その22「妹と契約」
リンレイ
「にいさまは私の召使いなんだから……!」
リンレイ
「私から離れていくなんて、絶対に許さないわ! この恩知らず!」
ヨーダイ
「恩……?」
リンレイ
「今まで無能なにいさまの、面倒を見てあげたのを忘れたの?」
ヨーダイ
「面倒……?」
リンレイ
「どうして本気で悩んでるの!?」
リンレイ
「弱いにいさまと、パーティを組んであげたでしょう?」
ヨーダイ
「ああ。うん。ありがとう?」
リンレイ
「なんで疑問系!?」
ヨーダイ
「いやいや。とても感謝していますよ。たぶん」
リンレイ
「とにかく、反抗期なんて認めないわ」
ヨーダイ
「怖いのか? 俺に負けるのが」
ヨーダイは、人をバカにしたような笑みを浮かべた。
1度ケンカを売った以上、リンレイに逃げられるのはまずい。
自分の反意が、リンカに伝わるかもしれないからだ。
ヨーダイには、リンレイを煽り立てる必要が有った。
リンレイ
「負けるなんてありえないわ」
リンレイは、お姫様だ。
プライドが高い。
ヨーダイの挑発は、効いているはずだった。
だが何故か、リンレイはなかなか、勝負に乗ってきてはくれなかった。
逃がさない。
逃がすわけにはいかない。
ヨーダイは、さらに言葉を重ねた。
ヨーダイ
「だったらどうして勝負を受けない?」
リンレイ
「そういう申し出をすること自体が、身の程知らずだって言ってるのよ」
ヨーダイ
「身の程を教えてくれよ。武術会で」
ヨーダイ
「大事なものを賭けて、大舞台で叩きのめされれば、バカな俺にも理解出来ると思うんだがなあ?」
リンレイ
「……そう?」
ヨーダイ
「ああ。さすがに現実を見せられたらな」
ヨーダイ
「2度とこんな生意気なことを言うことも、起きないと思うんだがなあ……?」
リンレイ
「そうなんだ……?」
リンレイ
「私が勝ったら、何だって言うことを聞くのよね?」
ヨーダイ
「そうだな」
リンレイの側に、自分の要求を呑ませるのだ。
こちらが何もしないというわけにはいかない。
もし負ければ、ヨーダイはリンレイに従うつもりだった。
負けるつもりは無かったが。
リンレイ
「本当に、どんなことだって聞くのよね?」
ヨーダイ
「ああ」
リンレイ
「……良いわ。受けてあげる」
ヨーダイ
「ありがとう」
ヨーダイ
「そっちが勝ったら、何を命令するんだ?」
リンレイ
「勝ってから言うわ」
ヨーダイ
「分かった」
ヨーダイ
「それじゃ、この誓約書にサインをしてくれるか?」
ヨーダイは、学生鞄から誓約書を取り出した。
魔導契約書だった。
リンレイ
「えっ? 誓約書って……」
リンレイ
「そんな物なくたって、約束は守るわよ。王族の誇りに賭けてね」
ヨーダイ
「そうは言うがな」
ヨーダイ
「俺はお前より、立場が弱い」
ヨーダイ
「あとになって、あれはナシだと言って、母親に泣きつかれたら困る」
リンレイ
「そんなことしないわよ」
ヨーダイ
「だったら、誓約書にサインをしても、問題は無いな?」
リンレイ
「えっ? そうね」
ヨーダイ
「頼む」
ヨーダイは、リビングルームに移動した。
そして、誓約書と短刀を、ソファの前のテーブルに置いた。
ヨーダイ
「署名は血液でやってくれ」
リンレイ
「本格的ね? 痛いのは嫌なんだけど?」
ヨーダイ
「頼む」
リンレイ
「分かったわ。まったく、にいさまってば心配性なんだから」
リンレイ
「勝ったときの心配よりも、負けたときを心配した方が、良いと思うけど?」
ヨーダイ
「かもな」
リンレイは、誓約書を手に取った。
そして、内容に目を通した。
最初から最後まで読むと、また最初から読み返した。
リンレイは、それを何度も繰り返した。
リンレイ
「特に問題は無さそうね」
10度ほど読み返すと、リンレイは、誓約書をテーブルに戻した。
ヨーダイ
「疑ってたのか? 悲しいぜ」
リンレイ
「かあさまが、書類にはちゃんと目を通しなさいって言ってたもの」
ヨーダイ
「そうか。あいつらしいな」
ヨーダイ
「ご覧の通り、小細工は無しだ」
ヨーダイには、真っ向勝負で勝つ自信が有った。
小細工は、見破られたらそれで終わりだ。
そんなものに頼るつもりは無かった。
ヨーダイ
「俺は正々堂々と、正面からお前に勝つ」
リンレイ
「それは無理よ」
リンレイは、断言した。
自身の言葉を、微塵も疑っていない様子だった。
リンレイ
「ところでにいさま」
リンレイ
「その喋り方だけど……」
ヨーダイ
「元に戻した方がよろしいですか? リンレイさま」
ヨーダイ
「どうせ武術会までの話ですからね。こうしてあなたに仕えるのも」
リンレイ
「そのままで良いわ」
リンレイ
「ワイルドなにいさまって、新鮮だし」
リンレイ
「そうして強がっているにいさまを、負かすのが楽しみだわ」
ヨーダイ
「せいぜい楽しみにしておけ」
翌日。
ダンジョン実習の時間。
マゴコロ
「…………」
マゴコロは前と変わらず、ヨーダイのことを待っていた。
ヨーダイ
「よっ」
ヨーダイが、ダンジョンドームに、ふらりと顔を見せた。
マゴコロ
「よっ」
