その24「開戦と無双」
ツヴァイ
「強い?」
ツヴァイ
「あのスベルキーに乗る王子が、どう戦うというのだ?」
マゴコロ
「すぐに分かる」
マゴコロ
「私も強くなったから、見てて。お父さん」
ツヴァイ
「マゴコロ……」
……。
ヨーダイたちの休憩スペース。
リンレイ
「逃げずに来たのね。にいさま」
妹のリンレイが、敵情視察に訪れていた。
ヨーダイは、余裕の有る態度で、リンレイを出迎えた。
ヨーダイ
「逃げる理由がねーからな」
リンレイ
「そうかしら?」
リンレイは、スベルキーを見た。
身長4メートルの機体だ。
地面に座り込んでいる今は、さらに頭が低い。
見上げるまでも無かった。
周囲のシャドウキャスターと見比べて、その小ささは、明らかに異質だった。
リンレイ
「相変わらず、貧相な機体ね」
リンレイ
「こんなシャドウキャスターで勝とうなんて、笑っちゃうわ」
ヨーダイ
「そうだな」
ヨーダイ
「チビだし短足だしデブだし、良いところが無い」
ヨーダイ
「けど、このチビが勝つ」
リンレイ
「…………!」
リンレイの表情が歪んだ。
ヨーダイの得体の知れない自信に、不気味さを感じているようだった。
不気味さは、リンレイの怒りを引き出した。
リンレイ
「にいさまなんか、私にたどり着けるかどうかも怪しいわ!」
なかば怒鳴るようにして、リンレイはそう言った。
リンレイの怒気を受けても、ヨーダイは平然としていた。
古くからそびえる古木のように、その芯は揺るがなかった。
ヨーダイ
「何回戦だ? 俺たちが当たるのは」
日常会話の時と同じ口調で、ヨーダイは尋ねた。
リンレイ
「……2回戦よ」
ヨーダイ
「意外と早い……ってことも無いか」
ヨーダイ
「1年は、12チームだからな」
ヨーダイ
「勝ち上がったとしても、全部で4か、3試合か」
リンレイ
「にいさまは4よ」
リンレイ
「私は当然シードだから、全部で3試合ね」
12チームでトーナメントを行った場合、試合数を平等にすることはできない。
必ずシード枠というものが発生する。
シードチームは、授業の成績などを参考にして、選別される。
リンレイたちのパーティは、成績上位だ。
彼女たちがシード枠に選ばれるのは、当然と言えた。
リンレイ
「当然、にいさまが1回戦で負けたら、私の勝ちなんだからね」
ヨーダイ
「分かってる」
ヨーダイ
「ちなみに、テルヒたちのパーティはどこらへんだ?」
テルヒは学年1の優等生だ。
シャドウキャスターの扱いにも、当然のように優れている。
おまけに、テルヒのパーティには、ゲームの主人公が2人居る。
5英雄物語は、シャドウキャスターを操って戦うゲームだ。
その主人公が弱いわけが無い。
1年生の部の、優勝候補だと言えた。
ヨーダイにとっても、多少は気になる相手だった。
リンレイ
「む……」
リンレイ
「私たちとは反対側だけど?」
ヨーダイ
「当たるなら決勝か」
リンレイ
「にいさま、私よりもヴァイスシバフのことが気になるの?」
ヨーダイ
「いや。なんとなくな」
リンレイ
「にいさまは、2回戦で私に負けるんだから」
リンレイ
「決勝になんか行けないんだから、気にしなくて良いのよ」
ヨーダイ
「1回戦で負けるんじゃなかったのか?」
リンレイ
「どっちでも同じでしょ!」
リンレイ
「私にごめんなさいって言うのを、楽しみにしてなさい!」
リンレイは、足早に去っていった。
マゴコロ
「ただいまー」
リンレイが去ってから少しすると、マゴコロが帰ってきた。
ヨーダイ
「どうだった?」
マゴコロ
「王子の強さを吹聴してきた」
