↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
学園モブキャラな一代限りの騎士爵令嬢ですが、王都の商会はすべて支配しています。~前世知識で作る化粧品とポーションが規格外すぎて、王族も貴族も手放せません~  作者: はりねずみの肉球
第1章:モブ令嬢は、王都を止められる。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/32

シーン1:王都の朝と、すれ違う無数の荷馬車

ガタゴト、と。

木製の車輪が石畳を打ち据える規則的な振動が、薄いクッションを敷いた座席越しに私の身体を揺らす。

冷やりとした朝の空気が、少しだけ開けた車窓の隙間から滑り込んでくる。朝露に濡れた土の匂いと、どこかのパン屋が石窯で薪を燃やす香ばしい匂いが混ざり合い、鼻腔をくすぐる。

馬車の車内は狭く、飾り気のない木張りの壁には防寒用の簡素な布が張られているだけ。上位貴族が好むような魔石を使った温度調節器や、ふかふかのベルベットの絨毯など影も形もない。


「きゅっ」


膝の上で、ふさふさとした赤茶色の毛玉が丸まる。私の専属マスコット――ではなく、護衛兼癒し担当の陽リスの『ルン』が、前足で器用にひまわりの種を割りながら甲高い声で鳴く。


「ふふ、ルンは朝から食欲旺盛だね」


私は指先でルンの柔らかい背中を撫でる。指の腹に伝わる小さな心臓の鼓動と、ふかふかの毛並みがもたらす微かな体温が心地よい。ルンは私の指先にすり寄ると、カリカリと軽快な音を立てて種を頬袋に詰め込んでいる。ピンと立った耳の先にある白い飾り毛が、馬車の振動に合わせて揺れる。


窓の外に視線を向ける。

昇り始めたばかりの朝日が、王都『アークレイン』の街並みを黄金色に染め上げている。

白亜の石造りの家々が斜面に沿って立ち並び、その間を縫うように石畳の大通りが走る。視界の奥、王都の中心部には、この国の象徴である巨大な王城の尖塔が、朝霞を切り裂くように真っ直ぐ空へと伸びている。

けれど、私の興味は豪奢な城や立ち並ぶ貴族の館には向かない。

視線の先で私の関心を引くのは、大通りをひっきりなしに行き交う『荷馬車』の群れだ。


「おや、お嬢様。今朝は一段と荷馬車の数が多いですな」


御者台から、我がアルフェイド家に長年仕える老御者のトマが声をかけてくる。しゃがれた、けれど温かみのある声が、隙間風に乗って届く。


「南街道の通行規制が昨日解除されたばかりだからね。関所で足止めされていた物資が一気に王都へ流れ込んできているみたい」


私は窓枠に肘をつき、冷たい風に目を細めながら答える。

目の前を、巨大な樽を四つ積んだ二頭立ての大型荷馬車が通り過ぎていく。荷台を覆う厚手の麻布には、目立たないように、けれど確かな自己主張を持って『銀色の小さな花』の紋章が焼き付けられている。


(あれは……東部から運ばれてきた精製油ね。樽の沈み具合からして、積載量は規定ギリギリ。車軸の軋む音が少し高いから、荷降ろしの後に車輪のグリスアップと点検を指示しないと。輸送中の事故はコストの無駄遣いどころか、納期の遅れという致命的な信用の失墜につながる)


頭の中で、瞬時に数字と指示が組み上がっていく。

精製油の現在の王都での卸値は、一樽あたり銀貨五枚。輸送費と人件費、馬の飼葉代、それに盗賊対策の護衛費用を差し引いても、利益率は二割を維持できている。けれど、私が本当に気にするのは目先の小銭の計算ではない。

利益はあくまで、顧客に約束した品質と時間を守り抜いた結果として後からついてくる『信用の証』でしかない。


「きゅる?」


ルンが不思議そうに首を傾げ、私の顔を下から覗き込む。黒くて丸い瞳が、私をじっと見つめている。


「何でもないよ。ただ、今日届くはずの薬草の品質が気になっているだけ」


ルンのふくよかな頬を指の背でつつくと、彼は嬉しそうに目を細め、きゅんきゅんと喉を鳴らす。


続く荷馬車は、頑丈そうな木箱を山積みにしている。あの箱の形状と、荷台から微かに漂う鼻を刺すような青臭い匂い。間違いなく、北部の山脈地帯で採れる『月白根げっぱくこん』の葉だ。


