その7「メイドと迷宮都市」
ヨーダイは、ハガネと共に城を出た。
城の正面の通りに、リットとユウギが立っていた。
服装は、メイド服のままだ。
2人のメイドの両隣には、ダガー猫の姿が有った。
リット
「王子!」
ユウギ
「…………」
リットはヨーダイに対し、元気に呼びかけた。
ユウギは口を開かず、ぺこりと頭を下げた。
ヨーダイはてくてくと、2人に近付いていった。
ヨーダイ
「待たせてしまったか。悪いな」
ユウギ
「変な王子様」
ユウギ
「王子様がメイドを待たせるのなんて、当たり前なのに」
ヨーダイ
「そうか」
ヨーダイ
「まあ、バカ王子だからな。俺は」
リット
「王子は利口だと思いますけど」
ヨーダイ
「そうでもないさ」
ヨーダイ
「ただ、ズルいだけだ」
リット
「はあ」
転生者としての自虐など、リットには理解できない。
ただ曖昧に、声を漏らした。
ヨーダイは、2人の顔から体へと、視線を下ろした。
ヨーダイ
「ダンジョンに行くのに、メイド服のままなんだな?」
ユウギ
「メイドですから」
ヨーダイ
「……そういうものか?」
ユウギ
「はい」
ヨーダイ
「荷物は?」
ユウギ
「私のスキルで『収納』しています」
ヨーダイ
「スキルか。そういうのも有ったな」
ヨーダイ
「便利そうだな。俺も欲しい」
スキルを得る方法は、クラスを得る方法と同じだ。
聖水を飲めば良い。
必要な聖水が、違うというだけの話だ。
ただ、クラスが選択可能なのに対して、得られるスキルはランダムとなる。
ハガネ
「いけませんよ」
ハガネ
「クラスを得た時にどうなったのか、もうお忘れですか?」
ハガネ
「成人まで我慢してください」
スキルを得るのにも、やはり肉体的な負担が伴う。
体が育ちきる前に聖水を飲むのは、危険だと言えた。
ヨーダイ
「む……。仕方ないな」
ヨーダイにも、無理にスキルを得るだけの理由は無い。
クラスの力を得たのは、ダンジョン攻略に、どうしても必要だったからだ。
多少の心残りは有るが、ハガネの言葉に納得した。
ヨーダイ
「行こう」
ヨーダイ
「その猫たちに乗って行くのか?」
ヨーダイはそう言って、2頭のダガー猫を見た。
2頭とも、体長は2メートルを超える。
がっしりとした、立派な猫だった。
ダガー猫A
「みゃあ」
ヨーダイと目が合うと、ダガー猫の片方が鳴いた。
ハガネ
「はい」
ヨーダイ
「ダガー猫か。サーベル猫が良かったな」
ダガー猫は、体格がずんぐりむっくりしている。
すらっとしたサーベル猫の方が、ヨーダイの好みだった。
リット
「あっ! いけませんよ王子!」
リットが慌てて言った。
だが、手遅れだ。
ヨーダイの言葉は、猫の耳に届いていた。
ダガー猫A
「みゃ……」
ダガー猫B
「みゃう……」
猫は悲しそうにして、ヨーダイから顔を背けてしまった。
リット
「ほら、猫たちがへそをまげてしまいましたよ」
ヨーダイ
「えっ? 俺の言葉が分かるのか?」
リット
「猫は賢いですからね」
ダガー猫A
「…………」
リット
「これはしばらくは乗せてくれない感じですね」
ヨーダイ
「……参ったな。どうにかならないのか?」
リット
「撫でてあげてください」
ヨーダイ
「そんなので良いのか?」
リット
「はい。さあどうぞ」
ヨーダイ
「……分かった」
ヨーダイは、2頭のダガー猫の間に立った。
そして、猫たちを撫でていった。
……。
10分後。
ダガー猫A
「みゃーみゃー」
ダガー猫B
「みゃおみゃお」
猫たちはすっかり機嫌を直し、ヨーダイに懐いていた。
ちょろい。
ヨーダイ
「かわいいな。ダガー猫も」
ヨーダイはニコニコしながら、抱きつくように猫を撫でていた。
リット
