その8「毒蛇と王子の呪文」
トキシックボア戦で主人公が使う魔術を炎属性に変更しました。
ヨーダイ
「3人とも経験者だとは、頼もしいな」
ヨーダイが言った。
ヨーダイにも、ダンジョン攻略の知識は有る。
とはいえ、しょせんはゲームの知識だ。
間違いが有る可能性も有る。
それに、ヨーダイが詳しく知っているのは、伯爵領のダンジョンだ。
王家の直轄領に関しては、書物で調べた範囲でしか知らない。
経験者が複数人居るというのは、実にありがたかった。
ユウギ
「私が潜ったのは、ここのダンジョンじゃ無いですけどね」
ヨーダイ
「そうなのか」
ユウギ
「はい。ヴァイスシバフ伯爵領です」
ヨーダイ
(ゲームだと潜れないんだよな。ヴァイスシバフのダンジョンは)
ヨーダイ
「羨ましいな」
ゲームで攻略できるダンジョンは、選んだ主人公の領地に有るものとなる。
ヴァイフシバフ伯爵家のキャラは、主人公には選ばれない。
ヴァイスシバフのダンジョンを攻略することも、不可能になっていた。
ユウギ
「はい?」
ヨーダイ
「いや……」
ヨーダイ
「それでも、実戦経験が有るのは頼もしい」
ユウギ
「う……」
ヨーダイにまっすぐに見つめられ、ユウギは目を逸らした。
ユウギ
「あんまり期待しないで欲しいです」
ユウギ
「……まあ、給料分は働きますけどね」
ヨーダイ
「頼む」
4人は、ダンジョンドームへと向かった。
ダンジョンドームとは、迷宮の入り口が有る建造物だ。
ダンジョンに入るには、ドームを経由することが必須だった。
しばらく歩いていると、半球形の建物が見えてきた。
これがダンジョンドームだ。
ダンジョンドームは1つでは無い。
1つのダンジョンに対し、複数のドームが存在する。
ダンジョンの入り口が、複数有るということだ。
ヨーダイたちは、最寄のダンジョンドームの中に、入っていった。
ドームの中には、冒険者たちの姿が有った。
ハガネ
「あれがダンジョンの入り口、転移陣です」
ハガネが、ドームの中央を指さし、言った。
そこに、うっすらと輝く魔法陣が有った。
転移陣という名のとおり、人をダンジョンへと転移させるものだ。
地上からダンジョンに向かう階段は、存在しない。
転移陣だけが、人がダンジョンに入るための、唯一の方法だった。
ヨーダイ
「転移か」
ヨーダイが、興味深げに言った。
転移陣は、ゲーム内にも存在している。
初めて見るものでは無い。
だが、実際に目の当たりにすると、感心させられるものが有った。
ヨーダイ
「たかがダンジョンに入るのにテレポートとは、オーバーテクノロジーだな」
ヨーダイ
「いったいどういう仕組みなのか」
ハガネ
「詳しいことは、私には分かりません」
ヨーダイ
(まあ、そうだろうが)
ヨーダイ
「行ってみるか」
ハガネ
「はい」
4人は、転移陣に近付いていった。
そのとき。
ナンパ男
「ねえ君たち」
ヨーダイの後ろを歩いていたメイドたちが、男に声をかけられた。
リット
「なんでしょうか?」
リットが男に向き直り、尋ねた。
ナンパ男
「初めて見る顔だけど、ダンジョンは初めてかな?」
ナンパ男
「良かったら一緒に潜らない? いろいろ教えてあげるよ」
リット
「慣れているので、だいじょうぶです」
ナンパ男
「えっ? そんなメイド服なのに?」
リット
「あの、メイドを何だと思っているんですか?」
ヨーダイ
(……何なんだよメイドは)
メイドは、高確率でニンジャだ。
そんな王侯貴族の常識が、ナンパ男には分からないようだった。
ナンパ男
「そんなこと言わずにさ。大勢で潜った方が楽しいよ」
