のぞむもの27
ばちり、と、背後で音が鳴った。それと同時に口の中で詠唱を開始する。そうしながら、目は斬りかかってきている男を捉えていた。剣が吸い込まれるように相手の腕の下を通り、金の軌跡を残す。
「うがぁっっ!!」
私に斬られた男が汚い声で悲鳴を上げた。仰け反ったその体を左足で容赦なく蹴り倒し、着地した足で踏み切って、右へ飛ぶ。私が一瞬前までいた場所に、だだだ、と矢が撃ち込まれた。
「守護盾っ!」
詠唱を完了し、即座に展開する。先ほど魔法攻撃を食らった盾は恐らくあと一撃で割れるだろう。その下に潜り込ませるように新たな守護盾が具現化する。攻撃を受ける度に光る守護盾のせいで、私は光を背負って舞う踊り子のように、夜の戦場で人目を惹き続けていた。
「……っ!!」
右足が地面につく瞬間には剣は溜める位置へと戻り、左足が着地すると同時に体を捻るようにして次の一撃を繰り出す。聖剣が纏った光が、圧と一緒に辺りを薙いだ。慌てて跳び退る者、逃げそびれてなぎ倒される者、その場で呻く者。一瞬で見切って方向に微調整を加え、そのまま走る。
まるで、俯瞰できる位置からもう一人の自分が見ているような感覚があった。聞こえる足音、呼吸。肌に感じる向けられた敵意、空気の揺らぎ。それら全ての情報が頭の中で今自分のいる状況を正確に組み合わせ、私を導いた。
敵は、数は多いが、戦い慣れていない兵が多いようだった。おそらく半分ぐらいは実戦経験がない。はじめこそは勢いが良かったが、その後の私を見て及び腰になっている者もいくらかいる。私が視線を向けただけで逃げ出す者までいる。残りの何割かも、多少ダメージを負うだけで後ろに下がったりする。司祭はいないようが、体力回復のポーションはそれなりにあるらしい。それでも思ったよりも状況は悪くない、と、私は冷静に分析する。これが調査隊のメンバーみたいに実戦経験があり連携もとる者たち相手だったら、もっと苦戦していた。
ただ、それでも油断はできない。確実に剣で人を殺したことがあると感じる者も何人か混ざっている。見た目はならず者集団のようにバラバラの恰好をしているが、指揮官がいる。それを支える剣士や魔導士もいる。おそらく彼らが戦えるように背後に控えている支援部隊もいる。どこかの貴族の私兵あたり、だろうか。いや、それを考えるのは今でなくていいし、私の仕事でもない。きっとそこはセシルやエレノアの領分だ。
「……行ってっ!!」
走り込んだ先にいた魔導士の杖を跳ね飛ばし、鋭く叫ぶ。
私の声に反応して、騎士と、彼に庇われていた職人たちが門の方へと走った。何人か負傷しているらしく、仲間に背負われたり支えられたりしている。その行く先を阻もうとした剣士の前へと回り込み、斬り捨てる。こちらの速さについてこれなかった剣士はその場で、何が起きたか分からぬままに崩れ落ちた。遅れて耳を覆いたくなるような悲鳴があがる。
致命傷は、与えなかった。正確には、私には、与えられなかった。
それでも相手を無力化できているのは、私に人体について叩きこんでくれた養母のおかげだ。人体のどこを破壊すれば戦えなくなるのか、私は熟知していた。
「リチェっ 手伝うっ!」
「若いの二匹回収したいっ」
「分かったっ!!」
「まかせろっ」
「俺が背負うっ」
バーンの声に振り返らずに、要請する。バーンの声以外に複数返ってくる。職人たちでも体力がある者が名乗り出てくれたのだろう。私はざっと視線を動かす。探査の魔法のおかげで隠れている者の場所も把握できている。代わりにかなり負荷がかかっているらしく、さっきから鈍く頭痛がし始めていた。過集中に肉体の酷使。長引けば保たなくなる。
「右っ!」
「見えてるっ!」
なら、大丈夫だ。バーンは歳はいっているが経験豊富な腕のいい剣士だ。信じて、任せる。
私はその代わりに呪文を唱える。既に重ね掛けしてある自己強化に、更にもう一つ重ねる。足が熱を帯びるような感覚。呪文で吐いた息を吸い込み、一瞬の溜め。足に力を入れ、再び駆け出す。助走。宙に展開した守護盾を足場にし、跳躍……っ!!
一瞬で平屋建ての上まで到達した私は、屋根を駆け、弓師を制圧する。
「でたらめすぎるだろっっ!」
「うるさいっ!」
屋根から落とされた弓師が下で呪詛のように文句を言う。反射的に怒鳴り返し、ほんの僅かの間、屋根の上で立ち止まる。はっ、はっ、と、息を何度も吐き出す。左手を腰のポーチにやり、体力回復ポーションと魔力回復ポーション両方を引っ張り出す。二本同時に口元に持っていき、行儀悪く栓を歯で齧り開け、瓶の中身を口の中に流し込んだ。甘くねっとりしたポーションが舌と喉に絡む。空になったポーション瓶は、投げ捨てると同時にその役目を終えて消えた。
ふわり、と、風が吹いた。
あちこちで炎に巻かれ燃える何かが爆ぜる音が続いている。
煙や物の焦げる匂いがする。……それに、何かが腐ったような嫌な匂いが微かに混ざっているような気がして、私は眉をしかめた。今日人が住み始めたばかりの真新しい集落に腐臭は似つかわしくない。
「……おかしい」
まだ、何かあるはずだ。
こんな簡単に制圧できるような戦力で、女王のお膝元であり騎士団がすぐ駆け付けられるこんな場所を攻めるはずがない。それにさっきから、何か嫌なものが私の首筋を刺激している。魔素溜まりに直面する前に感じるのに似た、本能的な嫌悪感。はー、と、意識して肺の中の空気を押し出し、眼下に集中する。バーンが何人かを連れてバルドザックたちのところに辿り着いていた。それに向かって行く敵兵がいくつか。それに……。
「……っ」
私は、屋根の上を再び駆け、隣の屋根へと飛び移る。屋根の勾配を利用して更に高い位置へと駆け上がった。
「光よっ!!」
叫ぶようにして発動させた光弾を、敵方の魔導士に叩きこんだ……っ!!




