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渇望  作者: 水城雪見
5/5

解放



 ゲームらしき世界に飛ばされ、1週間が過ぎた。

 もうさすがに、これが夢ではなく現実なのだと理解している。

 知識を得るために、俺はこの1週間の間、毎日図書館に通い、片っ端から本を読んでいった。

 この世界の成り立ちや、国の位置関係、俺のように別世界からきた人の話など、思いつくままに調べていった。

 途中で速読のスキルを覚えたおかげで、1日で読める本の量も増え、知識も増えていく。

 日に日に、これは夢でなく現実だと実感できるようになって、喜びで満たされた。


 俺は元の世界には何の未練もない。

 約束された未来に、美しい従姉妹、それらは俺にはたいして意味があるものではなかった。

 いつも、どこか遠くに行きたいと願っていた。

 神埼の家と縁を切り、生きていく事を切望していた。


 別に責任ある立場に立って、会社を引き継いでいく事が嫌だったわけじゃない。

 それに、もし、俺が他にやりたい事を見つけたとしても、親族はたくさんいるし優秀な人もいるから、会社を継がなくても許されたと思う。

 未来ががちがちに決まっていて、縛り付けられているというわけではなかった。

 だけど、いつも逃げたかった。


 俺は沙彩と真彩が嫌いだった。

 本当は顔を見るのさえ嫌なほどに嫌悪していた。


 中1の時、俺は初めていいなぁと心惹かれる女の子ができた。

 その子は中学からの外部生で、6月にある体育祭の実行委員で一緒になった。

 取り立てて美人というわけではないけれど、清潔感のある可愛い子で、打てば響くような会話ができる頭のいい子だった。

 お互い好きなものが似ていて、話をしていて楽しかった。

 同じクラスで同じ実行委員で、段々親しくなっていくのが嬉しくて、浮かれていたのだと思う。

 当時から既に俺を巡って争っていた沙彩と真彩は、俺の気持ちが他に向くのを許してはくれなかったけれど、それに気づかなかった。


 体育祭が終わると彼女から避けられるようになり、理由もわからずに落ち込んでいた。

 すべてを理解したのは、夏休みが始まる頃、彼女が転校してからだ。

 俺の知らないところで、彼女は沙彩と真彩の取り巻きにいじめられていたのだった。


 沙彩と真彩は直接は何もしない。

 ただ、取り巻き達の前で、悲しんで見せ、泣くだけだ。

 自分達の影響力を知っている二人は、そうすれば勝手に周りが動いてくれるとわかっている。


 何も気づかなかった自分に腹が立った。

 別に付き合いたいとか考えていたわけじゃない、ただ好意を持っていただけだ。

 でも、それすら許してくれない二人の存在が重かった。


 中学生で一人暮らしはできなくもないけど、外聞が悪い。

 二人が嫌いでも、後見人になってくれた叔父夫婦に迷惑をかけるわけにもいかなくて、家を出てもおかしくない理由ができるまでは、我慢するしかないと思っていた。


 その後、帰国した幼馴染が同じクラスに転校してきた時は、同じ事の繰り返しにならないように、あえて距離を置いた。

 一人っ子だった俺が、妹のように思い可愛がっていた幼馴染だったから、彼女が傷つくようなことになるのは嫌だった。

 いつか、家を出ることが出来たら、彼女に謝って、許してくれるのなら仲直りしたいと思っていた。

 だって彼女は、俺の両親が亡くなったとき、俺のことを心配して、当時の親の赴任先だったアメリカから帰国してまで慰めてくれた、大事な幼馴染だったから。


 現実での人付き合いが億劫になっていき、俺はゲームの世界にのめり込んだ。

 やらなければならない事はきちんとやったけれど、それ以外の時間はゲームに費やしていた。

 リアルの事を話さないで済む、ネット上だけの付き合いはとても気楽だった。

 人付き合いが億劫といっても、それでも人恋しい気持ちがあったのだと思う。

 ゲーム内で知り合った人にギルドに誘われ、毎日のように一緒に遊ぶようになった。

 ギルドマスターをしているその人は、面倒見がよくてとてもいい人で、ギルドメンバーにも慕われていた。


 オンラインゲームでリアルは中学生だというと、子供は我侭で空気を読まないからと、敬遠する人もいる。

 だから、俺は中学生である事を隠して遊んでいた。

 常識を持って普通に遊んでいれば、それなりに親しい人も何人か出来ていく。

 ギルドチャットで仲良く話をしたり、一緒にダンジョンに行ったり、毎日楽しく過ごす事で、感じていた寂しさは紛れていた。


 そんな時、ギルドに女性キャラが二人加入してきた。

 俺もギルドに加入した時に、他のメンバーに色々と面倒を見てもらった事もあって、ゲームに詳しくない二人の質問に答えたり、ボスクエストの手伝いに行ったりしていた。

