その2の2「授乳と展望」
リンカ
「…………」
王宮に有る1室。
第1王妃のリンカが、安楽椅子に体を預けていた。
そのお腹は大きい。
妊娠後期らしい。
室内には、護衛の兵士や、世話役のメイドの姿も有った。
リンカが寛いでいると、外側から、部屋の扉がノックされた。
リンカ
「入りなさい」
リンカが許可を与えると、扉が開いた。
そして、兵士が入ってきた。
兵士
「王妃様……」
兵士
「陛下が……お倒れになられました……」
リンカ
「亡くなられたのかしら?」
兵士
「いえ」
兵士
「ですが、予断を許さない状況だということです」
リンカ
「そう」
リンカ
「生まれたばかりの王子に、まつりごとは不可能」
リンカ
「第1王妃であるこの私が、責務を預かるとしましょう」
兵士
「あの……?」
リンカ
「何かしら?」
兵士
「陛下の所へ、お訪ねになられないのですか?」
リンカ
「見て分からないのかしら?」
リンカ
「お腹が重いのよ。私」
リンカがグノンを訪ねたときには、彼はその人生を終えていた。
……。
ヨーダイの生誕から、3週間が経過した。
国王の死も、赤ん坊の生活には、さほど関わりが無かった。
夫の死は、ヨーキに衝撃を与えた。
だが彼女は、赤子の前では、気丈にふるまおうと努力していた。
母の強さのおかげで、ヨーダイの生活は、平穏そのものだった。
ヨーダイはのんびりと、母に授乳されていた。
ヨーダイ
(ママンのおっぱいうめえ)
ヨーダイ
(…………うん。認めよう)
ヨーダイ
(ゲームじゃないわ。コレ)
ヨーダイ
(もしゲームだったら、3週間も放置されて、生きてるわけねーし)
VRの体感時間は、現実のものと変わらない。
ゲームで1時間経ったと感じたら、現実でも1時間が経過している。
ヨーダイはこの世界で、3週間を過ごした。
ゲーム特有の、年代スキップなど無い。
1日1日を、自分の人生として過ごしてきた。
これがVRゲームの世界なら、まずありえないことだった。
3週間も日常シーンだけのシナリオなど、誰も得をしない。
そもそも、3週間もゲームを続ければ、肉体が死ぬ。
ありえるとすれば、病院などで治療を受けながら、ゲームをプレイしているということだが……。
外部からVRゴーグルを外せば、ゲームは強制終了するはずだ。
強制終了時点では、認識に混乱が起きることは有る。
だが、重度の後遺症が残るようなものでは無い。
ずっとベッドで寝ているよりは、健康で安全なはずだ。
誰かが彼を救助したのなら、起こしてしまうのが手っ取り早い。
強制終了することが、命に関わる。
そんな新種の不具合が見つかったという可能性も、無くは無い。
だがそれよりは、これが現実だという方が、ヨーダイには納得できた。
ヨーダイ
(ガチ異世界。ガチ転生ってヤツだな)
ヨーダイ
(……前世の俺はどうなったんだ?)
ヨーダイ
(死んだかな)
今、ヨーダイはこの世界に居る。
なら、向こうの世界のヨーヘイは、居なくなったはずだ。
今のヨーダイが、ヨーヘイのコピーなどで無いのなら。
ヨーダイ
(まあ良いか)
ヨーダイ
(サツキに死なれてから、生きててもあんまり楽しく無かったしな)
ヨーダイ
(AI開発の仕事も、一区切りついたし)
ヨーダイ
(べつに、死んだのは良いかな)
ヨーダイは、元の自分の人生について、あまり頓着しなかった。
仕事が中途半端だったのなら、焦ったかもしれない。
だが、前世の彼は、既に大仕事を終えていた。
やりきったという気持ちが大きかった。
愛する妻と共に、穏やかに生きていく。
そんなささやかな願いも、もう叶えようが無い。
ヨーダイ
(それよりも、ここから先のことを考えた方が、建設的だな)
ヨーダイはそう思い、母の乳を吸った。
美味な母乳が、彼の口内に流れ込んできた。
ヨーダイ
(それにしても、おっぱいうまいな)
ヨーキの母乳は、実にうまかった。
市販の牛乳などとは、比較にならない。
ヨーダイ
(俺が味○なら、巨大化してお城破壊してるよ)
ヨーダイ
(母乳ってのは、みんなこんなに美味しいものなのかな?)
ヨーダイ
(ママンのおっぱいが特別製なのか?)
