その4「加護と聖水」
リット
「はあああああっ!」
ユウギ
「っ……!」
リットの気迫のこもった剣が、ユウギの体勢を崩した。
そして……。
ヨーダイ
「そこまでだ」
ヨーダイの声を受け、2人は剣を止めた。
ヨーダイ
「2人とも、見事な腕だな」
リット
「……恐縮です」
熱くなりすぎた。
そう思ったのだろう。
リットは少し、居心地が悪そうだった。
ユウギ
「…………」
ユウギはなんとも思っていない様子で、じっとヨーダイを見た。
ヨーダイ
「実は、2人に頼みたいことが有る」
2人の剣技を見たのは、ただの座興では無い。
ヨーダイは、本来の目的を話し始めた。
ユウギ
「何ですか?」
ヨーダイ
「俺と一緒に、ダンジョンに行ってもらいたい」
リット
「えっ? ダンジョンって、あのダンジョンですか?」
ヨーダイ
「王都の東に有る、あのダンジョンのことだが」
ダンジョンとは、魔獣が発生する、危険な迷宮のことだ。
広大で、階層を下るごとに、魔獣の強さが増す。
踏破は困難だと言われていた。
ダンジョンは、この大陸で発見されているだけでも12有る。
王都から最も近いのは、東の迷宮都市に有るダンジョンだ。
リット
「王子がダンジョンなんて、危なくないですか?」
ヨーダイ
「かもな」
リット
「ナンデ?」
ヨーダイ
「目当ては、ダンジョンの魔獣から手に入る、ドロップアイテムだ」
ヨーダイ
「第3層の、トキシックボアがドロップする、解毒ポーション」
ヨーダイ
「毒にも病にも効く、万能のポーションだ」
ヨーダイ
(と、フレーバーテキストに書いてあった)
ヨーダイ
「これを手に入れる」
魔獣とは、通常の獣では無い。
命が尽きたとき、死体を残さずに消滅する。
その代わり、魔力を持つ宝石、魔石を落とす。
そして稀に、特別なアイテムを落とすことが有る。
それはドロップアイテムと呼ばれ、高値で取り引きされた。
ユウギ
「何のためにですか?」
ヨーダイ
「今から1年後、王都で疫病が流行する……」
ヨーダイ
「と言ったら、信じるか?」
ユウギ
「…………」
ユウギ
「人為的に、疫病を起こす手段が有るということですか?」
ユウギ
「王子はその計画を、事前に察知したということでは?」
リット
「えっ……!?」
ヨーダイの言葉は、占いや予言に近いものだ。
ユウギは、ヨーダイの言葉を、もっと地に足のついたものとして、解釈しようとした。
それで出てきた結論が、バイオテロだったらしい。
この世界の人々に、ウィルスや細菌を作り出す手段は無い。
だが、地球においても、そのような手段が存在しない頃から、生物兵器の概念は存在した。
アメリカを占領したイギリス人は、原住民に対し、天然痘ウィルスに汚染された毛布を送った。
そういう逸話が有る。
18世紀のことだ。
効果のほどは、定かでは無いが……。
江戸幕府が有った頃から、人々は、生物兵器を用いようとしていた。
それが史実だ。
ヨーダイたちの世界は、当時の地球よりも技術が発展している。
生物兵器が存在しても、おかしくは無かった。
ヨーダイ
「おもしろい事を言うな」
ヨーダイ
(前世の記憶が有るだけのガキより、よほど頭が良い)
ヨーダイは、ユウギの発想の鋭さに感心した。
胡散臭い転生者が、ゲームの知識をひけらかしている。
そんな風に思うより、よほど現実的な思考だろう。
だが、悲しいかな。
ヨーダイは、胡散臭い転生者であり、ゲームの知識で動いているだけなのだった……。
ヨーダイ
「けど俺は、ただ勘で動いてるだけさ」
ユウギ
「…………?」
リット
「勘で分かるものなんですか? そんなこと」
ヨーダイ
「王家の者ならば可能だ」
リット
「凄い……!」
ヨーダイ
「まあ、嘘だがな」
リット
「えっ?」
ユウギ
「おバカ」
リット
「えっ?」
ヨーダイ
「妄想にとりつかれているのさ。俺は」
ヨーダイ
「お前たちには、バカ王子の狂った妄想に、付き合ってもらいたい」
ヨーダイ
「命懸けでな」
ユウギ
「……はぁ」
ユウギ
「きちんとお給金が出るのなら、構いませんけど」
リット
「良いんだ?」
ヨーダイ
「リット。お前はどうなんだ?」
リット
「王子様の頼みは、断れませんよ」
ヨーダイ
「……すまんな」
リット
「けど、ドロップアイテムなんて、滅多に出るものじゃ無いと思いますけど?」
リット
「私たちがちょっと潜ったくらいじゃ、目当てのアイテムなんて、手に入らないですよ」
ヨーダイ
「心配するな」
ヨーダイ
「出るまで潜る」
リット
「えっ」
ヨーダイ
「冗談だ。俺なりの考えは有る」
ダンジョン攻略は、5英雄物語の追加コンテンツだ。
最初のバージョンでは無かったが、アペンドディスクで追加された。
戦略パートで休息を選ぶと、主人公はダンジョンに潜れるようになる。
ダンジョンを攻略すると、戦争パートを有利にする物資が入手できる。
ヨーダイは、5英雄物語をかなりやりこんでいる。
ダンジョンに関しても、それなりの知識を持っていた。
リット
「王子の冗談は、分かり辛いです……」
ヨーダイ
「すまんな」
ヨーダイ