 二人とも、最初はギルドチャットで話していたけれど、そのうちに1対1で話せる個人チャットで話しかけてくるようになった。

 他の人とのクエスト中にチャットをする余裕はあまりなく、返事を後回しにしていると、何度も何度もチャットが送られてくる。

 そのうち、特に頻繁にチャットが来るのは、ギルド内でも特に仲のいい女性キャラと一緒に遊んでいる時だという事に気がついた。

『クエスト中はチャットをしてる余裕がないから、返事がない時は出来ない時だと思ってください』と、それぞれに注意をしたら、チャットはマシになったけれど、クエストの手伝いなどを二人別々に頼まれるようになった。

 同じクエストでも、別々に手伝っていたら余分に時間を取られる。

 長時間遊んでいられるわけでもなかったので、段々面倒になって手伝いも断る事が多くなっていった。


 ある日、よく一緒に遊ぶ女性キャラのプレイヤーさんから、珍しく個人チャットが飛んできた。

 その時に、『中学生って本当なの?』と聞かれ、情報の出所を探ったら、二人の初心者キャラだった。

 ゲーム内で誰も知るはずがない俺の素性を知ってる二人ということで、簡単に沙彩と真彩に辿りつき、ストーキングされているような気持ち悪さに耐え切れず、俺は結局、ギルドマスターにだけは事情を話して、そのゲームで遊ぶのをやめてしまった。


 二人とその件に関して話をする気にもならなかったので、その後は、何も気づかなかった振りをして、離れに移り住む計画を立てた。

 俺の部屋に勝手に入り、勝手にパソコンの中身を見たりしているのがわかったから、ノートパソコンを一台増やして、そちらはパスワードを設定した上、できるだけ持ち歩くようにした。

 他のゲームを始めてみたりもしたけど、ばれるはずがないとは思っても、知り合う人を疑ってかかる自分に気づいて、親しい相手は作らずソロで遊ぶようになった。

 唯一、誰の目も気にすることなく、他と交流できた場所も失って、心が死んでいくような気がした。


 外でも家でも一緒というのが耐えられず、少しでも二人と過ごす時間を減らしたくて、俺は外部の高校に進学した。

 部屋も、離れのリフォームが終わってすぐに移った。

 離れならば、住み込みの家政婦さん達の部屋も近くにあったし、他人の目があればあの二人も少しは自重する。


 それでも、あの二人が俺に向けていたのが愛情だったならば、まだここまで嫌いにはならなかったと思う。

 あの二人は、姉妹であり、ライバルだった。

 二人とも、相手に勝ちたいから俺に執着していただけで、俺自身のことなど好きではなかった。

 母屋に部屋があったころ、夜中に俺のベッドに忍んできて、奇しくも二人は同じ言葉を俺に言った。


『ねぇ、私を選ぶと言って』と。


 俺が二人以外の誰かを選ぶ事など欠片も考えなかったようで、二人ともライバル心を隠しもしなかった。

 俺を落とす事で、自分の方が魅力的なのだと確認したいだけなのだと感じた。

 

 どちらを選ぶつもりもないと、はっきり言ったこともあるけれど、その時は泣いて縋られた。

 そういう時だけは仲良く協力し合う二人は、部屋に篭りきりになり、ろくに食事も取らなくなって、叔母に泣きつかれて仕方なく言葉を撤回した。

 それからはどちらも平等になるように気をつかい、けれど最後の一線だけは踏み込ませないように、優しく接しながらもさりげなく距離を置いた。


 俺を好きではない二人は、優しい振りに気がつかない。

 俺を挟んで、姉を、妹を見ているだけだから、作り笑顔にも気がつかない。


 俺は早く大人になりたかった。

 自由になりたかった。

 一人になりたかった。


 この世界でなら、それが叶う。

 俺は神埼優維ではなく、ただのユーリディアスとして生きていける。


 この世界には過去にも異世界から渡ってきた人がいたらしい。

 そして、その人達が元の世界へ帰ったという記録はない。

 名を成した人もいれば、地道に平穏に生きた人もいる。

 けれど、記録に残るすべての人がこちらで生を終えている。


 だから、過去は捨ててしまおう。

 例え、何かの運命の悪戯であの二人がこちらの世界に渡ってくる事があるとしても、二人の知る神埼優維はどこにもいない。

 

 賭けてもいい。

 ユーリディアスになった俺を見ても、彼女達はそれが神埼優維の別の姿だと気づく事はない。



 ものすごい解放感だ。

 もう、誰にも何にも縛られない。


 叫びだしたいほどの解放感に浸ったまま、俺は一週間世話になった図書館を出た。


 外の日差しは眩しく、ここへ渡ってきた時と同じで暖かかった。






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