その3「3歳と動き出す時」
ヨーダイは、無事に3歳にまで成長した。
王城の自室。
彼は教育係から、授業を受けていた。
勉強机の椅子に、少年が座っていた。
その容姿は、可愛らしくも美しい。
これが今のヨーダイだった。
特に目を引くのは、少年の髪色だ。
その髪は、虹のようだった。
髪色は、一定では無い。
時とともに、見た目を変えた。
波のように、少年の髪を、色が流れていった。
王位を継ぐ者だけに現れる、特別な髪。
俗に、虹髪と呼ばれていた。
この髪を持つ者は、世界に1人だ。
ヨーダイの父、グノンですら、ヨーキがヨーダイを宿したとき、その髪を失っていた。
髪よりも下、少年の服装は、1流の仕立て屋によって作られた、オーダーメイドだ。
王国でも最高の品。
貴人にふさわしい、見事な1品だと言えた。
だがそれでも、髪の美しさに比べれば、やや見劣りしてしまう。
ヨーダイのボトムの後ろ側には、丸い穴が開けられていた。
そこから、猿のような尻尾が伸びていた。
ヨーダイは、茶猿族だ。
猿の特徴を、産まれ持っている。
それが、腰から伸びる尻尾だった。
猿の特徴とは言うが、地球の猿の全てが、尻尾を持つわけでは無い。
オランウータンなど、類人猿と呼ばれる猿は、尻尾を持たない。
ヨーダイの尻尾は、カニクイザルという猿のものに似ていた。
ヨーダイ
(尻尾の長さも、10センチを超えた)
ヨーダイ
(そろそろ動くべきか)
ヨーダイは、尻尾を揺らし、そう考えた。
ヨーダイが産まれたとき、尻尾の長さは5センチメートルも無かった。
体が育つと共に、尻尾も育ってきた。
尻尾の長さは、成長のバロメーターでもあった。
種族としての本能なのか。
育っていく尻尾を見ると、ヨーダイはなぜか、誇らしい気持ちになるのだった。
ヨーダイ
(あまりトロトロしてると、流行り病に間に合わない気がする)
ヨーダイ
(けど、今の俺は3歳のガキだ)
ヨーダイ
(出来ることは限られてる)
ヨーダイ
(どうする……?)
ハガネ
「王子」
ハガネ
「王子。聞いているのですか?」
教育係のハガネが、ヨーダイに呼びかけた。
ハガネは、黒鳥族の男子だ。
外見年齢は、20歳ほどに見える。
髪は黒髪で、服装は、黒い燕尾服。
美男だが、温厚そうで、親しみやすい容貌をしていた。
フレームの大きなメガネも、その印象を強めるのに、一役買っていた。
彼の背中からは、種族の特徴である、黒い翼が生えている。
今、彼の翼は、邪魔にならないよう、畳まれている。
広げれば、腕よりも長く、左右に伸びる。
翼は、ただの飾りでは無い。
魔力をこめれば、空を舞うことも可能だった。
ヨーダイ
「聞いているさ」
ヨーダイ
「昔のバカな王が、税金を引き上げた結果、各地で暴動が起こったという話だろう?」
ハガネ
「ご先祖様をバカ呼ばわりは、いかがなものかと思われますが……」
ヨーダイ
「どうでも良い話だ」
ハガネ
「どうでも良くはありません」
ハガネ
「王家を継ぐ者として、学んでおかねばならないことですよ」
ヨーダイ
「俺は、王家は継がん」
ハガネ
「えっ?」
ヨーダイ
「妹、リンレイは、優秀らしいな」
ハガネ
「そういう話も聞きますが……」
ヨーダイの妹は、名をリンレイといった。
ヨーダイよりも、少し遅れて生まれてきた。
同い年だ。
3歳になっても、ヨーダイは妹と会ったことが無かった。
顔すらも見たことが無い。
だが彼女は、ヨーダイよりも優秀らしい。
ヨーダイの周囲に居る者は、口を揃えてそう言った。
そう言わないのは、ヨーキとハガネだけだった。
ヨーキはヨーダイと同じく、リンレイに会ったことは無いらしい。
同じ王妃同士、ややこしい人間関係が有るのかもしれない。
