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異世界で普通に生きるために危ない仕事をする  作者: Yuki
第一章

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第73話 旅立ちの朝

目が覚めたとき、部屋はもう昼の光に近かった。胸の奥は静かで、昨日の張りもひっかかりも残っていない。


布団から出ると、腹が鳴った。昨日の店の匂いが一瞬だけ戻る。パンの湯気。山羊乳の匂い。思い出した瞬間、さらに鳴る。


ルーシーは笑いそうになって、そのまま口を閉じた。こういうのは、笑うと余計に鳴る。


机の上に、剣が置いてある。鞘を抜くと、刃が鈍く光った。先の方に細い欠けが並んでいる。指先でなぞると、引っかかる。


(……これ、直せるのかな)


武器屋で剣を買ったことはある。でも、研ぎとか直しとか、どこまでやってくれるのかは知らない。


迷ったまま、鞘を抱えて外に出た。街はもう動いていて、ギルドへ向かう足音も混じっている。いつも通りの音なのに、今日は出発前の音に聞こえた。


武器屋の扉を押すと、油と鉄の匂いが来る。壁に掛かった刃物が光っていて、反射で目が一度だけ細くなる。


店主が顔を上げた。


「おう。久しぶりだな。今日はどうした?」


ルーシーは鞘を持ち上げて見せた。


「刃が少し欠けているんですが、直せますか?」


「もちろん。ちょっと見せてみな」


剣を抜いて渡すと、店主は刃先を覗き込んで、すぐに眉を上げた。驚いたような顔のまま、刃の欠けを指でなぞる。


「何を切ったらこんなにぼろぼろになるんだ?」


「最近だとスクラヴァルを七、八体と、そのボスですかね」


店主の手が止まった。


「え……まさかお嬢さん一人で倒したわけじゃないよな」


「そうですね。PTに援護はしてもらいましたけど、結果として私が全部倒すことになってしまいました」


自分で言って、少しだけ変な気持ちになる。言い訳でも自慢でもないのに、言葉だけが派手だ。


店主はため息をひとつ吐いて、剣を返した。


「それだとさすがに、この剣じゃ刃も欠けるな。ちょっと待っててくれ」


そう言って奥へ消える。金属が触れる音がして、何かを引きずる音がする。しばらくして戻ってきた手には、別の剣があった。


「ちょっと握ってみてもらえるか?」


ルーシーは言われるまま、その剣の柄を握った。指に馴染む。変に冷たくない。持ち上げた瞬間、肩が軽い。


「軽いですね。長さも幅も大体同じなのに、前より軽いから早く振れそうです」


店主が苦い顔で笑った。


「軽いと言っても前の剣が失敗作のセール品だったから、比べられても困るけどな」


それから真面目な顔に戻る。


「この剣はミスリルって金属でできてる。今までの剣より強度が高くて、重さは少し抑えられる。切れ味も当然よくなる。いまのお嬢さんには、たぶん丁度いい」


ルーシーは刃を見た。光り方が違う。鈍い光じゃない。薄い線みたいに走る。


「前に来たときは、まだ新人だったろ。あの頃は何でも大差なかった。でも、これからは硬いのと当たる。刃が欠けて使えなくなるのは、運じゃなくて順番だ」


「……そうなんですね」


「いい機会だから変えたらどうだ。こいつはこの街じゃ性能が良すぎて売れ残ってた。特別に金貨二枚でいい」


金貨二枚。以前の稼ぎがあるから払えないわけじゃない。けれど、軽く出していい額でもない。


でも、次は中級だ。道も長い。戻れない場所に入る。装備の更新は必要だと、昨日の段階でもう分かっていた。


ルーシーは一度だけ握りを確かめてから、顔を上げた。


「ありがとうございます。それではこれください」


「毎度。お嬢さんなら使いこなせると思うよ。量産品では最高品質だ。あとは注文品か魔法剣くらいしか上がない」


