見つけるもの31
私は設営されたテントの寝台の上にいた。
姫抱きに私を運んできたセシルは半刻ほど居座り、私の様子を観察しながら状況の説明をくれた。
私が『何か』に飛び込んですぐ、『何か』の縮小が始まり、馬車が通れるほどの大きさから人一人分ほどの大きさまで変化したらしい。そのまま消えてしまうのではと心配したが、その大きさで安定したのだそうだ。集まりかけていた魔素は『何か』の縮小に合わせて暗がりになりかけたが、魔素溜まりになる前にゲイルが浄化を行うことで散らした。その後は、予め計画していた通りに人員交代を行いながら、残った『何か』を観察しながら待機。村人たちもその間は自宅待機していてくれたそうだ。
数日、場合によっては一月以上待機することも視野に入れていたが、『何か』の大きさが安定してから数時間後、『何か』から音がして、状況が変化した。その音は私の錫杖の音に似ていたという。
現地に待機していたメンバーが速やかに臨戦態勢を整え、様子を見ていたところ、更に半刻ほど経ってから淡く光りながら『何か』が歪んだ。やがて光が収まると『何か』があった場所に氷漬けのようになった私が浮いていたのだという。クリスが魔素の気配などを探り、セシルが近寄ってみたところ触れる前に氷もどきは消え、落ちてきたところを受け止めたのだそうだ。後は、私も知っている通りだ。呼んでも中々起きないから、頬を軽く叩いてみた、というところらしい。
説明をしている間、セシルは私を寝かしたまま手を握り続け、私が起き上がるのを許してはくれなかった。それどころかこの後最低でも丸一日は安静にしろと言う。大丈夫だと言っても首を縦には振らなかった。
私は自分がやったことに対して甘く見積もっていたことを再認識せざる得なかった。神樹の森に入った経験から、無意識に自分なら大丈夫だろうと高を括ってしまっていた。だが、セシルをはじめ他の者からすると、得体のしれない『何か』に自ら入っていき、目の前で消えてしまったことはかなりの衝撃だったのだろう。口には出さなくとも、私が死んでしまうか、二度と戻ってこない可能性をかなり高く見積もっていたに違いない。それでも行かせてくれたのは、私を信じてのことだったのだろう。
セシルと交代するようにやってきたヘレナが、ゲイルと同じように私の診察をしてくれた。『何か』に入るなどという、未曽有のことを行った私の身を案じてのことらしい。確かに一人だけでは異変を見落とす可能性がある。しかも先に診てくれたゲイルは治癒魔法はあまり得意ではない。ダブルチェックとして彼と同じように私に魔力を伝わせて確認を行ったヘレナは、私も大丈夫だと思います、と、頷いてくれた。
「それにしても、これじゃあ倦怠感かなりないですか?」
「んー、怠いっていうより、ひどい風邪を引いた後みたいな感じかしらねぇ。あ、そこそこ……!」
「ここですね。……めっちゃ強張ってるじゃないですか」
寝台にうつぶせに寝た私の背中を、ごりごりとヘレナが指圧する。彼女は治癒魔法も得意だが、物理的なマッサージも得意なのだ。背骨の横を親指で揉み上げ、肩甲骨の周りを念入りに押していく。体重をかけているような圧がくるものだから、つい押されるのに合わせて、はー、はー、とこちらも息を吐き出すことになる。少し痛みがある時もあるが、全体的に気持ちが良い。
「……リチェさん、本当にね、みんな、すっごく心配してたんですからね」
「うん」
首筋を摘まむようにして揉み解しながら、ヘレナが言った。力を入れているタイミングに、ちょうど語尾がくる。吐く息と「ね」と強調する言葉を重ねられて、私はちょっと笑いながらも返事をする。
「先に指示貰ってた通り、みんな、信じて待ってたけれど。途中ゲイルさんと交代で行った時とか、見たら、二の聖騎士、真っ白な顔で全然動かなくなっちゃってましたし」
「セシルが?」
「ですよ! 他の人たちは予定通り休憩とか交代してたけど、二の聖騎士だけはずっとあそこで待ってたんですよ!」
「絶対他の人教えないと思うから、私が教えておきます!」なんて言葉と共に、ぐいーっと体重をかけて背中を押される。私は返事ができないまま、肺の中の空気を全部吐き出すことになった。そこから、左腕を後ろ側に引っ張られて、筋を伸ばされる。痛気持ち良さにため息がこぼれた。
「あんまり心配させてると、セシルさん禿げちゃいますよ! せっかく美形なのに」
ヘレナの怒り方が可愛くて、ついくすくす笑えば、もー、と文句を言われた。
「……セシルは美形、そうねぇ、確かに整った顔はしてるのよね」
「ですよ。末永くカッコよくいて欲しいです」
念のため確認したら、目の保養枠だから恋愛感情はないなんて言葉が返ってきた。なぜか私とセットでと強調されたので、一応礼を言う。
「……ねぇ、ヘレナ。全然違うんだけども」
おしまいです、と言われたので寝台の上で起き上がる。背筋を伸ばせば先ほどまで感じていた変なこわばりがすっかり消えていた。やっぱりヘレナは腕がいい。緩く首を回したりしていれば、自然と欠伸が出た。ふあぁぁと、緊張感のない声が零れる。
「はい?」
「ヘレナは、懐かしいってどういう時に感じる?」
どうぞと彼女から差し出されたコップを受け取る。体温より少し温かいぐらいの白湯だった。ほんのりハーブの香りが添えてある。私はそれを啜るように少しずつ口に含み、ゆっくりと飲み込む。
「懐かしい、ですか」
「うん」
思い返しているのは、あちらの世界で感じた奇妙な懐かしさだ。あの場には私が知っているものは何もなかったはずなのに感じたあの感覚を、上手く整理したくて。
「やっぱり、よく知っていて、でも、久しぶりなものに会った時とか、でしょうか」
「……やっぱりそうなるわよねぇ」
質問の意図が見えない、と、ヘレナが首を傾げる。私はそれに軽く笑み首を横に振る。まだ、ヘレナにまでは説明できない。こちらの表情で察したのか、女司祭は苦笑を浮かべる。
「リチェさん。人は時々初めて訪れた場所とか、初めて手にした物でも懐かしいって感じる時があるんだそうです」
そのまま終わるはずの会話を、ふっと思い出したようにヘレナが拾った。中身を飲み干した私から、コップを受け取りながら彼女は続ける。
「そういう場所や物は、きっと血が覚えていたんだ、その人の遠いご先祖様とかが知っていて、その記憶が引き継がれて来た血に宿ってるんだ、なんて、うちのばあちゃんが言っていました」
「血が……?」
「えぇ、だから、もしかしたらリチェさん自身は知らなくても、リチェさんのご先祖様が知っていたのかもしれないですよ」
微笑むヘレナを見て、私は想う。あの青く不思議な空間を。
あの場所にいた者たちは何者だったのだろう。ミリエルの言葉を借りれば『神』となるのだろうけれど、なぜ彼らに懐かしさを私は覚えたのだろう。そして、何故あそこに……
「そっか」
その答えを見つけられる日は来るのだろうか。
そう思って、ふと、私は思い出す。
養母が……聖女グレンダが私にくれた、名の意味を。
リチェルカーレ(探求者)。
なぜ、あの時、私にこの名をくれたのか。
もし、もう一度だけ会えるのなら、養母に訊いてみたかった。
やっとタイトルが出てきました。ここまで長かった……。




