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学園モブキャラな一代限りの騎士爵令嬢ですが、王都の商会はすべて支配しています。~前世知識で作る化粧品とポーションが規格外すぎて、王族も貴族も手放せません~  作者: はりねずみの肉球
第5章:重すぎる金貨と、紙の魔術(バンキング)

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シーン3:無から有を生む錬金術(信用創造)と、国家の借金

銀花銀行の設立から数ヶ月。

王都の経済は、紙幣という劇薬によってかつてないほどの爆発的な成長(バブル)を遂げていた。重い金貨を運ぶ手間が消滅したことで取引のスピードは数十倍に跳ね上がり、市場には活気が満ち溢れている。


しかし、銀行の最上階に設けられた頭取室(私の執務室)では、ベルノが今にも胃に穴が空きそうな悲壮な顔で、一枚の報告書を握りしめていた。


「け、計算が合いません……! 会長、これはいったいどういうことですか!?」


ベルノが私のデスクにバンッと叩きつけたのは、今月の『預金残高』と『紙幣発行高』の帳簿だった。


「地下金庫に保管されている本物の金貨は、ざっと一千万枚。……しかし、現在市場に出回っている、我が銀行が発行した紙幣の総額は、その五倍の『五千万枚分』に達しています! これでは、もし顧客が一斉に金貨の交換(取り付け騒ぎ)にやって来たら、たちまち金庫が空になって破産してしまいます!!」


顔面蒼白で叫ぶベルノの横で、応接ソファに座っていたレオンハルト公子も、信じられないというように目を見開いた。


「……リリア嬢。君は金庫にないはずの金貨を、紙幣として勝手に刷って市場にばら撒いたのか? それは『信用』ではなく、ただの詐欺(ペテン)じゃないか!」


二人の常識的な反応に、私は淹れたてのミルクティーを優雅に啜りながら、フフッと微笑んだ。


「落ち着きなさいな、二人とも。詐欺じゃないわ。これこそが近代金融の神髄――『信用創造』よ」


私はティーカップを置き、デスクの上に数枚の紙幣を扇状に広げた。


「ベルノ。銀行が設立されてからこの数ヶ月、預けた金貨を『やっぱり本物の金貨で返してくれ』と窓口にやって来た商人は、全体の何割くらいいた?」


「え? ……あ、いえ。ほとんどいません。紙幣の方が圧倒的に便利ですし、誰もが銀花銀行の紙幣を『お金』として受け取ってくれるため、わざわざ重い金貨に換える必要がないからです。……せいぜい、全体の10%程度でしょうか」


「その通りよ」


私は指を鳴らす。


「顧客が同時に金貨を引き出しに来る確率が10%なら、私たちは金庫に預金総額の『10%の本物の金貨(準備金)』だけを残しておけば、絶対に破産することはないのよ」


「……っ!」

レオンハルトが息を呑む。彼の優秀な頭脳が、私の言わんとしている恐ろしい仕組みに追いつき始めていた。


「だから私は、金庫で眠っている残りの90%の金貨を担保にして、新しい紙幣を刷り、それを事業を拡大したい商人たちに『利子』をつけて貸し出したの」


私は立ち上がり、窓から見下ろす王都の活気ある街並みを指差した。


「お金を借りた商人は、その紙幣で資材を買い、職人を雇う。支払われた紙幣は巡り巡って、また私たちの銀行に『預金』として戻ってくる。……私はその戻ってきた預金を担保に、さらに新しい紙幣を刷って貸し出す。これを繰り返すだけで、市場に出回るお金の総量は、元手の金貨の何倍にも膨れ上がるわ」


「無から、有を生み出している……。本物の錬金術だ……」

レオンハルトが、畏怖に満ちた声で呟く。


「そうよ。これが資本主義の魔法。私たちが紙幣を刷って貸し出せば貸し出すほど、世の中の『パイ』自体が大きくなり、経済が成長していくのよ」


ベルノはガクガクと膝を震わせながら、その場にへたり込んだ。

「お、恐ろしい……。会長は、王国の経済そのものを、インクと紙切れで意のままに膨張させている……!」


「きゅるっ!」

ルンが私の肩の上で、得意げに胸を張る。


「でも、調子に乗って貸し出しすぎれば、いつかバブルが弾けて破滅するわ。だからこそ、金利の操作と貸出枠の厳格なコントロールが必要なの。……さて、金融の基礎講座はここまでよ」