「今までより早く振れるだけでもうれしいです。早速、試してみますね」


「無茶はするなよ。刃が良くなると、身体が先に壊れるからな」


「気をつけます」


新しい剣を受け取ると、鞘の重さが変わった気がした。実際は大差ないはずなのに、腰の位置が少しだけ上がる。


ギルドへ向かう道が、少し短く感じた。


昼のギルドは忙しかった。人の出入りが絶えず、紙の匂いが濃い。カウンターの前に、見慣れた背中が揃っている。


カイゼルが振り向いて、先に言った。


「昨日はゆっくり休めたか」


「はい。ありがとうございました。おかげでゆっくり休めました」


「それはよかった」


セリナが横から覗き込む。視線が先に腰へ落ちて、すぐに口が動く。


「ゆっくり休めたみたいね。……あ、武器変えたの? 何かすごそうな剣ね」


「武器屋さんに行ったら、これからのことを考えるなら素材を変えないと難しいと言われて、エルデンで売れ残っていたミスリルの剣を譲ってもらいました」


「うわ。きれいな剣。鏡にもなりそう」


セリナが身を乗り出して、刃の反射を覗く。


「前の剣より一回り大きいのね。見た目より軽いし、これだったら……またあの超人みたいな剣さばきが、もっと速くなりそうね」


その横から、カイゼルが淡々と口を挟む。


「俺の剣より切れそうだな。俺は盾役だから盾がメインで、剣は普通の片手剣だ。お前のはブロードソード寄りだな」


少しだけ遠い目をしたまま、続ける。


「これを目の前であの速度で振られたら、相手が気の毒に思える」


その会話を黙って見ていたケスディアが、ぽつりと言った。


「先走るなよ」


セリナが即座に返す。


「お前が言うな」


笑いが一つ落ちて、空気が軽くなる。カイゼルはそれを拾わずに、話を前へ進める目をしていた。


「武器の話はあとだ。まず、今日の段取りだ」


ルーシーは頷いた。昨日の酒が残っていないのが、逆に変なくらい頭が冴えている。


セリナが顎で奥を示す。


「マレーナ待ち? それとも、もう来てる?」


「もう来て待ってる」


カイゼルはそう言って、カウンターの方を一度だけ見る。その視線に合わせたように、裏の扉が開いた。 マレーナが出てくる。隣に、エリーが半歩遅れてついてくる。胸に抱えた帳簿が、昨日より分厚い。


「みんな揃ったわね」


「ああ」


カイゼルが短く返す。


エリーはルーシーの方を見かけて、すぐに視線を落とした。何か言いたいのに言えないまま、帳簿の角を指で押さえている。セリナが軽く手を振る。


カイゼルが視線を戻す。


「報告書は出した。素材回収は今日、回収班に動いてもらう」


マレーナが頷く。


「フィリスが朝から指示してたわ。あなたたちは今回同行しなくても大丈夫」


「助かる」


「それで。昨日の話の続きね」


カイゼルが頷く。


「アイテムボックス持ちの攻撃型の魔法使い。条件に合うのがいるって言ってたな」


「いるわ」


マレーナは横を見た。 エリーがびくっと肩を揺らして、奥の扉の方へ視線を飛ばす。 扉が、もう一度開く。 入ってきた男は、派手さがない。ローブも色が地味で、杖も持っていない。腰に小さな袋と、革のポーチだけがぶら下がっている。


ルーシーは、喉の奥が一瞬だけ固くなった。


(……あ)


その男が視線だけでルーシーを見て、ほんの少しだけ口角を上げる。


「うまくやっているようだな」


声は乾いている。近づきすぎない距離のまま、ちゃんと届く声だった。


「……はい。なんとか」


セリナが目を細める。


「誰?」


マレーナが短く答える。


「カルヴァン。火属性の魔法使いよ」


カイゼルがそのまま言う。


「B級のカルヴァンだ。今日からこのパーティに参加してもらう」


ルーシーの顔が、ほんの一瞬だけ止まった。


(……あれ?B?)


