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学園モブキャラな一代限りの騎士爵令嬢ですが、王都の商会はすべて支配しています。~前世知識で作る化粧品とポーションが規格外すぎて、王族も貴族も手放せません~  作者: はりねずみの肉球
第2章:差し押さえられた商品は、王都を救う命綱でした

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シーン7:父の過去と、王妃の緊急通行証

カサリ、カサリと。

乾燥した枯れ葉を退け、中心部に眠る『生きている葉』だけを抜き取る単調な作業音が、底冷えのする小屋の中に響き続ける。

私の指先は、月白根から滲み出す微かな樹液でうっすらと緑色に染まり、爪の間には土の粉が入り込んでいる。普段、王都の学園で綺麗に手入れされた貴族令嬢たちの手とは程遠い、泥臭い職人の手だ。

しかし、その汚れすらも今の私には誇らしい。


「きゅんっ、きゅる」


ルンが器用に小さな前足を使って、傷の少ない綺麗な葉っぱを一枚ずつ私の手元へと押しやってくれる。


「ありがとう、ルン。すごく助かるわ」


私がルンの頭を指の背でそっと撫でると、彼は嬉しそうに尻尾を揺らす。

やがて、床に広げた清潔な布の上に、淡い銀緑色をした完璧な月白根の葉が小さな山を作る。


「……これで最後だ。目視の計算だが、ちょうど二百本分の抽出液にはなるだろう」


父が立ち上がり、膝についた土を払う。

私は布の四隅を丁寧に結び合わせ、貴重な薬草を包み込む。ずしりとした重みが、両腕に伝わってくる。たった二百人分。けれど、明日確実に二百人の命を死の淵から引き戻すことのできる、絶対に裏切らない希望の重さだ。


「ええ。これだけあれば、王立療養院の重症病棟にいる一番危険な状態の患者たちだけは、確実にカバーできるわ。残りの患者たちには、冷却魔法を使った物理的な痛みの緩和と、別の薬草を使った代替処置を併用するように、マルセル先生に急ぎの手紙を書くわ」


私が布包みを抱え上げようとした、その時。


「リリア。少し、いいか」


父の低く、静かな声が、夜気の冷たさとは別の重さを持って私の耳を打つ。

振り向くと、父はカンテラの淡い光の中で、かつての近衛騎士としての鋭い眼差しを私に向けている。


「何かしら、お父様」


「お前がこれからやろうとしている『緊急供給計画』。……王都の裏に隠された無数の小商人たちを動かし、財務院の監査隊の目を盗んで物資を流通させる。それは確かに、命を救うための最善の手だ」


父は腕を組み、ゆっくりと息を吐き出す。


「だが、それが政治的に何を意味するか、お前も分かっているはずだ。……国家権力に対する、明確な『反逆行動』と見なされるぞ」


父の言葉が、ひんやりとした小屋の空気をさらに一段階凍てつかせる。


「財務卿ヴァルターが独断で動いているとはいえ、彼が掲げているのは『国家の財務院』という絶対的な大義名分だ。それに逆らって裏で物資を動かせば、五大商会のトップであるお前だけでなく……我がアルフェイド家の『騎士爵』そのものが剥奪される危険がある」


父が命懸けで魔物と戦い、その身を挺して王族を守り抜いた対価として得た、一代限りの騎士爵。

上位貴族からは平民同然と見下されても、父にとっては、そして私にとっても、決して泥を塗ってはならない大切な誇りの証だ。


「……お父様」


私は腕の中の布包みを強く抱きしめ、真っ直ぐに父を見つめ返す。


「私は、アルフェイド家が平民に戻るのが怖くて、モブ令嬢のフリをして生きてきたわ。お父様の名前を守りたくて、商会の主だという正体を隠し続けてきた。……でもね」


私は深く息を吸い込む。薬草の匂いが、肺の奥まで冷たく澄み渡っていく。


「患者の命を見捨ててまで守るべき『爵位』なんて、この世には存在しないわ。お父様がかつて剣で命を守ったように、私は私の知識と商売で命を守る。……もし、それで騎士爵を取り上げられるというのなら、喜んでお返しするわ」