ヨーダイ
「吹聴て」
ヨーダイ
「何か言われなかったか?」
マゴコロ
「普通」
ヨーダイ
「普通なら良いか」
マゴコロ
「王子」
ヨーダイ
「ん?」
マゴコロ
「私には、初恋の人が居る」
ヨーダイ
「ふーん」
マゴコロ
「ふーんなんだ……」
マゴコロは少しだけ、不機嫌そうな顔を見せた。
ヨーダイ
「どうしろってんだよ」
マゴコロ
「とにかく、だから、王子のことは好きじゃない」
マゴコロ
「あくまで友情。良い?」
ヨーダイ
「良いけど、急に何?」
マゴコロ
「なんとなく」
マゴコロ
「いくら王子が素敵でも、私はたぶらかされない」
ヨーダイ
「はぁ」
ヨーダイ
「それで、その初恋相手って、どこの誰なんだ?」
マゴコロ
「……分からない」
ヨーダイ
「誰かも分からないやつを好きなのか?」
マゴコロ
「変だってことは分かってる」
マゴコロ
「でも、好きになってしまうくらい、あの日の彼は素敵だった」
ヨーダイ
「ふーん? どんな感じだったんだ?」
マゴコロ
「それは……」
……。
マゴコロは、思い出話を終えた。
ヨーダイ
「なるほどなー」
ヨーダイ
「ちなみにさ、マゴコロ」
マゴコロ
「うん」
ヨーダイ
「お前の初恋の男って、俺だわ」
マゴコロ
「うん?」
ヨーダイ
「だから、お前の初恋、俺」
マゴコロ
「ふふっ。面白い」
マゴコロは笑った。
ヨーダイの言葉を、冗談だと思ったのだろう。
ヨーダイ
「いや……」
マゴコロ
「あっ、開会式が始まるよ。整列しよう」
そう言ってマゴコロは、マジェスティイヌに駆けていった。
話が出来る距離では、無くなってしまった。
マゴコロは、マジェスティイヌを駆け上がり、コックピットに入っていった。
ヨーダイ
「……まあ良いか」
ヨーダイ
「婚約者が居る身だしな。俺も」
ヨーダイは、18歳になったら、ヤミヅキと結婚することになっている。
必要な全てが済んだら、ヤミヅキとは別れるつもりではいる。
だからといって、自由恋愛が許されるような立場でも無かった。
ヨーダイの夢は、平民になることだ。
そうなってしまえば、伯爵令嬢のマゴコロとは、つりあわないだろう。
どちらにせよ、2人が恋仲になる可能性は、低そうだ。
ヨーダイは、そんな風に考えながら、スベルキーに足を向けた。
……。
開会式が始まった。
お決まりの、校長の挨拶などが行われた。
校長は、60歳ほどの白馬族の男で、スーツを着用していた。
彼は、台の上で背を伸ばし、スタンドマイクの前で、はきはきと話していた。
ヨーダイは、スベルキーのコックピットで、のんびりとそれを聞き流した。
校長に対する敬意など無い。
彼の話も、わりとどうでも良かった。
すこし待つと、校長の話は終わった。
開会式は終わり、ヨーダイたちは、休憩スペースに戻った。
マゴコロ
「はいこれ。トーナメント表」
スベルキーの隣に立つヨーダイに、マゴコロが、プリントを手渡してきた。
ヨーダイ
「ありがと」
プリントには、今日の試合のトーナメント表が、記されていた。
ヨーダイは、トーナメント表の細部を確認した。
ヨーダイ
「第1試合か。俺たちは」
マゴコロ
「そうみたい」
どうやら、ヨーダイたちの試合は、1番最初のようだ。
進行委員
「1年生の第1試合に参加される選手は、第3試合場に移動してください」
進行委員の生徒が、魔導スピーカーを使い、選手たちに呼びかけた。
マゴコロ
「行こう」
ヨーダイ
「おうよ」
2人は、シャドウキャスターに乗り込んだ。
そして機体を、第3試合場に移動させた。
広い訓練場に、試合場が3つ用意されている。
