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異世界で普通に生きるために危ない仕事をする  作者: Yuki


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第34話 第四部 鉄の歩調

次で終わらせたいです・・・

 東門を抜けると、石畳はほどなく途切れ、踏み固められた街道へと変わった。

 車輪が小石を噛む音が、一定の間隔で続く。


 隊列は崩れていない。

 むしろ、整いすぎていると言っていい。


 先頭にブレイデンと斥候のフィンレイ。

 第一荷車の脇を盾役のバルドリックが固め、中央の第二荷車、その外側をルーシーが歩く。

 後方に魔法使いのカルヴァンとエステル。

 最後尾を弓手のロウェナが締める。


 護衛としては教科書通りだ。

 突出もなく、遊びもない。


(……速度、一定)


 ルーシーは、前を行く荷車の揺れを見ながら、自分の歩幅を微調整していた。

 速くも遅くもない。

 ただ、止まらない。


 荷車の進む速度は、人が自然に歩くよりもわずかに遅い。

 だが、それを長時間維持するのは楽ではない。


 装備の重量が、じわじわと関節に効いてくる。

 勢いで誤魔化せない分、骨格と筋力を常に使い続ける必要がある。


(すり足。膝は上げない。腰で進む)


 無意識に、体に負担をかけないフォームを探る。

 競技の動きではない。

 戦闘のための走りでもない。


 「運ぶ」ための歩き方だ。


 開始から一時間。

 呼吸は乱れていない。

 汗はかいているが、動きに雑さは出ていなかった。


          ◇


 第二荷車の台座に腰掛けていた商会員のマーサは、帳簿を閉じるふりをしながら、横を歩く剣士を観察していた。


(……妙ね)


 護衛の力量を見る目は、商会員にもある。

 新人なら、新人なりの癖が出る。

 古参なら、無駄のなさが出る。


 だが、ルーシーはそのどちらにもきれいに当てはまらない。


 動きは整っている。

 だが、こなれすぎてもいない。

 緊張はあるが、過剰ではない。


(気を張りすぎていない……でも、抜いてもいない)


 マーサは、ふと気づいた。

 この剣士は「頑張っている」のではなく、淡々と役割を果たしている。


 前方で、ブレイデンがわずかに振り返った。

 視線がルーシーを一瞬だけ捉え、すぐに戻る。


 合図も声もない。

 それで十分だった。


          ◇


 出発から四時間。

 街道は緩やかな上りに入り、左右の雑木林が距離を詰めてくる。


 視界が狭まる。

 音が吸われる。


 先頭のフィンレイが、歩調を変えずに右手を上げた。

 短く、的確な合図。


 ――警戒。


 空気が変わる。

 誰も言葉を発さないが、全員の意識が一段引き締まる。


 ロウェナが弓を構え、

 カルヴァンとエステルが杖の位置を調整する。


 ルーシーも、自然に重心を落とした。

 剣は抜かない。

 だが、右手の位置がわずかに前へずれる。


(……来る可能性はある)


 決めつけない。

 だが、油断もしない。


          ◇


 街道を見下ろす斜面。

 木々の影に紛れ、数人の男たちが伏せていた。


 中央にいるヴァルドは、眼下の隊列を静かに見下ろしている。

 商隊を見る目は、すでに何十回も通した目だ。


「……グレインか」


 低い声。

 荷の質、護衛の数、間隔。


「相変わらず、堅実だな」


 隣の部下が囁く。

「前と後ろ、隙がありません」


「ああ。崩すなら中央だ」


 視線が、自然と第二荷車へ移る。


「……ん?」


 そこで、止まった。


 剣士が一人、外側を歩いている。

 位置がいい。

 出しゃばらず、離れすぎず。


 動きが一定で、乱れがない。


「見慣れないな」


 部下が言う。

「新人じゃないですか?」


 ヴァルドは即答しなかった。


 新人なら、もっと周囲を見る。

 あるいは、逆に見ない。


 だが、あの剣士は違う。

 必要なところだけを拾っている。


(……強いかどうかは分からん)


 だが――


(邪魔にはなりそうだ)


 戦力としてではない。

 計算を狂わせる存在として。


「頭、どうします?」


 ヴァルドは一瞬だけ目を伏せ、判断を下した。


「挨拶だけだ。

 深追いはしない」


 鳥笛を取り出す。


「弓で流れを止める。

 反応を見て、無理なら引く」


 商売としては、ぎりぎり。

 だが、試す価値はある。


 ヴァルドは息を吸い、笛に口を当てた。


 次の瞬間。

 乾いた音が、森の静寂を切り裂いた。

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