(月白根は湿度と温度変化に極端に弱い。木箱の隙間に乾燥用の木屑がちゃんと規定量詰められているか、後で抜き打ち検査を入れないと。少しでもカビが発生したり乾燥が進みすぎたりすれば、ポーションの抽出効率が三割は落ちる。医療現場に届くポーションの効き目が三割落ちるということは、助かる命が助からないということ。妥協は一切許されない)


前世の記憶――日本の化学メーカーの商品開発部で、白衣を着てフラスコや品質データと睨み合っていた日々の記憶が、私の脳内で警鐘を鳴らす。

この世界の人間は、魔法という便利な力があるせいか、品質管理という概念が決定的に欠けている。「薬草はただ鍋で煮詰めればいい」「最後に治癒魔法を込めれば効くはずだ」といった、大雑把で個人の感覚に依存する生産体制がまかり通っている。

だからこそ、私が前世の知識を総動員して構築した『徹底的な品質管理手順』と『効率的で無駄のない物流網』は、品質の安定しない既存品を瞬く間に駆逐し、この王都の経済を裏側から完全に掌握するに至っている。


王都を走る荷馬車の七割。

それが、私が裏で束ねる『銀花会議』――五大商会による非公開商業同盟――の息がかかった物流だ。表向きは別々の商会が競争しているように見せかけながら、実は仕入れルートも、製造規格も、価格設定も、すべて私の手の中にある。


「お嬢様、そろそろ学園の敷地が見えてきますぞ」


トマの声に、私は思考の海から引き戻される。

窓の外の景色が、活気あふれ泥臭い商業区から、静謐で格式高い、まるで別の国のように整然とした学園区へと切り替わっていく。

沿道に等間隔で植えられた美しい街路樹の葉が朝の風に揺れ、ざわめくような葉擦れの音を立てる。

行き交う無骨な荷馬車の数は減り、代わりに、金や銀の装飾が施された豪奢な貴族の馬車が増え始める。


四頭立ての白馬に引かれ、車輪にまで繊細な彫刻が施された侯爵家の馬車。

車体に複雑で派手な家紋を刻み込んだ伯爵家の馬車。

御者だけでなく、数人の護衛騎士を周りに侍らせた子爵家の馬車。


それらに比べれば、我が一代限りの騎士爵アルフェイド家の馬車は、塗装もところどころ剥げかけ、紋章も小さな、まるで平民の乗合馬車のような質素な代物だ。

すれ違う高級馬車の窓から、派手なドレスを着た上位貴族の令嬢たちが、こちらの質素な馬車を値踏みするように見下ろし、扇で口元を隠しながらくすくすと笑い合う姿が見える。


(ふふっ、見下したいなら好きなだけ見下せばいいわ)


私は心の中で密かに笑う。

彼女たちが今朝、少しでも美しく見せようと顔に塗りたくってきたであろう、あの予約一年待ちの高級美容液。

彼女たちの父親が、自身の領地の護衛騎士たちに常備させている、即効性で死地を救う回復ポーション。

彼女たちがお茶会で自慢げに振る舞う、色鮮やかで香り高い茶葉。


それらを生み出し、品質を担保し、王都中に流通させ、価格を決定しているのは、他でもない。彼女たちが「平民同然の下級貴族」と嘲笑う、この小さな馬車に乗るモブ令嬢なのだから。


「きゅっ!」


ルンが私の膝の上で立ち上がり、外の高級馬車に向かって小さな前足を振り上げる。威嚇するように尻尾の毛を逆立てている。


「こらこら、ルン。威嚇しちゃ駄目だよ。私たちはあくまで『目立たない騎士爵令嬢』なんだから」


私はルンの身体を優しく両手で包み込み、自分の胸元に引き寄せる。ルンの温かい体温と柔らかな毛並みが、朝の冷気を和らげてくれる。


(そう。私はこのまま、学園では誰の記憶にも残らない、ただの空気のような存在として静かに卒業する。そして、裏では商会を束ね、誰にも気づかれないまま王都の経済を回し続ける。父さんが命懸けで守ったこの家を誰にも見下させないためには、実力を誇示するのではなく、絶対に崩れない基盤を裏で作るのが一番安全で、一番確実な生き方なんだから)


私は深く息を吸い込み、王都の朝の冷たい空気を肺の奥まで満たす。

そして、今日一日を『モブ令嬢』として完璧に演じ切るための、控えめで目立たない、地味な微笑みを口元に貼り付ける。


馬車はゆっくりと、王都名門学園の巨大で荘厳な鉄門をくぐり抜けていく。

車輪が敷地内の滑らかな石畳を叩く音が、静かな学園の壁に反響して重々しく響く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。