14 怪物の心臓と
どのくらい歩いただろう。景色があまり変わらないから距離がよくわからない。
でも、段々心臓とやらに近づいてきているのはわかる。私の住む部屋や通ってきた口の中では聞こえなかった音がする。
心臓が近くなるにつれ、どくんどくんと鳴る度に壁が合わせて脈動しているのがわかるし壁を這っている血管も太くなっていく。
「こちらです、二代目さま。どうぞ。お手は触れぬようお願いしますぞ」
先導していたディフが立ち止まり上方を指す。
示された先にあったエルトの心臓は青い光を内側に押し込めた大きな臓器の丸い塊だった。
蜘蛛の姿のディフを大型バスに例えるならその五、六倍以上もある。電車の車両を横に並べて数台分。
外側の体に見合った大きさといえばそうかもしれない。
無数の血管達が集中して絡み合って繋がっている様子は、あからさまに有機的なのに機械の配線のような雰囲気もあった。
心臓が全身に血を送るポンプの役目をしているのは化け物の体でも同じようで、塊の中の青白い光を血管に流して連結先の肉壁に送り込んでいる。
脈拍音はこの動きから聞こえてたみたい。
「あっ……」
けれど、心臓よりも先に目についたのは心臓のすぐ真上。天井から下を向いて生えるモノリスだったっけ……そんなような真っ黒い巨塔。
私の部屋と同じように根っこの部分は肉に埋まって蔦が絡み付いている。とても大きな氷柱みたいにも見えた。
「これも……話に出てきた黒い結晶……?」
「そうだよ」
「この正体不明の結晶がミナリス様が看病した人々と生き物と、ミナリス様自身を蝕んだのです。結晶は心身を蝕み、生き物たちを混乱させ暴走させ……世界を破滅に追いやりました。これを発現させばら撒いたのだと……人々の怒りと悲しみの感情で、ただの儚い少女は魔王へと仕立て上げられたのですよ」
落ちてきたら心臓を貫いてしまいそうだ。そんなことになれば一体どうなるだろう。破れた怪物の心臓から溢れた血が部屋一杯に拡がって、エルトは死んでしまうのかな。
高い位置から見下ろす小山のような結晶を見ていると背筋が凍る。ゾッとした。
「宿主様のこれは先代の置き土産ですねぇ」
「ディフテラ、その言い方はやめてくれないか」
ディフの言葉にエルトは彼女を不機嫌そうに睨んだ。
慌てて二人の間に入る。
「エルト……この結晶がこんなところにあって大丈夫なの? 痛かったり苦しかったりしない?」
「痛みは今はないよ。……ただ、悪意が衝動的に芽生えることが……無いとは言えない」
エルトは真剣な表情で結晶を見つめ、
「彼女を憎み、彼女を殺した世界が私も恨めしい。いっそ上へ出、全て踏み壊して何もかもを食い尽くして消してしまいたくなる」
「それでも」と続ける。
「彼女を育み、彼女が愛した世界だ。だから……そんなこと私には出来ないよ」
そう答えたエルトの横顔はとても悲しそうだった。もっと怒っていてもいいのに、どこか諦めたようで冷たくさめていて。
大きな体にこんなに大きな心臓を持っているのに。今にも消えてしまいそうなほど虚しい辛そうな笑みに私は言葉を失ってしまう。
「ご安心くだされ。二代目がいらしてからも毎日計測しておりますが、幸いこの結晶はミナリス様のご逝去からは1ミリたりとも成長しておりませぬよ」
私の表情を見たディフが微妙な話題反らしをする。この世界でも長さの測り方はセンチメートル方式でいいんだ。
エルトの心臓に悪いものが侵入しないよう守っている彼女は、毎日欠かさず結晶の様子を観察しているそう。
結晶は長い間変化もなくずっとこのままらしい。