ヨーダイは、そう考えたが、詳しい事は分からなかった。
ハガネはヨーダイの教育係だからか、リンレイを持ち上げるようなことはしなかった。
ヨーダイ
「1を聞き、100を知る」
ヨーダイ
「大した神童だと、もっぱらの噂だ」
3歳で知性をたたえられるとは、よっぽどの事だろう。
ヨーダイは、伝え聞く妹の才能に、素直に感心していた。
国の事を、安心して任せられる。
そういう気持ちも有った。
ハガネ
「ですが、王子は第1子です」
ヨーダイ
「だが、側室の子だ」
ハガネ
「たとえ側室の子であっても、第1子が王位を継ぐ決まりです」
ハガネ
「この王国の、王位継承権を持っているのは、虹の髪を持つ、あなたですよ」
ヨーダイ
「いらん」
ハガネ
「王子……」
ヨーダイ
「無能な者が、権利だけを主張すれば、国が乱れるだろう」
ハガネ
「王子は十分に、聡明であらせられます」
ヨーダイ
「まあ、年の割にはな」
ヨーダイ
「俺は、ズルをしているから」
ヨーダイは、転生者だ。
30年分の、知識の蓄積が有る。
同年代の子より、物を知っているのは、当たり前だと言えた。
だがそれは、抜け道を通ってきたというだけの話だ。
煌く才能とは別のものだ。
本物の天才や、神童にはほど遠い。
ヨーダイは、自身のことをそう考えていた。
ハガネ
「ズル?」
ヨーダイ
「……もうその話は良い」
ヨーダイは、転生について、周囲に打ち明けるつもりは無かった。
もし話しても、面倒が起きるだけだと思っていた。
秘密を黙っていることに対し、孤独感は有る。
多少の抑圧が有る。
そのせいか、ぼそりとした呟きとして、考えが外に漏れることが有る。
悪癖だ。
ヨーダイは、自身の行いを、そのようにとらえていた。
ヨーダイ
「それよりも、俺がやるべき事について考えよう」
ハガネ
「やるべき事……ですか?」
ヨーダイ
「たとえばの話だが……」
ヨーダイ
「1年後に、病がはやることが、分かっているとしよう」
ヨーダイ
「なんとかして、それを止められないか?」
ハガネ
「どうしてそのような話を?」
ヨーダイ
「良いから答えてくれ」
ハガネ
「難しいでしょう」
ヨーダイ
「そうか」
ハガネ
「もし、病の発生源が分かっているのなら、それを断てば、あるいは……」
ヨーダイ
「発生源は、分からん」
ヨーダイ
「病がはやる。それだけのことが、漠然と分かっている状態だ」
ハガネ
「それならばやはり、難しいかと思われます」
ヨーダイ
「そうか」
ヨーダイ
「なら、病がはやるのは、前提としよう」
ヨーダイ
「その被害を、少しでも食い止めたい」
ヨーダイ
「……たとえば、手洗いうがいをすれば、病気の予防になるよな?」
ハガネ
「はい。そうですね」
ヨーダイ
「それを国民に、徹底させることは出来るか?」
ハガネ
「難しいでしょうね」
ハガネ
「民というのは、気ままなものです」
ハガネ
「細かい生活習慣を強制しようとしても、無視する者が大半かと思われます」
ハガネ
「もし手洗いのルールを、法律で決めたとしても、取り締まるのは困難でしょう」
ハガネ
「それを強いるだけの予算と人員が、まるで足りません」
ヨーダイ
「…………」
ヨーダイ
「ロックダウン……」
ヨーダイ
「つまり、病が発生した地域を、よそから隔離することは出来るか?」
ハガネ
「小さな村程度なら、可能でしょう」
ヨーダイ
「それが都市なら?」
ハガネ
「1都市を隔離する程度であれば、労力的には可能です」
ハガネ
「ですが、都市を隔離するとなれば、大勢の人々を、納得させる必要が有ります」
ハガネ
「そこに済む人々の生活を、脅かすわけですからね」
ハガネ