口に出さない。出さないけど、目だけが言ってしまう。


カルヴァンは気づいたのか気づいてないのか分からない顔で、ルーシーにだけ小さく言う。


「……いつの間に、って顔してる」


「……してません」


「してる」


ルーシーが言い返せない間に、カイゼルが話を進める。


「条件は満たしてる。アイテムボックス、火力、線引き。あとは本人の意思だ」


カルヴァンは肩をすくめた。


「話はきいている。中級ダンジョンに行く前に、護衛でパーティの配列を確認すると。悪くない判断だ」


セリナが口を挟む。


「火属性ってことだけど、むやみやたらに攻撃魔法撃たないでしょうね」


カルヴァンは即答した。


「燃やしすぎるのが嫌だから、俺がいる」


ケスディアが小さく眉を動かす。


「……言うことだけは立派だな」


カルヴァンは肩をすくめた。


「立派に聞こえるなら助かる。俺は立派じゃなくて、面倒が嫌なだけだ」


セリナが吹き出しかけて、口元を押さえる。


「その言い方、嫌いじゃないわ」


カイゼルは会話を切った。


「まず、今日の段取りだ」


カイゼルがマレーナを見る。


「契約の相手は」


「さっきから待ってる。こっちへ」


マレーナが顎で奥を示す。


エリーが帳簿を抱え直して、半歩先に回った。先に扉を開けようとして、手が止まる。マレーナが何も言わずに扉を押した。


机が二つ並び、片方に初老の男が座っていた。目の動きが細かい。


隣に、女が立っている。積荷の札を何枚も揃えて、指先で数を整えていた。目だけで周囲を見ている。


男が立ち上がる。


「グレイン商会のエドガーだ。今回はよろしく」


言い方は硬い。でも、上からではない。


カイゼルが一歩だけ前に出る。


「カイゼルだ。今回は俺のパーティーが護衛にあたる」


エドガーの視線が、ルーシーの腰に落ちた。剣に、ではない。鞘の位置と、歩幅を見ている。


「以前は世話になったな。新しい剣か」


「いいえ。剣は刃が欠けたので、替えました」


「あの剣が欠けるとは。前回の投資は間違ってなかったようだな」


言い切ってから、エドガーは視線をカルヴァンへ移した。


「アイアンシクスは抜けたのか」


カルヴァンが軽く頭を下げる。


「ああ、改めてよろしく」


エドガーは頷いた。表情がほとんど動かないのに、納得したのが分かる。


「前回の護衛で、こちらの損害はゼロだった。あれは大きい。今回も同じ質を期待する」


セリナが口を挟む。


「私たちは初めてなので期待されても困るけど、やれるだけの事はやるわ」


エドガーが一瞬だけ目を細めた。


「回復役がいるのは助かる。だが、回復役高いからな。商会は冒険者を道具扱いしないが、甘くもない」


セリナが杯を置くみたいに手を振る。


「はいはい。分かってる。ケガをしないのも、仕事の一部ってやつね」


エドガーの隣の女が、口を開いた。


「マーサです。積荷と帳簿を預かっています。今回の荷車は三台。御者も三人。停車の判断は御者の報告を優先して下さい」


言葉が短い。余計な飾りがない。


カイゼルが頷く。


「御者の名前は」


マーサが紙を一枚だけ差し出した。


「先頭がハロルド。中央がクライヴ。最後尾がベンノ」


ルーシーは、その紙を見てから、すぐ目を上げた。頭に入れる順番がある。


カイゼルが確認する。


「日程はどうなってる」


エドガーが即答した。


「六日の予定だ。天候が崩れなければ。明日の早朝に出る。門が開く前に集合してくれ」


「積み荷はなんだ」


「食料と布。あと、工具。今回は高価なものは少ない。だが、量が多い」


カルヴァンが一歩だけ前に出る。


「水と乾物、布、予備の紐。こっちは俺の箱に入れられる。濡らしたくないものも入る」


マーサが目を上げた。


「……アイテムボックス、本当にあるのね」


カルヴァンは軽く頷いた。


「ある。ただし、なかなか手に入らない。俺も手に入れたのは、つい最近だ。制限があるから、荷台ごと入れることはできないが」


セリナが笑う。


「いい。アイテムボックスの説明がちゃんと現実的」