第3試合場では、1年生の試合が行われる。
ヨーダイが試合場に着いた時には、既に対戦相手の姿が有った。
ブリーメル
「よう。王子さま」
ブリーメル
「どうやら懲りて無かったみたいだな」
ヨーダイの目に、ラセンホーンの姿が映った。
操る機士は、ブリーメル。
因縁の相手だった。
ヨーダイ
「…………」
ヨーダイ
「誰だお前?」
ブリーメル
「ブリーメルさまだよ! 声だけだと分からねーのか!?」
ヨーダイ
「ブリーメルって誰だよ?」
ブリーメル
「あんだけ痛い目あわせてやったのを、忘れたってのかァ!?」
ヨーダイ
「はいはい。思い出した思い出した」
ブリーメル
「そのバカな脳味噌でも、ようやく思い出せたみたいだなぁ」
ブリーメル
「1回戦で俺たちと当たったのは、運が悪かったぜ。バカ王子」
ブリーメル
「大勢が見てる前で、辱めてやる」
ヨーダイ
「きっしょ」
ブリーメル
「んだとコラァ!?」
ヨーダイ
「けど、1回戦がお前らで良かったぜ」
ブリーメル
「あ?」
ヨーダイ
「途中で脱落されたら、俺が直接ぶっ飛ばせねえからな」
ブリーメル
「……ふっ。はははっ!」
ブリーメル
「ホントに頭悪いらしいな。バカ王子は」
ブリーメル
「思い知らせてやった実力差も、忘れちまったらしい」
ヨーダイ
「どうかな?」
そのとき、審判の機体が近付いてきた。
ダイチランザルだ。
コンジ
「お前たち、用意は良いか?」
審判機から、教師のコンジの声が聞こえた。
彼が今回の審判らしい。
ヨーダイ
「はい。いつでも始めてください」
ブリーメル
「こっちも良いぜ。先生」
コンジ
「それでは……」
コンジ
「第1学年、第1試合、開始ッ!」
試合場を、半透明の、薄青い壁が包み込んだ。
観客を守るための、魔導障壁だ。
試合が始まった。
……。
リンレイ
「…………」
リンレイは、自身の機体のそばで、ヨーダイの試合を見守っていた。
勝って欲しいと思っているのか。
それとも、負けて欲しいと思っているのか。
その無表情からは、うかがい知ることができなかった。
ヤミヅキ
「ヨーダイさまー! がんばってくださーい!」
リンレイの隣で、ヤミヅキがヨーダイに声援を送った。
リンレイ
「うるさいわよ」
リンレイは、ヤミヅキを睨みつけた。
不機嫌らしかった。
ヤミヅキ
「……すいません」
ヤミヅキ
「ヨーダイさまー。がんばってくださーい」
ヤミヅキは、小声でヨーダイを応援した。
……。
ブリーメル
「行くぜェ!」
ブリーメルの機体が、抜刀した。
そして、ヨーダイのスベルキーに襲いかかろうとした。
ヨーダイ
「悪いが……」
ヨーダイは、スベルキーを操った。
スベルキーの手のひらが、相手の機体に向けられた。
ヨーダイ
「この1撃で、終わりだ」
ブリーメル
「あ……?」
ヨーダイ
「吹き飛べ」
手のひらの魔石が、輝いた。
スベルキーの前方に、巨大な火球が出現した。
火球は急激に加速し、ブリーメルの機体へと向かった。
回避できる速度では無かった。
火球とラセンホーンが接触した。
ラセンホーンの下半身で、爆発が起きた。
ブリーメル
「うわああああああぁぁぁっ!?」
爆炎によって、ラセンホーンの巨体が、宙へと舞った。
その高度は、機体の身長を、遥かに超えていた。
バッカス
「ブリーメル!?」
ブリーメルの仲間が、驚きの声を上げた。
ヨーダイ
「お前らも、飛んどけ」
ヨーダイは、立て続けに火球を放った。
3体のシャドウキャスターが、続けて宙を舞った。
バッカス
「ひぎゃあああああああぁぁぁっ!」