第14話 登録というもの
午前中の作業は、いつもより静かだった。
荷の流れは悪くない。
箱の量も、特別多くはない。
(……昨日より、余裕がある)
ルーシーは、動きを一定に保ったまま、周囲を見ていた。
年配の女性が、若い女性に何かを小声で伝えている。
言葉は分からないが、声の調子が少し違う。
(……私の話、かな)
そう思っても、顔には出さない。
箱を置き、次を運ぶ。
やることは変わらない。
休憩の合図が出たとき、
ルーシーは水を飲みながら、二人の会話を横で聞いた。
「……外の仕事、誘われたんでしょ」
若い女性が、そう言っているように見えた。
年配の女性が、少し間を置いてから答える。
「……登録の話だと思う」
登録。
聞き覚えのない言葉ではない。
でも、はっきりとした意味は知らない。
若い女性が、眉をひそめる。
「……面倒だよね」
面倒。
その言い方が、妙に現実的だった。
年配の女性は、肩をすくめる。
「……悪くはないけどね。
ただ、縛られる」
縛られる。
その言葉に、ルーシーは無意識に手を止めた。
(……縛られる、か)
若い女性が続ける。
「……自由に選べなくなるってこと?」
年配の女性は、少し考えてから頷いた。
「……仕事も、場所も。
責任も」
責任。
それは、軽い言葉ではない。
ルーシーは、水を飲み干し、静かに息を吐いた。
(……倉庫は)
ここでは、
やることを選べる。
無理なら断れる。
体調が悪ければ、ペースを落とせる。
代わりに、
金は少ない。
先は見えない。
(……外は)
金は出る。
評価も、はっきりする。
でも、自由は減る。
どちらが正しい、ではない。
ただ、違う。
作業に戻ると、
年配の男が一度だけルーシーを見た。
何も言わない。
だが、視線は探るようだった。
(……急かされてはいない)
それが、ありがたい。
午後、若い女性の一人が近づいてきた。
「……ルーシー」
名前を呼ばれる。
小さく、手を動かす。
——聞こえてる?
ルーシーは頷いた。
女性は、少しだけ言葉を探してから、
倉庫の外を指した。
それから、首を傾げる。
——行くの?
質問だ。
ルーシーは、すぐには答えなかった。
代わりに、
倉庫の中を見回す。
箱。
人。
流れ。
それから、自分の胸に手を当てる。
——考え中。
女性は、安心したように小さく笑った。
「……それでいい」
そう言っているように見えた。
夜、寝台に横になる。
今日聞いた言葉を、頭の中で反芻する。
登録。
責任。
縛り。
(……悪くはない)
でも、
今すぐである必要もない。
(……選べるうちは、選ぶ)
それが、今の自分にとっての「普通」だ。
ルーシーは、そう判断して目を閉じた。