「そうでしょう?」
ハガネ
「そろそろ出発しましょうか」
ヨーダイ
「猫には乗ったことが無いが……」
王侯貴族であれば、猫くらいは乗れるものだ。
だが、さすがに3歳では、訓練を始めるには早い。
ヨーダイは、猫初心者だった。
それくらいの事情は、当然ハガネは把握している。
ハガネ
「分かっています」
ハガネ
「私が操猫しますから、王子は前の方に座ってください」
ヨーダイ
「分かった」
ヨーダイは、猫によじのぼり、鞍に跨った。
その後ろに、ハガネが乗った。
リットとユウギは、もう片方の猫に乗った。
2頭の猫が、歩き出した。
人の多い王都で、いきなりトップスピードを出すわけにはいかない。
しばらくは、鈍行運転だった。
ヨーダイ
「手綱は無いんだな」
ヨーダイは、不思議そうに言った。
2頭の猫には、鞍は有っても手綱は無い。
これが馬であれば、手綱は必須だ。
とても自在に操ることなどできない。
だが、ダガー猫は、手綱が無くとも、乗り手の望みどおりに歩いているようだった。
ハガネ
「手綱? なんですか? それは」
ヨーダイ
「……いや。なんでも無い」
やがて、一行は王都を出た。
人里を離れれば、速度を出しやすくなる。
猫はみるみると、速さを増していった。
平地を、東へと駆けた。
ヨーダイ
「あれは……」
道の途中。
あるものが、ヨーダイの視界に入った。
ヨーダイは、左を見た。
そこに、身長18メートルは有る、鉄の巨人たちが見えた。
20機は居る。
列を乱さず、一体となって行進していた。
形状は、鎧を着た騎士を、角ばらせたかのよう。
色は茶色で、腰には長剣を装備している。
腰の後ろ側からは、茶猿族のシンボルである、細い尻尾が伸びていた。
ハガネ
「ダイチランザル。王軍のシャドウキャスターですね」
シャドウキャスターは、この世界の人型兵器だ。
人々が中に乗り込み、魔力によって操縦している。
ハガネ
「危険ですから、近付かないようにしましょう」
ヨーダイ
「……ああ」
ダイチランザルたちは、道からは離れて行進していた。
普通に道を行く分には、ぶつかる心配は無さそうだった。
ヨーダイ
「それにしても、見事なものだ」
ヨーダイ
「1度、操ってみたいものだな。あれを」
ハガネ
「男の子なら、そうでしょうね」
ハガネ
「16歳になれば、王子もお乗りになられますよ」
ヨーダイ
「あの骨董品にだろう? そうじゃない」
ヨーダイ
「俺が乗りたいのは、ああいうやつだ」
ヨーダイには、生まれつき与えられたシャドウキャスターが有る。
王家の家宝、スベルキー。
それは次期国王の証でも有る。
その歴史的威厳に比べ、その姿は矮小だ。
身長は、ほんの4メートルほど。
一般的な軍用シャドウキャスターの、4分の1以下だ。
実戦には使えない、飾り物。
ゲームで散々な扱いだったことも有って、ヨーダイは、あの機体が嫌いだった。
ハガネ
「王家の決まりですから」
ヨーダイ
「玉座は捨てる」
ハガネ
「捨ててどうしますか?」
ヨーダイ
「出自を隠して、外国で仕官するのも良いかもしれない」
ハガネ
「ダイチランザルは、この国の機体ですが」
ヨーダイ
「5王国の機体も、スベルキーよりはマシだろうさ」
ハガネ
「機士になるには、厳正な審査を受ける必要が有ります」
ハガネ
「素性の怪しい者では、難しいかと思いますよ」
ヨーダイ
「人の夢を壊すな」
ハガネ
「事実ですから」
ハガネ
「現実を知るのなら、早い方が良いでしょう」
ヨーダイ
「子供の夢をなんだと思ってるんだ?」
ハガネ
「あなたは王子です」
ハガネ
「いつまでもただの子供で居られては、国民が困りますよ」
ヨーダイ
「捨てると言っているだろうが」