ケスディアがぼそっと言う。


「現実的なのが、いちばん信用できない」


ルーシーはその横顔を見た。言葉が荒いのに、目だけが仕事に戻っている。


カイゼルが話を前へ進める。


「配置を確認する。護衛の隊列はいつも通りだ」


マーサが即座に返す。


「前回と同じなら、商会側は助かります。混乱しないので」


エドガーが付け足す。


「撤退判断はブレない方がいい。こちらは撤退をいとわない。荷が無事なら、それでいい」


カイゼルが短く頷いた。


「追わない。無理をしない。守りに専念する。それで行く予定だ」


ルーシーの胸の奥が、静かに落ち着いた。派手な言葉が一つもないのに、やることが揃っていく。


マレーナが帳簿を閉じる。


「契約はこれで確定。集合時間はエリーが伝達票にまとめる。エドガー、マーサ、署名お願い」


エリーが紙を差し出す。手が少し震えている。でも差し出す角度は丁寧だった。


エドガーが署名する。マーサが積荷の控えを重ねる。紙の音が静かに重なる。


カイゼルが最後に言った。


「明日は出発前に、各自やることを済ませろ。休めるなら休め」


セリナが肘をつく。


「休めって言い方が、命令なのよね」


「命令だ」


「はいはい」


マーサがルーシーを一度だけ見た。


「前回も思ったけど、とても新人には見えないのよね」


ルーシーは少しだけ困った。


「……新人じゃないです」


言ってから、言い直した。


「もう新人、ではなくなりました」


マーサはそれ以上言わない。言わないまま、目だけで納得した。


部屋を出ると、表の喧騒が戻った。紙の匂いも、声も、足音も。だけど、さっきより軽く聞こえる。


カイゼルがカルヴァンを見る。


「アイテムボックスの管理は任せる。無理しない範囲で頼む」


カルヴァンが即答する。


「無理はしない。無理な状況を作らない」


セリナが口を挟む。


「いいわね。口だけじゃないといいけど」


「口だけのやつなら、マレーナに紹介されない」


「それもそうか」


ケスディアが、ルーシーの剣を見る。


「その剣。振ってみたのか」


ルーシーは首を横に振った。


「まだです。今から、少しだけ」


「少しだけで済むのか」


セリナが笑う。


「済まないわよね」


ルーシーは否定できなくて、鞘を軽く押さえた。


「……済むようにします」


カイゼルが短く言う。


「夕方までには戻れ。夜は明日に備えろ」


「はい」


言いながら、ルーシーは一瞬だけ迷った。


明日に備えろと言われたのは、今日のことだけじゃない。明日も、明後日も、その先も。長い道の前に、体を空にしておけという意味だ。


ルーシーは訓練場へ向かった。人が少ない時間帯を選ぶ。新しい刃の反射が、木刀の跡が残る地面に細く落ちる。


一度振って、音が違うと分かった。風を切る音が軽い。腕がついてくる。ついてくるから、余計に怖い。


(……先走るな)


さっきのケスディアの言葉が、妙に残っている。


夕方、ルーシーは家へ戻って荷をまとめた。余計なものを入れたくなって、手が止まる。止めて、必要なものだけを選ぶ。


その選び方が、少しだけ前より上手くなっている。


夜は早く終わった。眠りは深い。腹が鳴っても、今日は起きない。起きたら、食べればいい。


次に目が覚めたとき、外はまだ暗かった。空気が冷たい。宿の廊下を歩く足音が、ひどく静かに響く。


門の方へ向かう前に、訓練場へ寄った。


そこに、グレイヴがいた。木剣を肩に担いで、今日ここに来ることを知っていたように立っている。


「今日発つと聞いて、確認しに来た」


「……ありがとうございます」


ルーシーは木剣を取って、礼をした。


グレイヴは余計な挨拶をしない。木剣を構えて、顎で示した。


「いつも通り。まずは打ってみろ」


ルーシーは呼吸を整える。胸の奥は静かだ。


打ち合いが始まる。木がぶつかる音が、冷たい空気を割る。腕が痺れて、指が熱い。


グレイヴの一撃が重い。重いのに、遅くない。


ルーシーは踏ん張って受けた。受けた瞬間、自分の体が勝手に軽くなりかける。


(……だめ)