私がそう締めくくった直後、頭取室の重厚な扉がノックされ、暗部の男が静かに入室してきた。


「会長。お客様です。……『王宮』より、内務卿閣下が極秘の会談を求めておられます」


「通してちょうだい」


レオンハルトとベルノが緊張して身構える中、頭取室に現れたのは、国王の側近であり、王国のインフラ整備を統括する内務卿だった。彼は銀花会議の圧倒的な力を前にして、ひどく恐縮した様子でソファに腰を下ろした。


「……本日は、アルフェイド会長に折り入ってご相談がございまして」


「王家がわざわざ私の銀行へ足を運ぶなど、珍しいことですわね。……資金繰りのお悩みですか?」

私が単刀直入に切り出すと、内務卿は苦虫を噛み潰したような顔で頷いた。


「お恥ずかしながら。現在、王家は王都と東部辺境、そして西の港を繋ぐ大規模な『魔導機関車(マジック・トレイン)』の敷設計画を進めております。しかし、会長の銀行が市中の金貨を吸い上げてしまった影響で、国庫の税収だけでは莫大な初期投資の金貨が確保できず……計画が頓挫しかけているのです」


(来たわね)

私は心の中で冷たく微笑んだ。

経済が急成長し、物流の速度が跳ね上がれば、国は必ず新しい巨大インフラを必要とする。しかし、旧態依然とした税金(金貨)のシステムに依存している王家に、そんな莫大な資金をポンと出せるはずがないのだ。


「なるほど。国家の威信を懸けた大事業、素晴らしいと思いますわ。……で、我が銀花銀行に、その資金を『融資』してほしいと?」


「は、はい。どうか、お願いできないでしょうか。もちろん、国として正式な借用書(国債)を発行いたします。将来の鉄道収入から、必ず利子をつけてお返しします!」


内務卿が深々と頭を下げる。

その光景を見て、レオンハルトは完全に言葉を失っていた。一国の最高幹部が、一介の少女商人に借金を申し入れているのだ。


「いいでしょう。王国の発展は、我が商会の利益にも直結しますから」


私はあっさりと承諾し、デスクの引き出しから新しい『契約書』を取り出した。


「ただし、融資は金貨ではなく『銀花銀行券(紙幣)』で行います。そして、王家が発行するその借用書(国債)を、我が銀行が独占的に買い取ることを条件といたしますわ」


「し、紙幣で……? しかし、それでは……」


「今や、王都で紙幣を受け取らない職人などおりません。ご安心ください。それに、王家が自ら『借金の支払いに銀花銀行の紙幣を受け取る』という事実こそが、この紙幣の価値をさらに盤石なものにするのです」


内務卿は少し迷ったものの、背に腹は代えられないと判断し、震える手で融資契約書にサインをした。


「……感謝いたします、会長。これで王国は、新たな時代へ進むことができます」


「ええ。共に王国を豊かにしてまいりましょう」


私は完璧な営業スマイルで内務卿を見送った。

扉が閉まり、頭取室に再び静寂が戻ると、レオンハルトが顔を引きつらせながら立ち上がった。


「……リリア嬢。君は、自分が今、何をしたのか分かっているのか?」


「ええ、もちろんよ」


私はサインされたばかりの国債を指先で弾いた。


「王家は今、私から莫大な借金をした。……つまり、私が紙幣の供給を止めたり、金利を吊り上げたりすれば、王国の国家プロジェクトはいつでも首を括ることになる」


私は漆黒のコートの背もたれに深く寄りかかり、冷酷な絶対者の瞳でレオンハルトを見つめ返した。


「これで、銀花銀行はただの民間銀行から、国家の財布を握る『中央銀行』になったのよ。王冠を被っているのが誰であろうと関係ない。この国の真の支配者は、紙幣を刷る権利(シニョリッジ)を持っている、この私よ」


レオンハルトは、もはや恐怖すら通り越し、狂信的なまでの畏敬の念を込めて深く頭を下げた。


金貨という物理的な重りから解放されたモブ令嬢の野望は、ついに国家そのものを借金という目に見えない鎖で縛り上げ、完全なる経済支配を完成させたのである。

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