「とにかくこれで、1つ目の問題は片付いた」
ユウギ
「2つ目は?」
ヨーダイ
「俺のクラスだな」
ヨーダイ
「今のままじゃ、俺はダンジョンじゃ役に立たない」
ヨーダイ
「加護の力を得て、呪文攻撃くらいは、出来るようになっておく必要が有る」
この世界の人間は、儀式を経て、加護の力を授かる。
クラスとスキル、2つの力だ。
ヨーダイは、加護の力を、まだ授かってはいなかった。
ハガネ
「加護を得るのは、成人してからというのが普通ですが」
加護の力は強力だ。
凶器と同じだ。
子供に軽々しく与えるものでは無かった。
ヨーダイ
「どうしても駄目か?」
ハガネ
「儀式には、肉体的な負担が伴います」
ハガネ
「その幼い体では、万が一ということも起こりえますが……」
ヨーダイ
「万が一か」
ヨーダイ
「それくらいのリスクなら、支払うのが道理だ」
ハガネ
「ですが……」
ヨーダイ
「俺ごときの身を、惜しむなよ」
ヨーダイ
「どうせ、王位を継ぐのは妹だ。そうだろう?」
リット
「えっ? そうなんですか?」
ヨーダイ
「たぶんな」
ヨーダイ
「あまり言いふらすなよ」
リット
「……はい」
ヨーダイ
「ハガネ」
ヨーダイ
「魔術師か賢者か、暗黒騎士になりたい。どうすれば良い?」
ハガネ
「特に難しいことはありません」
ハガネ
「神殿から聖水を手に入れ、それを飲めば、望んだ加護が得られるでしょう」
ヨーダイ
「聖水を手に入れるには、どうすれば良い?」
ハガネ
「多少の寄付金を納めれば、それで手に入ります」
ヨーダイ
「金か……」
ハガネ
「王子の教育費から、出しておきましょう」
ヨーダイ
「助かるが、良いのか?」
ハガネ
「そうですね」
ハガネ
「私自身、あなたに何が見えているのか、興味が有ります」
ヨーダイ
「……大したものでは無いさ」
ヨーダイ
(前世の記憶が有る珍しいガキは、神童にも見えるだろうがな)
ヨーダイ
(神童が神童で居られるのは、ガキのうちだけだ)
ヨーダイ
(その先は無い)
ヨーダイ
(あまり期待してくれるなよ)
ヨーダイ
「それで、お前たちのクラスは?」
リット
「ニンジャです」
ユウギ
「ニンジャです」
ハガネ
「ニンジャです」
ヨーダイ
「えっ?」
……。
王城に有る、ヨーダイの部屋。
ヨーダイは、勉強机で読書をしていた。
すると、部屋の扉がノックされた。
ヨーダイ
「入れ」
ハガネ
「失礼します」
扉が開き、ハガネが入室してきた。
彼の右手には、小瓶が見えた。
ガラス製で、その蓋までもがガラスで出来ていた。
瓶の中は、赤色の液体で満たされていた。
ヨーダイ
「無事に手に入ったか」
ハガネ
「はい」
ハガネ
「ご注文通り、賢者の聖水です」
ヨーダイ
「寄越してくれ」
ハガネ
「……本当によろしいのですか?」
ハガネ
「賢者はレベルの上がりが遅く、接近戦も不得手です」
ハガネ
「ダンジョンで身を守るには、心許無いと思われますが」
ヨーダイ
「3歳のガキが、戦士の加護を手に入れたところで、たかが知れているだろう」
ヨーダイ
「それに、解毒ポーションを手に入れるには、魔術の力が必須だ」
ハガネ
「そうなのですね」
ヨーダイ
「そうなのだ」
ヨーダイ
「だいたいお前たち、バランス悪すぎるんだよ」
ヨーダイ
「なんだよ。全員ニンジャって」
ヨーダイ
「1人でも回復呪文が使えたら、俺が暗黒騎士になる選択肢も有ったのに」
ハガネ
「私たちのような立場では、完全武装で戦うことは少ないですからね」
ハガネ
「なので、軽装で本領を発揮するニンジャが、最適なのです」
ヨーダイ
「まあ、メイドさんがニンジャなのは分かるよ」
ヨーダイ
「それっぽいし、カッコイイしな」
ヨーダイ
「けど、お前はなんなんだよ?」
ヨーダイ
「いかにも魔術師ですみたいなツラしやがって」
ヨーダイ
「そのメガネは飾りか? あ?」
ヨーダイ
「メガネなのかハガネなのかハッキリしろや」
ハガネ
「ハガネです」
ハガネ
「まあ、私にも色々と有りまして」
ヨーダイ
「色々……ねえ」
ヨーダイ
「まあ良い。聖水をくれ」
ハガネ
「本当によろしいのですか?」
ヨーダイ
「くどいぞ」
ハガネ
「……どうぞ」
ヨーダイは、瓶を受け取った。
そして蓋を開けようとした。
ヨーダイ
「…………」
ヨーダイ
「蓋開けて」
瓶の蓋は、少し硬かった。
3歳児の力では、開けられない。
ハガネ
「やはり止めておいた方が……」
ハガネは、瓶を受け取りながら、そう言った。
ヨーダイ
「決めたことだ」
ハガネ
「……どうぞ」
ハガネは瓶を軽々と開け、ヨーダイに手渡した。
ヨーダイ
「ありがと」
ヨーダイは、瓶に口をつけた。
そして、中身を一気に、ぐっと飲み干した。
すると……。
ヨーダイ
「ぐ……!」
ヨーダイ
「ぐああああああああああぁぁぁっ!」
ヨーダイは、椅子から転げ落ちた。
焼けるような痛みが、彼の全身を支配していた。
ハガネ
「王子……!」
部屋の扉が、勢い良く開いた。
ヨーキ
「ヨーダイ!?」
我が子の叫びを聞き、母のヨーキが駆け込んできたのだった。
ヨーダイ
「母上……」