リット
「あのですね……」
リットが何かを言おうとしたそのとき……。
ハガネが2人の間に割って入った。
ハガネはメガネを外すと、普段はしない表情で、男をにらみつけた。
ハガネ
「失せろ」
ナンパ男
「失礼しました……!」
男はハガネに背を向け、ドームの外にまで逃げ去っていった。
リット
「ありがとうございます」
ハガネ
「いえ」
ハガネはメガネを付け直すと、いつもの穏やかな表情に戻った。
ハガネ
「時間を無駄にしたくはありませんでしたからね」
ヨーダイ
「その役、俺がやりたかったな」
ハガネ
「もう少し背が伸びたら、チャレンジしてみてください」
ヨーダイ
「行くか」
ハガネ
「行きましょう」
4人は、転移陣に入った。
4人の体が、ダンジョンへと転移した。
4人が立ったのは、石造りの床の上だった。
壁や天井も、同じ素材で出来ていた。
この世界のダンジョンは、洞窟のような、天然の迷宮では無い。
何者かが建造した、人工物だった。
ヨーダイ
「いかにもって感じだな」
ヨーダイには、レトロゲームの知識が有る。
建物の雰囲気にも、見慣れたものを感じていた。
ハガネ
「そうですね」
ハガネ
「平均的な造りのダンジョンだと思います」
ヨーダイ
「平均が語れるほど、ダンジョン潜ってるのか?」
ハガネ
「それほどでもありません」
ユウギ
「…………」
ユウギは、『収納』スキルを使用し、剣を取り出した。
そして、出現させた剣を、リットとハガネに配った。
ユウギ
「はい」
ハガネ
「どうも」
リット
「ありがとう」
ユウギ
「王子はこれをどうぞ」
ユウギはスキルを用い、小さな杖を取り出した。
金属製の杖で、先端には魔石がはめられている。
魔石の色は赤色だった。
ユウギはその杖を、ヨーダイに手渡した。
ヨーダイ
「重い……」
ずっしりとした重みが、ヨーダイの手のひらを押した。
杖の大きさは、習字の文鎮ほどしか無い。
だが、素材のせいもあって、ヨーダイには重く感じられた。
ヨーダイ
「もっと軽いのは無いのか?」
ハガネ
「それが1番軽いやつですよ」
ヨーダイ
「非力だ……」
ハガネ
「すぐに大きくなれますよ」
ハガネ
「それで、これからどう動きますか?」
ヨーダイ
「以前にも言ったが、俺たちの目標は、3層のトキシックボアだ」
ヨーダイ
「そいつを狩って、解毒ポーションのドロップを狙う」
ヨーダイ
「とはいえ、俺のレベルは、まだ2しかない」
ヨーダイ
「今のままでは、少し心もと無い」
ヨーダイ
「まずは俺のレベルを、5くらいにまでは上げておきたいな」
リット
「2層で狩りますか」
ヨーダイ
「それはそれで良いと思うが……」
ヨーダイ
「お前たちのクラスレベルは?」
リット
「36です」
ユウギ
「42」
ハガネ
「70ですね」
リット
「えっ? 凄いですね」
ハガネ
「王子の教育係ですから」
ヨーダイ
「教育係のちからってすげー」
ヨーダイ
「しかし、それだけのレベルが有るなら、2層に留まることも無いだろう」
ヨーダイ
「一気に10層くらいまで下りて、パワーレベリングしてくれないか?」
ハガネ
「リスクが多少増えますが」
ヨーダイ
「多少なら構わんだろう」
ハガネ
「しくじったら切腹なのですけどね。私は」
ヨーダイ
「ガンバッテ」
ハガネ
「……はぁ」
ハガネ
「間を取って5層ということで」
……。
一行は、5層に向かった。
上層の地図程度なら、市場に出回っている。
ヨーダイたちも、当然に地図は入手していた。
