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異世界で普通に生きるために危ない仕事をする  作者: Yuki


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第33話 日常の対価



Dランクへの昇格が決まり、マレーナに連れられて受付カウンターへ戻る。

カウンターの奥から取り出されたのは、ずっしりと重い二つの革袋と、小ぶりな袋が一つだった。


「……えっと、これは?」


「今回の報酬よ。中身を確認してもちょうだい」


マレーナが羊皮紙の明細を広げる。

依頼対象だったグラヴィス。戦闘の最中に乱入してきたヴァルの素材買い取り分。

そして、あの場にいた全員の命を脅かしたウル=ガルムの件。

最後に記された報酬額を見た瞬間、ルーシーは静かに目を見開いた。


「本来、イレギュラーの報酬配分はランクや貢献度で細かく刻むのだけれど……。

レッドスティールのグレンが、あなたの働きを高く評価してギルドにねじ込んでくれたのよ。

『あいつがいなきゃ、俺たちはあの場で全滅していた。生死の境目であいつが稼いだ時間を、ランク差で切り捨てるような真似はさせねえ。総額を頭数で割れ』ってね」


言い切ってから、マレーナは淡々と付け足した。


「もちろん、規程の枠は使ったわ。“緊急対応”と“同伴者危険手当”。……でも、押し切ったのはあの人の言葉よ」


促されて袋の中を改めると、鈍く輝く金貨が三枚、そして溢れんばかりの銀貨が視界に飛び込んできた。

毎日銀貨を稼ぎ、食うには困らない生活をしていたルーシーだが、一度にこれほどの塊を手にするのは初めてだ。

喜びというより、自分の命と引き換えに得た、確かな対価としての重みが先に来る。


「……ありがたく、受け取ります」


ルーシーは深く息を吐き、袋の重みを両手で受け止めた。

この世界の、命の値段。その重さを忘れないように噛みしめる。


「ええ。……さて、ここからは事務的なお知らせになるわ」


マレーナはそこで一度言葉を切り、淡々とした、けれど温かみのある口調で続けた。


「Dランクになったことで、ギルド寮の入居資格を喪失したわ。あそこは身寄りのない見習いのための施設ですもの。

今週中に手続きを済ませてね。退去は来週頭でいいわ」


「はい」


ルーシーが短く返事をすると、マレーナは意外そうに目を丸くした。


「あら、やけに素直ね。少しは名残惜しむかと思ったのだけれど」


「寂しくないって言えば嘘になりますけど、やっぱり自分一人の空間で、昨日みたいなことがあった後でも落ち着いて過ごせるといいなと思って。

それに、一人の部屋なら今度はマレーナさんも呼べますしね」


ルーシーが少しいたずらっぽく笑うと、マレーナは「まあ」と口元に手を当て、上品に微笑んだ。


「ふふ、嬉しいわね。まともな酒と肴が用意できるようになったら、喜んでお邪魔させてもらうわ。

さあ、そうと決まればさっさと装備を整えていらっしゃい」


マレーナの忠告に頷き、ルーシーは報酬の詰まった袋の重みを抱えてギルドを後にした。


ギルドを出たところで、一足先にDランクへ昇格していたパーティー『フォークテイル』の面々に捕まった。

事情を話すと、リーダーのトムが馴染みの武器屋へ案内してくれた。


「親父さん、この子に使いやすいロングソードを見繕ってやってくれ」

「あいよ。なら、この鋼鉄製のがおすすめだ。銀貨十枚でどうだい」


店主が差し出した標準的な剣は、ルーシーが手に取ると驚くほど頼りなく感じられた。

軽い、というより——薄い。芯がない。

軽く振ってみても、刃が空気を切る感触がどこか曖昧だ。


(……これだと、私の“踏み込み”に負ける)


叩きつけた瞬間に、刃が欠ける。

最悪、折れる。

そういう確信だけが、妙に生々しく腹に落ちた。


「あの……もっと重くて、分厚いのはありませんか?」


「は? 娘さん、これ以上重い片手剣なんて、重すぎて手首を壊すだけだぞ」


店主が首を振ったその時、店の隅にある格安品の棚を漁っていたトムが、埃を被った一本の剣を引き抜いた。


「おい親父、この無骨なのはなんだ? ブロードソードにしちゃあ、妙に肉厚で重い気がするが」


「ああ、それは……いわゆる鍛え損じだ。規定より一回り重くなっちまって、重心が完全に剣先に寄っちまった。

プロの剣士が数人試したが、『バランスが悪すぎて剣先が走らねえ、鉄屑だ』と敬遠されたB級品だよ」


ルーシーはその剣を受け取り、柄を握り込んだ。

普通の剣士には鈍重な鉄屑に感じるであろう重心の偏りが、彼女の掌には、最高の破壊力を生む“素直さ”として伝わってきた。


ブンッ!


鋭い風切り音。遠心力に振り回されることなく、ピタリと剣先を止める。

手首が負けない。腕が遅れない。

重いのに、動きが遅くならない。


「……いい。これにします」


「……おいおい。それを片手でか?」


トムたちが呆然とする中、店主が苦笑いして言った。


「本来なら処分する予定だったんだ。B級品ってことで銀貨二十枚でいい。持ってきな」


次は防具だ。鋼鉄板入りの強化レザーアーマー。

総重量は八キロを超える代物だったが、ルーシーにとっては心地よい安心感に変わる重みだった。

合わせて鋼鉄入りの脛当ても購入し、防具一式で銀貨二十枚。


報酬の金貨は、まだ使わない。

使うとしたら“何かあった時”だ。

銀貨の方を切り崩して、生活と装備を整える。

それが、今の自分に一番しっくり来た。


その後、商業ギルドが管理する商家敷地内の離れを契約した。

家賃はひと月につき銀貨五枚。半年分を前払いし、家具屋で手配した厚手の敷き布団を運び込んで、ようやく彼女の「城」が完成した。


その夜。

新居の扉を閉め、内側からしっかりと鍵を回した。


カチャリ、という静かな金属音。


自分専用の水場で、汗と汚れを心ゆくまで洗い流し、清潔な布で体を拭く。

そして、届いたばかりの寝台に体を預けた。


(……明日からは、見習いじゃない。一人前の、Dランク冒険者か)


もう、ギルドが寝床まで世話を焼いてくれる立場ではない。

自分で家賃を払い、自分で装備を選び、自分の命を自分で管理する。

その責任の重さが、今日手に入れた新しい剣の重みと重なり、心地よい疲れと共に染み渡ってくる。


ルーシーは枕元の新しい相棒を一度だけ撫でると、静かな満足感の中で深い眠りへと落ちていった。

やっとルーシーも冒険者として普通の生活が送れるようにになれましたね。

さあ次回はDランクの初仕事です。

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