見つけたもの
王都は、今日も賑やかだった。
中央の広場には、いつものように屋台が出ていて噴水の前ではいつもの吟遊詩人が竪琴を弾いている。
行き交う人は多く、ほんの少しだけ忙しない。
私はレモネードを片手にベンチに座り、人の流れを見ていた。
何か、少しだけ今までと違う。なんだろう、と、しばらく見ていてようやく気付く。
「……」
子どもの姿がない。
いつもなら幼子の手を引いた母親が散歩していたり、学校終わりの子どもたちが噴水の近くでお喋りをしていたりするのに、その姿がないのだ。よくよく見れば全体的に女性の姿も減っているような気がする。 レモネードを飲み干し、その瓶を屋台に返すと、そのついでのように声をかけた。
「ねぇ、ちょっと聞きたいんだけども」
「ん-、聖騎士様どうしました?」
いつもより客が少ないのか暇そうにしていた店主がこちらを見て、私の表情にあぁ、と声を潜めた。
「……街の様子のこと、っすか?」
「えぇ」
「しばらく聖騎士様、いなかったですもんねぇ」
良かったらこっちもどうぞ、と差し出された焼き菓子をありがたく一つ摘まみながら頷く。
「なんでもね、あちこちで村が襲われてるって話で、地方は危ないってこっちにも避難してきたのが流れてきてるんすよ。すぐ騎士団が対応してはくれたけど、数日前、王都に来たは良いけど行く当てがなかったのがここに何時間か居座っちゃってね。少し騒ぎになったんです」
どうやら焼き菓子は店主の私物だったようで、彼自身も口に運んでいる。広場の真ん中の方を眺めながら話すあたり、あの辺にその者たちが居座っていたのかもしれない。
「何も悪くないのに、自分たちは家を捨ててこなきゃいけなかった。王都のやつらはズルいって、ね。その様子にびっくりした子とかが何人も泣き出したりねぇ。以来、子連れなんかは警戒してこなくなっちゃって。……おかげで商売あがったりってもんさ」
「そう……」
避難民が王都にまで来て騎士団で対応していることは報告を受けていたが、そんな騒ぎがあったことまでは知らなかった。屋台のカウンターに寄りかかるようにしながら、改めて広場を見渡す。
意識してみると、本当に女性が少ない。いても仕事中なのかきびきびと動いていたり、冒険者と一目でわかるような姿だったり。前のように年配の女性がのんびりお喋りをしているとか、若い女性が店を冷かしているなんて姿はほとんどない。男性も以前のようにのんびり過ごしている人は明らかに減っていた。
「あぁ、あと、そいつらが変なことを言ってたよ」
「うん? どんな?」
「あそこに、いつもの詩人のにいちゃんがいるだろ? あれに噛み付いてた。歌が間違ってるって」
「あぁ……」
私は相槌に混ぜて小さく息を吐く。とうとう王都にまであの歌が来たのかと思うと気が重かった。
「実際んところどうなんです? 本当に村とか襲われてるんすか?」
小声で訊いてきた店主に私は軽く肩を竦めることだけを返す。それで察したらしい店主は分かったという風にうんうんと頷いた。告知されていないものを私が勝手に喋るわけにはいかないのだ。
「ありがと。お菓子も美味しかった」
「いえいえ。また来てくださいな。聖騎士様がいてくれりゃ、みんなも安心してまた出てくるっすよ」
「そうね。また飲みに来るわ、レモネード」
「ごひいきに」
屋台を離れて歩き出す。辺りの様子をそれとなく伺いながら噴水の方と向かう。話を聞いた後で見てみると、心なしか歩いている人たちの表情も今までに比べると少し暗いように見えた。私はまだ調弦を行っている吟遊詩人の横まで行けば、彼に声をかけた。
「今日は歌わないの?」
「どうしようか、少し迷っています」
顔を上げた吟遊詩人は、困ったような顔をしている。以前、彼は女王エレノアの手の者だと聞いている。多分こんな状況でも何かしらの指示は貰っているだろう。ここに居つつも歌わずにいるというのは、もしかしたら、目としての役割にしばらく徹しているようになどと言われているのかもしれない。
「……ねぇ、それなら」
私はそれを承知で彼に耳打ちする。整った顔の青年はちょっとびっくりしたような顔になり、それから楽しそうに笑った。そうして、竪琴を抱いて私に向かって優雅に一礼する。普段と違い立ったまま弦をかき鳴らす。この音だと、言う風に何度か同じ音を鳴らしてから、いつもと同じように弾き始める。
その音を聞きながら、前髪をかき上げる。軽く首のスカーフを緩め、片手はそのまま胸に当てた。いざやってみようとすると緊張する。これは部下たち相手に演説するのよりよっぽど……。