止める。通り道を一本にする。


木刀が弾ける音が少しだけ変わる。グレイヴの目が細くなった。


「ほう。少し見ない間に、ましになったな」


「……はい」


「通常は、ほぼ制御できたか」


ルーシーは息を吐いた。言われて初めて、自分の足裏が地面を捉えていると分かる。


グレイヴが木剣を下ろさないまま言う。


「次。全力で来てみろ」


ルーシーの喉が一度だけ鳴った。


「……全力ですか」


「そうだ。全力でこい。今ならお前の相手ができる」


ルーシーは頷いた。怖い。怖いけど、怖いまま握ると失敗する。


一歩引いて距離を取る。射線を切る癖が、ここでも出る。


胸の奥の扉を、少しだけ開けた。


「ヴァルキア」


世界が薄くなる。音が先に来る。木剣の影が、二つに見える。


グレイヴの木剣が来る。いつもなら一瞬なのに、遅く感じる。


ルーシーは軽く避けてから打ち返した。打ち返した瞬間、腕の感触がいつもと違うことに気づく。軽すぎる。


(……まずい)


止める。絞る。一本にする。


足元が沈む。木剣の音が戻る。


ルーシーはそこで止めた。止めたまま、息を吐く。喉が熱い。目の奥が痛い。


グレイヴが、少しだけ口角を動かした。


「驚いたな」


「……すみません」


「謝るな。今のは、やってよかった」


グレイヴは木剣を肩に乗せた。


「まだ制御が未熟だな。ただ形が崩れるほどではない。俺に近い力も出てる」


ルーシーは言葉が出なかった。近いと言われるほどの実感がない。でも、怖さだけはある。


グレイヴが続ける。


「通常は免許皆伝だ。ここから先は、俺が教える話じゃない」


ルーシーは、木剣を胸の前で握り直した。


「……ありがとうございます」


「礼はいい。許可を出す」


グレイヴの声が、少しだけ低くなる。


「行け。冒険者として一人前になれ。生きて帰れよ」


ルーシーは頷いた。言い返す言葉がない。今は、頷く事しかできない。


訓練場を出ると、空が少しだけ薄くなっていた。街の灯りが、太陽に負け始めている。


門の前には、荷車が並んでいた。御者が手綱を整え、マーサが札を確認している。エドガーは遠くで、全体を見ている。


カイゼルたちも揃っていた。セリナが眠そうに目をこすり、ケスディアは黙って矢筒を直している。カルヴァンは静かに、荷の端を見ていた。


ルーシーが近づくと、カイゼルが一言だけ言った。


「いい顔をしてる。上手くいったようだな」


「……はい」


セリナが笑う。


「朝から殴り合ってきた顔ね。いいわよ、そのままにしときなさい」


カルヴァンが、ルーシーにだけ小さく言う。


「上げすぎるな。今日はただの護衛だ」


ルーシーは頷いた。


「はい」


門が開く。扉の軋む音が、長い道の始まりみたいに聞こえた。


これでエルデンに戻って来ることもしばらくはない。


仲間を得ることもできた。ランクもCに上がった。グレイヴからの許可も出た。


これからが本当に、普通の冒険者として新たな旅が始まる。

【第一章完結にあたって】

これにて第一章終了となります。 まずはここまでお付き合いいただきまして、本当にありがとうございました。


第二章からは、いよいよ中級ダンジョンの攻略が中心になってきます。 この世界に来て、やっと仲間として「普通の仕事」ができるようになったルーシーですが、実はまだ本人も気づいていない重要な要素が、第二章で明らかになります。


私自身、いわゆる「ご都合主義」があまり得意ではなく、「現実に異世界に行ったらどうなるか?」を突き詰めて第一章を書いていました。 言葉も通じない、文化も違う。そういったリアルを積み重ねた結果、思いのほか地味でハードな立ち上がりになってしまいましたが(汗)、書いていくうちに私自身が「頑張れルーシー」と応援する一人の読者になっていました。


ちなみに本文では一切触れていませんが、執筆の裏側では、この世界の住人すべてに「能力データ」を設定しています。 具体的には、ルーシーは100mを11秒フラットで走る身体能力があり、グレイヴは高齢ですがそれでも13.2秒を維持している……といった具合です。 そうした数値を元に戦闘シミュレーションを行っているため、派手な魔法描写は控えめですが、その分「物理的なリアルさ」を感じていただけるよう心がけています。


一章の最後に出てきた「ヴァルキア」にも実は秘密があって、ルーシーはまだその使い方の入り口に立った程度です。 これから彼女がどう成長していくのか、第二章の活躍もぜひお楽しみに!

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