なので、特に迷うことも無く、5層に到達した。
5層に着くと、一行は魔獣狩りを始めた。
リット
「はあっ!」
鼠
「ジュジューッ!」
リットの剣が、ホーンマウスを両断した。
鼠の魔獣が絶命し、後には魔石が落ちた。
ヨーダイの体に、EXPが流れ込んでいった。
ヨーダイは腕輪の機能で、ステータスウィンドウを出現させた。
ヨーダイのレベルが表示された。
ヨーダイ
「レベルが5になったぞ」
ヨーダイ
「この重かった杖も、軽くなってきたように思える」
リット
「良かったですね。王子」
ヨーダイ
「ああ」
ヨーダイ
「味方が強いと、レベルが上がるのも早いな」
ハガネ
「それではそろそろ……」
ヨーダイ
「そうだな」
ヨーダイ
「そろそろ6層に行こう」
ユウギ
「王子……」
ユウギは呆れたような目で、ヨーダイを見た。
リットも苦笑を浮かべていた。
ヨーダイ
「ん? どうした?」
リット
「目的を忘れてませんか?」
ヨーダイ
「えっ? うん。ああ。目的な」
ヨーダイ
「覚えてる。もちろん覚えているぞ」
ヨーダイ
「だが、あとほんのちょっとだけ、準備運動が足りないんじゃないか?」
ヨーダイ
「6層に行って、もっと体を慣らした方が……」
ハガネ
「行きますよ。王子」
ハガネがヨーダイを抱きかかえた。
ヨーダイ
「ああっ……!」
……。
ヨーダイは、3層に強制連行された。
ユウギ
「それで、どうするんですか?」
ユウギ
「普通にトキシックボアを狩る……というわけでは無いんですよね?」
ヨーダイ
「まあな」
ヨーダイ
「ただ魔獣を倒しても、アイテムがドロップする確立は低い」
ヨーダイ
「そこで、ちょっとした裏技を使う」
リット
「裏技……ですか?」
ヨーダイ
「ああ」
ヨーダイ
「まずは、トキシックボアが1体だけの状況を作って欲しい」
ヨーダイ
「魔獣が複数現れたら、他の魔獣を倒して、トキシックボア1体にする」
リット
「それからどうするんですか?」
ヨーダイ
「俺が呪文を使う」
リット
「…………?」
ヨーダイ
「まあ、任せておいてくれ」
ヨーダイたちは、トキシックボアを探した。
通路を歩いていると、小部屋への入り口が見えた。
ハガネが小部屋を覗き込んだ。
すると……。
大蛇
「…………」
小部屋の中に、2体の大蛇の姿が見えた。
その鱗は、毒々しい紫色をしていた。
トキシックボアだ。
ハガネ
「2体居ますね」
ヨーダイ
「手はずどおり、1体に減らしてくれ」
リット
「分かりました」
リットが小部屋に駆け込んだ。
リットをフォローするため、ユウギもその後に続いた。
リット
「やあっ!」
リットは、右側の蛇に斬りかかった。
大蛇
「…………!」
レベル差が有りすぎた。
トキシックボアには、なす術が無かった。
あっという間に、1体が撃破された。
蛇は残り1体になった。
リット
「やりましたけど……」
リットは、トキシックボアに注意を向けながらも、ヨーダイの様子をうかがった。
ヨーダイ
「よし」
ヨーダイ
「後は俺に任せてくれ」
ヨーダイが、残りの蛇に近付いた。
大事が無いように、そのそばをハガネが歩いた。
ヨーダイは、手中の杖を、トキシックボアに向けた。
ヨーダイ
「ほむら矢」
杖の前方に、魔法陣が出現した。
魔法陣からは、炎の矢が放たれた。
矢はまっすぐに、トキシックボアに向かった。
そして……。
大蛇
「…………」
炎の矢は、魔獣の直前で、霧散してしまった。
トキシックボアから、ほのかな光が放たれた。
蛇は無傷だった。
リット
「効いてないみたいですけど……?」