ヨーダイの短い挨拶に対し、マゴコロも短く返した。
ヨーダイ
「……この前は悪かったな」
マゴコロ
「何が?」
ヨーダイ
「俺のせいで、酷い目に遭わせた」
マゴコロ
「それは違う」
マゴコロ
「私が怪我をしたのは、私が弱かったから」
ヨーダイ
「違う」
ヨーダイ
「俺が弱かったんだ」
マゴコロ
「違う。私が弱かった」
ヨーダイ
「俺が……」
ヨーダイ
「…………」
マゴコロ
「…………」
ヨーダイは、苦笑した。
マゴコロは、微笑んだ。
ヨーダイ
「俺たち、弱かったな」
マゴコロ
「そうかも」
ヨーダイ
「けど、ちょっと背伸びしてみることにした」
マゴコロ
「背伸び?」
ヨーダイ
「強くなる。その方法も見つけたつもりだ」
ヨーダイ
「俺と一緒に来るか?」
マゴコロ
「うん。行く」
マゴコロは、迷わず答えた。
ヨーダイ
「急ごう。使える時間は限られてるからな」
ヨーダイ
「それと、武器はロッカールームに戻してきてくれ」
マゴコロ
「わかった」
マゴコロはヨーダイと、ロッカールームの前まで歩いた。
扉の前に来ると、マゴコロは、1人でロッカールームに入った。
女子のロッカールームは、男子とは別になっている。
着替えに使う場所なので、当然の処置だった。
マゴコロは、装備をロッカーにしまい、部屋を出た。
マゴコロがロッカールームから出てくると、ヨーダイは歩き始めた。
マゴコロは、素直に彼の後に続いた。
2人は校舎を出た。
そして、シャドウキャスターの格納庫へとたどり着いた。
マゴコロ
「格納庫……?」
ヨーダイは、まっすぐにスベルキーの所へ向かった。
シロー
「ボウズ。またサボりか?」
学校お抱えの技師長、シローが声をかけてきた。
シローは茶猿族の痩せ型の男で、年は40過ぎ。
グレーの作業着を身に付けていた。
ヨーダイ
「まあ」
ヨーダイは、曖昧に答えた。
彼は、自分がしていることの詳細を、シローに知らせてはいない。
シロー
「しかも今度は女連れかよ。良いご身分だな」
ヨーダイ
「単位は問題無いから、心配しないでください」
シロー
「バーロー。誰が心配なんかするかよ」
ヨーダイ
「スベルキーを使います」
シロー
「俺たちは、そいつを預かってるだけだ。好きにしろ」
ヨーダイが勝手なことをしても、シローはあまり気にしない様子だった。
ヨーダイは、シローにぺこりと頭を下げた。
それに釣られ、マゴコロも頭を下げた。
シローはそれには反応せず、自分の仕事に戻っていった。
ヨーダイは、スベルキーの前に立った。
スベルキーは、膝を90度曲げた姿勢で、格納庫に座り込んでいた。
ヨーダイは、スベルキーの脚をのぼって、膝の上に立った。
そこからコックピットハッチにジャンプした。
上から下へと開かれたハッチは、足場の役割を果たしていた。
ヨーダイ
「マゴコロ。来いよ」
ヨーダイは、パイロットシートから、マゴコロを呼んだ。
マゴコロ
「……うん」
マゴコロは、ヨーダイと同様のルートで、コックピットへと入って来た。
マゴコロ
「狭いね?」
コックピットに入るなり、マゴコロはそう言った。
実際、スベルキーのコックピットは、他のシャドウキャスターよりも狭い。
快適とは言い難かった。
ヨーダイ
「ドチビだからな。こいつは」
ヨーダイ
「膝の上にでも座ってくれ」
マゴコロ
「良いの?」
ヨーダイ
「他に無いだろ」
マゴコロ
「分かった」
マゴコロはヨーダイの膝上に座った。
マゴコロの体が、ヨーダイに密着した。
男を誘惑する香りが、ヨーダイの鼻をくすぐった。
ヨーダイ
(まずいな……)
ヨーダイ
(思ってたより、マゴコロも女だ)
ヨーダイはマゴコロのことを、あまり異性として意識してはいなかった。
女というよりも、少女だと思っていた。
それに、ややボーイッシュな雰囲気が有る。
だが、こうして密着してみると、どうしようもなく女だと分かった。
大切な友人に、性欲を向けたくは無かった。
ヨーダイは、マゴコロの女の部分を、意識しないように努めた。
そして、魔導レバーを握った。
スベルキーのコックピットハッチが、閉じられた。
ヨーダイ
「第9格納庫。スベルキー、発進します」
スベルキーが、立ち上がった。
そして、歩き始めた。
格納庫の外へ。
開けた場所へ。
スベルキーは、青空の下に立った。
ヨーダイ
「時間がもったいない。走らせる。揺れるぞ」
マゴコロ
「うん……。わっ!」
スベルキーは、走り始めた。
小柄だが、人と比べれば、遥かに速く走る。
あっという間に、訓練場を走りぬけた。
そして、都市の外壁をよじ登っていった。
マゴコロ
「登れるんだね」
ヨーダイ
「手のひらの魔石で吸い付いてるんだ」
マゴコロ
「へぇ」
スベルキーは外壁から下り、平野に立った。
そして、再び高速で走りはじめた。
マゴコロ
「けっこう早いね」
ヨーダイ
「こう見えて、猫よりもスピードが出るぜ」
マゴコロ
「それ、猫に言っちゃダメだよ」
ヨーダイ
「ん? ああ」
ヨーダイは、スベルキーを走らせ続けた。
すると、ダンジョンドームが見えてきた。
ヨーダイ
「見えたぞ」
マゴコロ
「ダンジョンドーム?」