「下手をすれば、暴動が起こります」
ヨーダイ
「難しいものだな」
ハガネ
「そうですね」
ヨーダイ
「俺の猿知恵ていどでは、どうしようもなさそうだ」
ハガネ
「どんな名君であっても、難しい問題でしょう」
ヨーダイ
「……ハガネ」
ハガネ
「はい」
ヨーダイ
「城の人員で、俺の指示通り、動かせる者は居るか?」
ハガネ
「正式な指揮権、命令権という意味では、1人も居ません」
ヨーダイ
「……そうか」
ヨーダイ
「3歳ではな」
ハガネ
「ですが……」
ハガネ
「世話役のメイドであれば、言うことを聞かせることは可能でしょう」
ヨーダイ
「メイドか……」
ヨーダイは、表情を渋くした。
ハガネ
「何か問題でも?」
ヨーダイ
「荒事を、してもらうことになる」
ヨーダイ
「か弱い女子では困る」
ハガネ
「か弱い? 彼女たちがですか?」
ヨーダイ
「……うん?」
ハガネ
「王子付きのメイドともなれば、ある程度の武術は、身につけているものですよ」
ヨーダイ
「そうなのか」
ハガネ
「そうなのです」
ヨーダイ
「……それなら、試してみるか」
ヨーダイ
「メイドの中から、腕に自信が有る者を、何人かよこしてくれ」
ハガネ
「かしこまりました」
……。
ヨーダイは、城の庭に立った。
2人のメイドが、ヨーダイの前に連れてこられた。
2人とも、お仕着せのメイド服を身に纏っていた。
ハガネ
「リットに、ユウギです」
ハガネが、2人の名前を口にした。
ヨーダイ
「2人か」
ハガネ
「特に腕が立つ者を選びました」
ヨーダイ
「そうか。リット。ユウギ」
ヨーダイ
「2人とも、よく来てくれた」
リット
「あの、王子」
茶猿族のメイド、リットが口を開いた。
種族の特徴として、髪は茶色い。
ヨーダイと同様に、猿の尻尾を持っていた。
ヨーダイ
「何だ?」
リット
「私たちは、何のために集められたのでしょうか?」
ヨーダイ
「まずは、お前たちの腕前が見たい」
ヨーダイ
「模擬戦か何か、やってみせて欲しい」
ユウギ
「ボーナスは出ますか?」
白馬族のメイド、ユウギが質問をしてきた。
表情に欠ける、銀髪の少女だった。
頭頂部には、馬の耳が見える。
腰からは、馬の尻尾が生えていた。
そのどちらも、美しい純白だった。
ヨーダイ
「どうなんだ?」
ヨーダイは、ハガネに尋ねた。
ヨーダイに、直接金銭を動かす権利は無い。
周囲に頼るしか無かった。
ハガネ
「少しなら」
ユウギ
「了解しました」
金さえ貰えれば、文句は無いらしい。
ユウギは、ヨーダイに従うことを、承諾した。
ハガネ
「この木剣を」
ハガネは用意してあった木剣を、2人に手渡そうとした。
ユウギ
「はい」
ユウギはすんなりと、剣を受け取った。
ユウギ
「用意は良い?」
リット
「えっ? 本気で戦うの?」
リットは戸惑いを見せたが、やはり剣を受け取った。
ユウギ
「心配しなくても良い」
ユウギ
「手加減はする」
リット
「むっ……」
リット
「べつに手加減なんて要らないんだけど?」
ユウギ
「そう?」
ユウギ
「だったらかかってくると良い」
リット
「言われなくても!」
先に相手に斬りかかったのは、リットの方だった。
ハガネ
「リットは少し、沸点が低いようですね」
ヨーダイ
「そのようだ」
ヨーダイ
「だが、見事だな」
ヨーダイの視線の先で、リットとユウギが斬り合いをしていた。
ヨーダイは、この世界の武術に詳しくは無い。
だから、2人のレベルがどの程度なのかは、分からなかった。
だが、少なくともヨーダイの目には、2人は優れた戦士に見えた。
ハガネ
「はい。腕は立ちます」
ハガネがヨーダイの感想に、お墨付きを与えた。




