第34話 第三部 組織の理屈
第3部・・・あと2部程度でおわるといいな
案内されたのは、受付のさらに奥にある商談用の小部屋だった。
分厚い扉を閉めると、外の喧騒は一気に遠のく。ここは感情ではなく、条件と責任だけが行き交う場所だ。
中には、すでに二人の男が待っていた。
一人は、上質だが派手さのない服を着た初老の男。
袖口には細かな擦れがあり、指先にはインクの染みが残っている。机仕事と現場の両方を知る人間特有の手だ。
視線は鋭く、だが感情を乗せない。
もう一人は、壁際に腕を組んで立つ大柄な戦士。
鋼鉄混じりの革鎧は使い込まれているが、手入れが行き届いている。
立ち姿だけで、前線に立つ人間だと分かる圧があった。
マレーナが一歩前に出る。
「お待たせしました。
こちらが今回の追加護衛――『管理指定』のDランク、ルーシーです」
初老の男が、ルーシーを一瞥した。
視線は足元から背中の剣へと滑り、そこで止まる。
「……マレーナさん。話が違うようだな」
グレイン商会の現地責任者、エドガー。
声は低く、感情の起伏がない。だが、警戒は隠していない。
「俺が頼んだのは新人だ。
だが、こいつはどう見ても古株の傭兵だろう。装備に金がかかりすぎている」
一拍、間を置く。
「ランク詐称か?
それとも、何か抱えている訳ありか?」
商人として、ごく真っ当な疑念だった。
新人が持つには明らかに不釣り合いな剣と防具。
そこから“危険因子”を読み取る判断は正しい。
ルーシーは一歩前に出た。
声を張らず、落ち着いた調子で答える。
「訳ありではありません」
エドガーの視線が、わずかに鋭くなる。
「生き残るための投資です」
「……投資?」
「はい。
私の仕事は、敵を倒すことより、死なないことです」
剣を誇示することも、防具に触れることもしない。
事実だけを並べる。
「装備をケチって怪我をすれば、治療費と休業で確実に赤字になります。
初期費用はかかっても、万全を期す方が長期的に見てコストが良いと判断しました」
数秒の沈黙。
エドガーは、ルーシーの目を見た。
熱でも虚勢でもない、計算の光があるかを確かめるように。
「……ふん」
短く息を吐き、壁際の男へ視線を投げる。
「どう思う、ブレイデン」
話を振られた男――護衛部隊
『アイアンシクス』 のリーダー、ブレイデンが口を開いた。
「思考は悪くない」
低く、簡潔な声。
「少なくとも、功名心だけで前に出る若造よりは扱いやすい」
ブレイデンはルーシーの前に立つ。
威圧ではない。戦力確認の距離だ。
「今回の護衛リーダーを務める、Bランクのブレイデンだ。
俺たち『アイアンシクス』六名に、お前を加えた七名で商隊を守る」
テーブルの上に地図を広げる。
「構成を説明する。
盾役がバルドリック。前列固定だ。
斥候がフィンレイ。索敵と側面管理。
弓がロウェナ。後方制圧」
指が次に動く。
「今回は商会の要望で魔法使いを二人入れる。
制圧担当のカルヴァン。炎系初級。
回復担当のエステル。簡易ヒールと止血までだ」
完成度の高い布陣だった。
戦闘を“起こさない”ための構成。
「……私の位置は?」
ルーシーが尋ねる。
「中央だ。第二荷車の外側」
ブレイデンは地図の一点を指した。
「役割は『遊撃』じゃない。
『穴埋め』 だ」
「穴埋め……」
「前が抜かれそうなら押し返す。
後ろが乱れたら止める。
誰かが倒れたら、その隙間を埋める」
視線が鋭くなる。
「自分から突っ込むな。
追撃は厳禁。隊列を崩した時点で契約違反だ」
「了解しました。指示通りに動きます」
即答だった。
ブレイデンは、わずかに肩の力を抜いた。
暴走する新人ではない、と判断したのだろう。
エドガーが再び口を開く。
「商会としても、無茶は望まない。
荷は金属材、薬草、染料。
遅延なく、欠損なく届けることが最優先だ」
ルーシーをまっすぐ見据える。
「『管理指定』の実力と、その投資の価値――
現場で見せてもらおう。
使えないと判断すれば、ブレイデンの判断で切り捨てる」
「承知しています」
淡々とした応答。
そこに期待も情もない。
ただ、条件と責任だけが並ぶ。
「出発は一時間後。東門だ」
ブレイデンが告げる。
「遅れるな。俺たちは時間に厳しい」
二人は部屋を出ていった。
残されたルーシーは、小さく息を吐く。
「……厳しいですね」
「ええ。でも、プロフェッショナルよ」
マレーナが静かに言う。
「エドガーさんは堅実。
アイアンシクスは組織で動ける護衛。
“個”じゃなく“仕組み”を学ぶには、最高の現場ね」
「同感です」
祭り上げられもしない。
侮られもしない。
ただ、機能として扱われる。
それが今のルーシーには、何より心地よかった。
「行ってきます」
背中の剣が、ゴトリと重い音を立てる。
それは武器の重さであり、
同時に――組織の歯車としての責任の重さだった。