やがて、ダイチランザルは見えなくなった。
一行は、さらに東へと進んだ。
都市の外壁が見えてきた。
壁の高さは、10メートルを超える。
なかなかの威容だった。
ハガネ
「あれが迷宮都市です」
ヨーダイ
「オラ○オか。オ○リオだな?」
ハガネ
「いえ。ビーマドワスと言います」
ヨーダイ
「ちぇっ」
ヨーダイたちは、外壁の門から、都市の中へと入った。
門の先に有る通りは、人通りが多い。
出店がいくつも開かれていた。
ヨーダイ
「王都ほどでは無いが、なかなかに栄えているな」
ハガネ
「はい。機士学校も、この都市に有ります」
ヨーダイ
「そうなのか?」
ハガネ
「シャドウキャスターを乗りこなすには、クラスレベルが必須ですからね」
ヨーダイ
「それもそうか」
ヨーダイ
「いずれ通う学校だ。1度見てみたいな」
機士とは、シャドウキャスターの操縦者だ。
国防の要だ。
機士になるには、専門の教育が必要となる。
そのための学校が、各国に存在していた。
王位継承者は、スベルキーを乗りこなせなくてはならない。
機士学校に通い、機士の技能を得るのが慣例になっていた。
ヨーダイも、16歳になれば、学校に通うことになっている。
ハガネ
「観光をしている暇はありませんよ」
ハガネ
「夕食までに帰らねば、ヨーキ様が心配されますからね」
ヨーダイ
「片道2時間。ハードなスケジュールだな」
ヨーダイ
「既に疲れている」
ハガネ
「猫で2時間ですからね」
ハガネ
「少し休憩されますか?」
ヨーダイ
「いや。構わん」
ヨーダイ
「だが、出来れば泊まりで来たかったな」
ハガネ
「難しいでしょうね。それは」
ヨーダイ
「分かってはいるがな」
ハガネ
「まずは、猫を預けに行きましょう」
ヨーダイ
「猫は強いと聞くが、迷宮には連れて行かないんだな」
ハガネ
「借りてきた猫です。傷をつけるわけにはまいりません」
ヨーダイ
「やる気のように見えるが」
ダガー猫A
「みゃっふ」
ハガネ
「いけません」
ダガー猫B
「みゃ……」
猫小屋の有る大きな宿屋に、猫を預けた。
みゃーみゃーと鳴く猫を置いて、4人は猫小屋を出た。
通りに戻ると、ハガネが口を開いた。
ハガネ
「それではダンジョンドームに向かいましょう」
ヨーダイ
「いきなり入って良いのか?」
ヨーダイ
「冒険者ギルドに申請するとか、そういうのは無いのか?」
ハガネ
「冒険者ギルドというのは、冒険者の互助組織です」
ハガネ
「ダンジョンの管理権限などは、持っていませんね」
ヨーダイ
「なら、誰が権利を持っているんだ?」
ハガネ
「国です」
ハガネ
「この王国のダンジョンは、王家の所有物です」
ハガネ
「つまり、いずれは王子の物になるということですね」
ヨーダイ
「捨てるんだが?」
ハガネ
「はい。それで王家は、ダンジョンの一部を、一般に開放しています」
ハガネ
「その方が、経済が潤うというのが理由ですね」
ハガネ
「ダンジョンの魔石やドロップアイテムには、税金がかけられています」
ハガネ
「冒険者が稼げば稼ぐほど、国の税収も潤う仕組みです」
ハガネ
「まあ、ダンジョンは危険な所ですから、犠牲者も出てしまうわけですがね」
ヨーダイ
「なるほどな」
ハガネ
「行きましょう。最寄のダンジョンドームはこちらです」
ヨーダイ
「詳しいな」
ハガネ
「王家に仕える身であれば、ダンジョンに潜ったことくらいは有ります」
ヨーダイ
「そういうものか」
ヨーダイ
「……リットとユウギも、ダンジョンに潜ったことが有るのか?」
リット
「はい」
ユウギ
「一応は」
ユウギ
「メイドですからね」
ヨーダイ
「……そういうものか」
そういうものらしかった。




