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〈 9 〉

 長谷川潤、小澄孝之、稲森夏実の3人はタクシーをとばしてS百貨店へやって来た。総務部で鍵を借り、地下2階の体育室へ入る。

 卓球クラブの練習は再開されていないが、3台の卓球台はあの時のまま整然と並べられている。入口から見て一番右手、首の置かれていたテーブルは血はきれいに拭き取られているが、夏実は出来るだけ見ないように視界の隅に追いやった。

「何を確認しようと言うんだい。」

 孝之が聞く。潤はテーブルの間を歩きながら、

「あの時、事件の現場を目にした時に感じた違和感。その理由がどうしても思い浮かばなかったけど、稲森さんの夢の話を聞いて分かったような気がする。」

 潤は体育室に面した倉庫のドアを開け、その中に消えた。再び倉庫から姿を見せた時、その手にはボールの入ったバケツがあった。

「ここで実験してみたい。」

 潤はバケツを卓球台の上に置いた。バケツの中からひとつかみボールを取り出すと、一つずつ床に落とした。コンクリートの床で、乾いた音を立ててボールが弾む。潤は腕の位置を変え、いろいろな高さからボールを落とし、その軌跡を凝視する。そのまなざしの真剣さに気圧されたように、孝之と夏実は黙って見守る。やがて潤はふと顔を上げて周りを見回してから、卓球台に沿って体育室の中ををぐるぐると歩きだした。それから一つの場所で、立ち止まってしばらく考えるような素振りをしたあと、再び倉庫の扉を開けてその中に消えた。

 夏実と孝之は顔を見合わせた。

「いったい何の実験だったんだろう。」

「ボールの弾み方をたしかめているように、わたしには見えた。」

 潤は今回はすぐには姿を見せない。孝之はゆっくりとテーブルに近づき、バケツのボールを一つ取った。手のひらに載せてじっと眺めてみる。それから床に落としたり、投げ上げたりした。

「長谷川コーチがあの時感じた違和感とは何だったのだろう。一流のプレイヤーにしかわからないことなのかも。」

「小澄さんも卓球の選手だったんでしょ。」

「三流のね。コーチとは比べものにならないよ。」

 15分ほと経って、ようやく潤が倉庫から出て来た。口を結んで眉根を寄せている。つかつかと孝之に歩み寄って、

「小澄さん、頼みがある。卓球クラブのメンバー、あの時の5人を今から呼び集めてほしい。忙しくしてるかも知れないが、人事部として急用があると言って。メンバーが集まったら、この向かいの休憩所で待機させておいてくれ。」

 潤は真剣な表情を崩さない。孝之はうなずいて、

「わかった。でも何を考えてるんだい。」

「それは皆の前でぼくが説明しよう。」

「わたしはどうすればいいんですか。」

 夏実の問いに潤は振り向いて、「稲森さんはここに残ってくれ。少し手伝ってもらいたい事がある。」

 おだやかだが、有無を言わさぬ口調に夏実は黙ってうなずいた。


 孝之は地下2階、体育室から通路をはさんだ休憩所から卓球クラブのメンバーに電話連絡をした。午後2時過ぎ、昼の休憩時間はほぼ終わっており、休憩所に他の人影は無い。

 卓球クラブのメンバーは全員出勤していた。招集に応じて、メンバーは順次休憩所に姿を見せた。江口亜梨須、深津芽衣、小和田真由、松崎翔子、それに河野竜二の5人が揃ったのは30分後だった。

「こんな急に何の呼び出しなんですか。今日は売場人員少なくて、忙しいんだけど。」

 竜二がぼやく。孝之も少し困惑した表情で、

「ぼくも理由は聞いてないんだ。長谷川課長からの至急の依頼でね。」

「こんなところに集められたってことは、あの事件に関わることなのかしら。」

 翔子は怯えたように言う。芽衣と真由も少し不安そうな顔をしている。

「そうなのかもしれない。」

 孝之も思案顔だ。

「長谷川さんは体育室でボールを床にバウンドさせて考えていた。そして、皆を集めてくれと。」

「ボールのバウンド・・・」

 竜二がつぶやいて眉をひそめる。亜梨須は淡々とした表情で黙って前を見つめていた。

 不意に休憩所のドアが荒々しく開いた。姿を見せた潤が一同を見回して大声を出した。

「みんな、こっちへ来てくれ。大変な事が起こってしまった。」

 切羽詰まったように言って、くるりと背を向けると慌ただしく休憩所を出て行った。一同は戸惑ったように顔を見合わせながらその後を追う。

 通路をへだてた体育室のドアは開けっ放しになっている。潤かその入口で立ちすくんでいる。その脇から、一同も体育室の中を見る。引きつったような誰かの悲鳴。喉の奥から絞り出すようなうめき声は竜二のものだ。一番後ろからのぞき込んだ孝之が、目を見開いて棒立ちになる。

 体育室の中に並んだ3台の卓球台。一番右手のテーブルが正面に見える。あの時と同じだ。正面のテーブル、ネットの手前のテーブルの真ん中に首が一つ。

 固く目を閉じたその首は、稲森夏実のものだった。

「夏実!」

 孝之の悲鳴のような声が響きわたった。

 


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