私の明確な宣言に、カンテラの光が微かに揺れる。

一切の迷いはない。

利益は信用の結果。そして信用とは、いざという時に絶対に逃げないという行動の積み重ねによってのみ生まれる。

ここで国家権力に怯えて歩みを止めれば、私が築き上げてきた銀花会議の理念そのものが嘘になる。


「きゅるっ!」


ルンが私の足元に立ち上がり、父に向かって小さな胸を張って見せる。まるで私の決意を代弁するかのような頼もしい仕草だ。


父は無言のまま、私とルンをじっと見下ろしている。

その表情からは感情が読み取れない。怒っているのか、呆れているのか。


やがて。

ふっ、と。

父の口元から、微かな吐息が漏れる。それは次第に低く響く振動に変わり、最後には小屋の空気を震わせるような豪快な笑い声へと変わる。


「はははっ! あっはははは!」


「お、お父様……?」


私が戸惑いの声を上げると、父は笑い涙を指で拭いながら、私の頭にポンと分厚い大きな手を乗せる。


「まったく……誰に似たのか、本当に頑固で、恐ろしいほど真っ直ぐな娘だ。王都の最高権力者を相手に回して、一歩も引く気がないとはな」


父の瞳には、一切の恐怖も後悔もない。あるのはただ、自分の信じた道を真っ直ぐに進もうとする娘への、底知れぬ誇りと深い愛情だけだ。


「私の爵位など、最初からおまけのようなものだ。お前が人々の命と信用を選ぶというのなら、私は全力でお前を守る。騎士の剣に懸けてな」


父の言葉に、私の胸の奥がじんわりと温かくなる。

私がたった一人で背負おうとしていた重圧を、父の大きな手が半分持ち上げてくれているような感覚だ。


「ありがとう、お父様。……でも、剣は抜かないでね。私たちが戦うのは、あくまで商人としての土俵の上よ」


私が微笑みながら釘を刺すと、父は「分かっている」と頷く。

そして、彼は自分の着ている分厚い外套の内ポケットへと深く手を差し込む。


「だが、商人としての土俵だけでは、財務卿の理不尽な暴力を止めきれない場面が必ず来る。相手が法を無視して強権を振るってきた時、お前を守る『盾』が必要だ」


父が内ポケットから取り出したのは、年季の入った黒檀の小さな木箱だ。

角は丸くすり減り、表面には細かい傷が無数についている。だが、その箱から漂う微かな魔力の波長は、それがただの古い箱ではないことを雄弁に物語っている。


「それは……?」


私が問うと、父はカンテラの光の下で、カチリと木箱の小さな真鍮の留め金を外す。


パカッと開かれた箱の中には、深紅のベルベットのクッションが敷き詰められており、その中央に、一つの小さな『印章』が鎮座している。

純銀で作られたその印章の持ち手には、王家の紋章である『双頭の鷲』と、王妃個人の紋章である『白百合』が複雑に絡み合うように精緻に彫り込まれている。

銀の表面が、カンテラの光を反射して鋭く、冷たく輝く。


「これは……王家の印章?」


私が驚きに目を見張ると、父は木箱をそっと私の手のひらへと押し付ける。

箱越しに伝わる、ずしりとした重み。


「私が近衛騎士を退役する時、当時の王妃殿下から直々に賜った『緊急通行証』だ。これを見せれば、王宮のいかなる門番も、いかなる近衛兵も、私を止めることはできない。王妃殿下のもとへ、事前審査なしで直接謁見できる絶対の権利だ」


父の言葉に、私の心臓が大きく跳ねる。

王都の最高権力者である財務卿ヴァルターに対抗できる唯一の存在。それは、さらに上位の権力である『王族』しかない。

その王宮の最深部へと、一切の障壁を越えて直通できる魔法の鍵。


「こんな大切なもの……お父様が命を懸けて得た、たった一度きりの切り札じゃないの! 私が受け取るわけには……」


私が木箱を押し返そうとすると、父はそれを強い力で押し留める。


「これは私の誇りだが、同時にただの銀の塊だ。箱の中で眠らせておくために貰ったわけではない。……リリア。お前が正しいと思う道を進み、そしてどうにもならなくなった時、これを使え」


父は私の両手を木箱ごとしっかりと包み込む。


「ただし、これを王宮で使えば、お前が裏で商会を束ねているという事実や、アルフェイド家が今回の事件に深く関与しているという記録が、王宮の公式な文書に永遠に残ることになる。モブ令嬢としての静かな生活は、二度と戻ってこないぞ」


父の警告。

それは、私が一番恐れていた『平穏の喪失』だ。

王宮に名前が刻まれれば、私はもう空気のように生きることはできない。あらゆる貴族の陰謀や、派閥争いの渦に巻き込まれることになる。


だが。

私の腕の中には、二百人の命を救う月白根の包みがある。

そして脳裏には、明日パンを求めて彷徨う平民たちや、王都の隅々で私の指示を信じて動いてくれている小商人たちの顔が焼き付いている。


(私の平穏と、王都の命。……比べるまでもないわ)


私は小さく息を吸い込み、木箱をしっかりと自分のコートのポケットへと滑り込ませる。


「……覚悟はできているわ。お父様、この通行証、ありがたくお借りするわね」


私が力強く頷くと、父は安心したように顔をほころばせる。


「よし。これで憂いはなくなったな。さあ、急いで王都へ戻ろう。朝までにその葉を極上のポーションに変えなければならないのだろう?」


「ええ。時間との勝負よ。トマの馬車を最高速度で飛ばすわ」


私は薬草の包みを抱え直し、父と共に冷たい夜風の吹く小屋の外へと駆け出す。

暗闇の中で待機していた馬車のカンテラが、私たちの道標のように暖かく揺れている。


「きゅるるっ!」


ルンが私の肩に飛び乗り、いざ出陣とばかりに前足を突き出す。


ポケットに沈む王妃の緊急通行証の冷たい感触が、私の心にこれ以上ないほどの覚悟を刻み込む。

(財務卿ヴァルター。あなたが法と暴力で私たちを縛り上げるというのなら、私はこの王都の隅々まで張り巡らせた信用と、王宮という最大のカードを使って、あなたの包囲網を完全に突破してみせるわ)


夜の底を切り裂くように、アルフェイド家の質素な馬車が、再び王都の心臓部へ向かって疾走を始める。

東の空が白み始めるまで、あと数時間。

反撃の狼煙は、静かに、しかし確実に上がり始めていた。

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