です!」


牙をガッチガチ鳴らして興奮している。エメラルドグリーンの毛が生えたでっかいでっかい蜘蛛。

オスともメスとも判断つかない高めの声で嬉しそうに話し掛けてくるけれど、私は正直出会いたくなかったな。

きっとこの蜘蛛もエルトの中に住んでる寄生生物なんだろう。肉の天井に巣を張って私を覗き込んでる。

好意的だし取って食われるようなことはないみたい。

そうはいっても、見た目が生理的に無理なやつ。


「ぴゃあう!」


「まぁ! なんと活きの良いメナリシスアルテをお連れで! お三時(さんじ)にぴったりですな。一緒にここで召し上がりますか? どれ、ワタクシめにお渡しください。食べやすく解体致しましょう!」


独特の敬語を交えつつ流暢に話す八つ目八本脚がメナちゃんの能天気な挨拶をきいて愛想よく笑う。私がエサを持ってきたのだと勘違いしている。長い節脚がにゅっとこちらへ伸びてきた。


「ぴっ、ぴぴゃー!」


「ひ、ひえぇっ! 来ないで! メナちゃんはおやつじゃないのーっ!」


危機を察して怯えるメナちゃんプラスびびる私。

近い。きしょくわるい。こわい。

もうほんとにほんとに無理。これ以上は……。


「……ディフテラ。彼女はこの小さな幼生に名前を付けて可愛がっているんだ。食べないでおいてやってくれ」


「これは宿主(あるじ)殿。ええ、ええ。さようでございましたか」


メナちゃんが失神するか私が泡を吐いて倒れるのはどっちが先か。

そんなところでやっとエルトが割り入ってくれた。

私と反対、蜘蛛のお尻側から彼が注意すると名前を呼ばれた蜘蛛は差し出していた脚を引っ込めた。


「ディフテラだ。私の心臓の側を守護してくれている」


「ディフ……」


「結構。至高。短縮。でございます二代目さま。どうぞ貴女様の呼びやすいように」


顎で指して紹介するエルトの視線の先が見られない。

巨大虫を直視しないようにメナちゃんで顔を隠しながら蜘蛛の名前らしきものを復唱すると、蜘蛛は機嫌良さそうに言った。

これがかしずいてくれる騎士とかならよかったんだけどな。


「いかがなさいました? 二代目さま……?」


「あ、あの、ごめんなさい。私、その……クモが、だめで……」


とても丁寧なディフなんとかには悪いけれどやっぱり顔を見て話せない。

きょとんとしてしまっている相手にきちんと理由を伝えると、「そういうことか」とエルトが納得して私たちの仲介をしてくれた。


「ディフテラは他の寄生種よりも賢いからね。頼めば君が望む姿に擬態するよ」


「ええ、簡易。了承。御意。御心のままに。ワンコロでもニャンコチャンでもウサピョンでもピーチャンでも、二代目さまが愛でたいと思える外見となりましょう」


愛でたいも何も正体が蜘蛛じゃ触る気にもなれないし、もふもふ枠ならメナちゃんで足りている。

咄嗟に何か思い付くものがないか考えて、


「あっ、じゃあこの漫画の、この子! この子に変身して!」


街で買ってきた漫画本を買い物袋から取り出し、表紙を突き付けた。

部屋で暇潰しに読んだ例の少女漫画……エルトも登場人物の外見を真似ている、あれの続刊だ。たまたま書店の店先で見付たもの。


「こちらの少女でございますか? あいかしこまりました!」


ディフが前肢を器用に動かし、私から漫画本を取り上げて数秒。


「いかがでしょう? 二代目さま」


上から聞こえる爽やかな声に恐る恐る視線を上げていくと巨大蜘蛛は消え去り、少女が私の顔を覗いて具合を尋ねていた。

優しく微笑み掛けてくるディフの姿は、リメロがエルトに推薦したらしい少女漫画の主人公そのまま。私と同い年くらいの女の子。ちょっとボーイッシュな雰囲気の無邪気で多感な街娘。

髪の色は変えられないのか蜘蛛の体毛と同じグリーンだけど、紛れもなく漫画から飛び出してきたキャラクターそのものになっていた。


「か、完璧。です……」


「ぴぴょ……」


「これでお話しできますな。いや、お会いできて嬉しゅうございます」


唖然としている私とメナちゃんを見て得意気に話す。

話し方は怪しい老人みたいなままなんだけど。ディフは出会い頭と同じように早口ぎみに言って私の両手を握った。

虫じゃなくてちゃんと人間の手だ。よかった。


「ふむ。ディフテラ、君は女の子だったのか……」


「どちらでも構いませぬ。ミナリス様……先代はワタクシをオスだとしておりましたが、こちらはまた二代目がワタクシにくださった姿です! 愛好。溺愛。許容。愛らしいですねぇ……」


「き、気に入ってくれたならよかったです」


「勿論ですとも!」


でっかい蜘蛛改め少女姿のディフもエルトの体内に住んでいる寄生生物だということはここまでのやりとりでわかった。

私を二代目と呼ぶことから、彼女(で、いいかな)は魔王ミナリスとも知り合いらしい。


「して、宿主殿。ここへいらしたということはもう二代目へお伝えする決心がついたので?」


「………そう、でもないのだけれど……」


私の手を握ったまま振り返りディフが言う。エルトが困ったような顔で黙ってしまえば、


「宿主殿は二代目さまにミナリス様の事をお話しするのを躊躇(ためら)っておりました。二代目さまを傷付けたくないと心からお悩みに……」


「成り行きでね。隠しておけなくなったんだ」


「エルト……」


私にそっと伝えるディフにエルトも仕方が無かったと首を振る。

もとはといえば私がリメロとエルトの会話をきいてしまったから魔王の話をしているのだが、エルトは私のことを気遣って話さないようにしてくれていたらしい。

いずれ、と誤魔化していた彼の様子を思い出して少し悪い気がしたけれど今更どうにもならないや。


「ささ、こちらへ。宿主殿の心臓へ案内致しましょう」


「ぴゃんぴ!」


気まずい雰囲気を察してかディフが先導し、メナちゃんも自分で這って歩くと私の腕をすり抜けた。





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