第09話 動き出す悪意
-アメザス王国・王都トライバル-
王宮の外れにある瀟洒な砦に、元老院の評議会が行われる通称【審判の間】と呼ばれる部屋がある。
評議会が行われていない今、誰も居ないはずのその審判の間の長い大理石のテーブルの端に一人の男が座っていた。
細身だがよく鍛えられた体つきのその男は、四十代中盤位であろうか短く刈り込まれた白髪交じりの頭は年輪を感じさせるが、その眼は鋭く威厳に溢れている。
「アレクサンドルよ」
その男が、低いが良く通る声で誰も居ないはずの空間に呼びかけると、どこからともなく黒い影が揺らめいて人の形へと姿を変えた。
アレクサンドルと呼ばれたその男は、全身黒ずくめで濡れたような黒髪の長髪をなびかせて振り向くと、深い闇の様な漆黒の目で声の主を見据え、呻く様な声を返す。
「何だ? エリック……」
「アレクサンドルよ、いよいよだ、本当に力を貸してくれるのか?」
「もちろんだ、貴様の方こそ準備はできておるのだろうな? エリック・バートン」
アレクサンドルは呻く様な声に歓喜の色を滲ませてエリックに質問を返す。
「いらぬ心配をするな、黒の魔導士アレクサンドル・ラス・プラーフよ。
バートン家は約束を果たす」
エリックは黒の魔導士・アレクサンドルの目を見返して冷然と言い放った。
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-サビエフ王国・王都クリュスタロス-
炎に焼かれる王都の街並みを見下ろす氷の宮殿の王の間で、イゴール・セルゲイ・ニコラフはイラ立った様子で部下たちの報告を待っていた。
三十代前半の血気盛んな闘争本能を隠す気もないその様子は、彼の鍛え上げられた巨大な身体と相まって、接する者に恐怖を与える。
「遅い……」
歯ぎしりをしながら呟いた時、王の間の扉が開き三人の屈強な兵士に連れられた一人の小太りの男性が、転がる様にセルゲイの前に放り出された。
その男を見るセルゲイの目に歓喜の炎が宿る。
「どこに隠れていたのだ? 前サビエフ王・ダミアン・シルバートン」
セルゲイの嘲りの言葉に、ダミアンは悠然と答えた。
「前ではない、セルゲイ」
「強がりはみっともないぞ、前王」
ダミアンは、尚も嘲りの言葉を続けるセルゲイを睨みつける。
「そう睨むな、前王ダミアン、俺は慈悲深い男だと知っているだろう?」
ダミアンは無言のままだ。
「俺は貴様の様な老いぼれの首には興味がない、【ブルー・エメラルド】さえ渡せば壁の向こうで余生を暮らすことを認めてやろうと言っているのだ」
「貴様如きにドラゴンの力は使いこなせぬ」
セルゲイは、胡坐をかく様に座り込んで質問に答えないダミアンの前に来ると、しゃがみこんで耳元に口を近づけ、怒りを押し殺した声で告げた。
「老いぼれ、二度は聞かぬ、俺が聞いているのは【ブルー・エメラルド】の在りかだ。」
ダミアンは返事の代わりに唾を吐きつける。
セルゲイは氷の様に冷たい笑みを浮かべて立ち上がると、顔についた唾を拭いながら、三人の屈強な兵のリーダーに叱責するような口調で詰問した。
「娘はどうした! まだ見つからんのか!」
「はっ、申し訳ありませっ」
答えを言い切る前にリーダーを殴りつけたセルゲイは、倒れ込んだリーダーを見下ろしたまま命令する。
「老いぼれの首を城門に掲げろ!」
「はっ!」
兵士たちに両脇から抱えられ無理やり連行されるダミアンの背中に、セルゲイは悪魔のような言葉を投げかけた。
「娘をおびき出すエサくらいにはなるだろう」
ここまでお読みいただいてありがとうございます!
区切りが悪いですが、少しだけお休みさせて頂く事になりそうです。
再開後は、前サビエフ王ダミアンの娘・氷の王女メアリー・シルバートンの登場を書く予定です。
出来るだけ早く再開できるようにしますので、その際はまたよろしくお願いします!