「我が歌うは 真実の歌……」
何度も何度も繰り返し聞いた歌。子どもの頃は、前にここで歌っていた子のように吟遊詩人と一緒になって歌っていたこともあった。今でも時々口ずさんでいたりもするから間違えはしない。音も、歌詞も、その内容も。大事な、私が憧れた人たちのことを謳った、詩。
緊張で掠れるかと思った声は、思いの外しっかりと出た。振るわせまいとお腹に力を入れたせいで、太く真直ぐに、遠くまで届く声となった。吟遊詩人のような歌うための声ではないけれど、まぁ、音痴ではないから大丈夫だろう。
「……神と謡われし大樹より 民を守りし英雄たちの歌」
いつもと違う歌声に、周りの人たちが足を止め始める。
さっきの屋台の店主が、ぴゅぅ、と口笛を吹いた。
私は少し不安になって伴奏を弾く吟遊詩人の方を向く。大丈夫ですと目で頷いてくれた。そうして彼も歌い出す。私の声に数音ずらした歌声は響きに深みを与えてくれた。まるで複数人で浄化をする時の詠唱のように、重ねた音が気持ち良かった。
「一人は優しき乙女
隠されし聖女 静かなる守り手 慈しむ者 光に包まれし者……」
歪められた武勲詩では歌われない聖女の部分を歌い始めた時、更に声が一つ重なった。見れば足を止めて聞いていた男性だった。商人らしい彼は私と目が合うとちょっと恥ずかしそうに笑う。それでも一緒に歌い続ける。そんな彼に触発されたように、あちこちから少しずつ声が加わっていく。次のフレーズへと移る頃には更に数人の声が重なった。何事かというように、店から出てくる者も現れ始めた。
「一人は雄々しき男
神話の再来 聖斧の使い手 猛き者 王が一族に生まれし者……」
歌いながら、私は思う。
人々が求めるものは何であるのか。私が目指したいものが何であるのか。
私は、この歌に謳われている養父母のようにはなれない。
それでも。きっと私だからこそ出来ることもあるのだろう。
例えば、こうやって唐突に歌い始めてみたり、とか。
咄嗟の判断で現場に走っていったり、とか。
そして、『何か』に飛び込んでみたり、とか。
即断力と行動力。この二つなら私はきっと養父にも負けない。
私は、今までの聖騎士にはいなかったような、聖騎士になるのだ。
気が付けば、数えきれない人たちが声を重ねていた。
広場に面した窓からは人が顔を出し、店からは店員も客も出てきている。隠れるように姿を消していた女性や子どもたちも混ざっている。あの時歌っていた少年が、笑顔でこちらに走ってくる。一緒にお茶をした女性たちの姿もある。
それぞれの顔に浮かぶのはちょっとホッとしたような笑顔。私はそれを見て満足する。
やがて、終盤に差し掛かる。当然のように繋げた追加された部分に至る頃には、広場全体に響き渡るほどになった大合唱になっていた。誰もその歌詞に文句をつける者はいない。
歌い終われば巻き上がる拍手喝采に、私は、吟遊詩人と同じ仕草で一礼する。
優雅に見えるように、ちょっとマントを摘まんで気障ったらしくやった仕草は、見栄えが良かったらしい。きゃぁぁと、黄色い歓声が上がった。
そうして、顔を上げれば。
そこには以前と同じ賑やかな広場の、どこか優しく穏やかな王都の人々が、私を見て笑っていた。
私が守るのは、この笑顔、だ。
私は改めてそう自覚した。
第四章「見つけるもの」本編、これにて完結となります。
ここまで読んで下さった皆様、ありがとうございました。
この後、いつものようにオマケのシーンを挟んだ後、第五章へと続きます。
引き続きお付き合い頂けると嬉しいです。
章タイトルの「見つけるもの」。皆さんにも伝わったでしょうか。
第四章はリチェが私を引きずる勢いで走っていくため、正直私自身が「え、これも? そっちも見つけたの? え、ちょっと!?」とかなり翻弄されていました。
また、実はリチェ自身が見つけられてしまったのかな、なんて途中で気が付き、書いている作者なのに私自身がゾクッと寒気を感じたものもありました。
その辺りの話は第五章第六章で上手く回収していけたら良いな、と思います。
こっそりお願いを……
旦那に公開分を読んでもらってチェックもして貰っているのですが、それでも見つけきれていない誤字や脱字、変な言い回しなどが残っていると思います。
もし何か見つけましたら、誤字報告を頂けるととても嬉しいです。
また、これまでに報告を下さった皆様、本当にありがとうございました。助かります……!
私、目が節穴なんです。本当になんで見つけられないのやら……(涙)