ヨーダイ
(分からんけど、まあ良いか)
ヨーダイ
(うまうま)
ヨーダイは、食事を続けた。
甘美な喜びが、そこには有った。
ヨーダイ
(……って、違うだろ)
ヨーダイ
(これから先のことを考えるんだろ)
ヨーダイ
(あーおっぱいこええ。麻薬かよ)
ヨーダイはしぶしぶと、母の乳首から口をはなした。
そして思考した。
ヨーダイ
(ええと……)
ヨーダイ
(まず、俺が居るのは、大陸中央)
ヨーダイ
(ナナト王国の王都、トゥエルブエトだ)
ヨーダイ
(今の俺はヨーダイ=ビストスズ)
ヨーダイ
(国王グノンと、第2王妃であるヨーキの息子だ)
ヨーダイ
(長男であり、第1子。王子だ)
ヨーダイ
(王位継承権を持っている)
ヨーダイ
(未来の国王様ってことだ)
ヨーダイ
(俺が産まれた日に、国王は死んだらしい)
ヨーダイ
(だから、俺は大人になれば、王位を継ぐことになる)
ヨーダイ
(……普通ならな)
ヨーダイ
(ヨーダイは、無能だ)
ヨーダイ
(いずれ、そう言われることになる)
ヨーダイ
(国中から後ろ指をさされる、王家の恥さらしが俺だ)
ヨーダイ
(一方、ヨーダイには妹が居る)
ヨーダイ
(リンレイ=ビストスズ)
ヨーダイ
(腹違いの、正室の子供だ)
ヨーダイ
(まだ産まれちゃいないはずだが、もうじき産まれるだろう)
ヨーダイ
(ヨーダイと違い、彼女は優秀らしい)
ヨーダイ
(ヨーダイはなにかと、リンレイと比較されるようになるらしい)
ヨーダイ
(彼女に劣等感を抱く)
ヨーダイ
(そしてある日、それが爆発する)
ヨーダイ
(ヨーダイが放った刺客により、リンレイは、母であるリンカと共に、暗殺される)
ヨーダイ
(それが原因で、6伯爵家が王家に反旗を翻す)
ヨーダイ
(伯爵家と王家との、戦争が始まる)
ヨーダイ
(6伯爵家は、国の外周に領土を持つ、国防の要だ)
ヨーダイ
(相応の武力を持っている)
ヨーダイ
(一方でヨーダイは、無能王子と名高い)
ヨーダイ
(ヨーダイを支持する勢力は、多くは無かった)
ヨーダイ
(戦争は、6伯爵家の圧勝)
ヨーダイ
(王家は滅び、伯爵家同士の戦いになる)
ヨーダイ
(それが5英雄物語の、ストーリーだ)
ヨーダイ
(俺はその未来を知っている)
ヨーダイ
(だから、妹に嫉妬もしなければ、暗殺もしない)
ヨーダイ
(どう考えても、ゲーム通りの展開にはならないよな?)
ヨーダイ
(ヌルゲーか?)
ヨーダイ
(ヌルゲー始まっちゃったかー?)
ヨーダイ
(俺、やることねーな)
ヨーダイ
(ママンのおっぱいでもキメるか)
ヨーダイ
(んー。美味い)
ヨーダイ
(いけませんよ母上。乳首から反社会的薬物を垂れ流しては)
ヨーダイ
(青少年の育成に、実に良くない)
ヨーダイ
(悪い子が育ってしまいますよ)
ヨーダイ
(あっ……)
そのときヨーダイは、あることを思い出した。
ヨーダイ
(このまま行くと、母さん死ぬじゃん)
ヨーダイ
(たしか、流行り病で)
ヨーキの死については、ゲーム内のシナリオでさらりと触れられていた。
幼き日に母を失ったことが、ヨーダイの人格にうんたらかんたら。
短い描写だったが、ヨーダイは、5英雄物語を死ぬほどプレイしている。
母の死に関しても、頭の片隅に残っていた。
ヨーダイ
(……どうする?)
ヨーダイ
(赤ん坊の俺に、出来ることなんて無いぞ)
ヨーダイ
(いや……)
ヨーダイ
(母さんが流行り病にかかるのは、4年くらい後のはずだ)
ヨーダイ
(俺も4歳になる)
ヨーダイ
(言葉は話せるだろうし、今よりは、出来ることも増えるはず)
ヨーダイ
(ゲームのシナリオから外れるのは、良くないことかもしれないけど……)
ヨーダイ
(母さんを見捨てるような、外道にはなりたくないな)




