その9「魔力吸収とアイテムドロップ」
前話の投稿時点では主人公がトキシックボアに使用する呪文を地属性にしていたのですが
火属性に変更しました。
ご了承下さい。
ハガネ
「当然です」
ハガネは、メガネをクイッと押し上げた。
そして言った。
ハガネ
「トキシックボアの属性は水」
ハガネ
「水属性の魔獣は、火属性の魔術を吸収します」
ハガネ
「今の王子の呪文では、トキシックボアには通用しません」
魔獣は属性を持つ。
火や水などの、魔力属性だ。
魔獣は自身の属性に応じて、得意属性と弱点属性を持つ。
弱点属性で攻撃すれば、魔獣に大打撃を与えられる。
逆に、得意属性で攻撃すれば、吸収されてしまう。
冒険者なら誰でも知っている、常識だった。
ハガネ
「そうお教えしたはずなのですが……」
リット
「っ! 来ますよ!」
大蛇
「シャーッ!」
蛇は、リットに飛びかかろうとした。
対するリットは、蛇を剣で撃退しようとした。
ヨーダイ
「殺すな!」
ヨーダイの声が、リットを止めた。
リット
「えっ……」
リットは戸惑いながら、蛇の攻撃を回避した。
蛇に対し、リットは格上だ。
回避は難しくは無かった。
だが、回避しただけでは、蛇は無傷だ。
戦闘能力は、1寸も失われてはいない。
再びリットに襲いかかろうとした。
……早く倒してしまいたい。
リットの心中に、そんな気持ちが芽生えた。
ヨーダイ
「頼む! そのまま耐えてくれ!」
リットが戦うことを、ヨーダイは許してはくれなかった。
リット
「えっ? えっ?」
予想しなかった状況に、リットは混乱した。
ユウギ
「落ち着いて」
ユウギ
「聡明な王子のことだから、何か考えが有るはず」
ユウギはそう言って、リットを落ち着かせようとした。
リット
「けど、3歳だよ!?」
ユウギ
「あれはかしこい3歳だから」
リット
「っ……!」
ヨーダイ
「ほむら矢」
リットの回避が安定してくると、ヨーダイは再び、呪文を唱えた。
火属性の呪文は、またしても蛇に吸収されてしまった。
ヨーダイ
「ほむら矢、ほむら矢、ほむら矢、ほむら矢」
ヨーダイは、それでも呪文を繰り返した。
すると……。
リット
「敵の動きが速くなってきてるんだけど!?」
トキシックボアが、動きの鋭さを増していた。
ユウギ
「王子の魔力を吸った分、強くなってる」
魔術を吸収されるということは、魔力を奪われるということだ。
魔獣が魔力を得るということだ。
魔獣にとって、魔力はパワーだ。
魔力が増えれば、強さも増す。
リット
「王子!?」
徐々に強くなる蛇に、リットは焦りを覚えた。
リットのレベルは36。
トキシックボアの基本レベルは3。
元の能力に、圧倒的な差が有る。
少し強くなったくらいで、ピンチになったりはしない。
それでも……。
敵が強くなっていくというのは、良い心地では無かった。
ヨーダイ
「ほむら矢、ほむら矢、ほむら矢、ほむら矢」
ヨーダイは、リットの戸惑いを無視し、呪文を放ち続けた。
そして……。
ヨーダイ
「う……」
ヨーダイは、膝をついた。
ハガネ
「王子……!?」
ヨーダイ
「だいじょうぶ。ただの魔力切れだ」
ヨーダイ
「……今の俺では、ここいらが限界のようだ」
ヨーダイのクラスレベルは、まだ1桁だ。
初級の呪文であっても、撃ち続けることはできない。
潮時だ。
ヨーダイは、そう判断した。
ヨーダイ
「リット。もう倒して良いぞ」
リット
「っ! はいっ!」
やっと許しが出た。
開放感と共に、リットは蛇に斬りかかった。
強化されていても、やはり格下だ。
攻撃を当てることは、特に難しくは無かった。
とはいえ、生命力が増しているらしく、1撃では倒れなかった。
ユウギ
「ふっ」
ユウギがフォローに入った。
蛇の側面に立ち、袈裟斬りを放った。
直撃だった。
蛇は絶命し、光と共に消滅した。
そして……。
リット
「あっ……」
蛇が居た場所に、何か落ちているのが見えた。
瓶だ。
透明な薬瓶の中に、緑色の液体が入っていた。
リット
「これって……」
ヨーダイ
「解毒ポーションだな」
魔獣が落とすアイテムは、あらかじめ決まっている。
トキシックボアであれば、解毒ポーションを落とす。
その法則が、変わることは無い。
ハガネ
「ただの幸運……では無いのですね?」
ハガネが尋ねた。
ドロップアイテムが出現することは、稀だ。
千体の魔獣を倒して、ようやく1つ手に入れられる。
それほどの物だ。
それが2体目で出てしまった。
ただの運だとすれば、とんでもない強運だと言わざるをえない。
ヨーダイ
「ああ」
当然、ただの運などでは無い。
ヨーダイ
「魔獣に、得意属性の呪文を吸収させ、強化する」
ヨーダイ
「すると、アイテムのドロップ率が上昇するんだ」
ヨーダイ
「100%出るってわけじゃないから、初回で出たのは運が良かったけどな」
ユウギ
「初耳です」
ヨーダイ
「皆にはナイショだぞ」
ユウギ
「口止め料とかいただけますか?」
ヨーダイ
「このポーションをやろう」
ユウギ
「良いんですか?」
ヨーダイ
「どうせ、いくつかストックしておく予定だったからな」
ヨーダイ
「もし家族が流行り病にかかったら、飲ませてやると良い」
リット
「良いな~」
ヨーダイ
「次が出たら、お前にやるよ」
リット
「ありがとうございます!」
ヨーダイ
「……とはいえ、魔力を使い果たした」
ヨーダイ
「今日はここまでだな」
ハガネ
「お城に……」
ヨーダイ
「6層に行こう」
ハガネ
「えっ?」
ヨーダイ
「えっ?」
ハガネ
「王都に戻るのではないのですか?」
ヨーダイは、冒険者の腕輪を操作した。
触らずとも、念じるだけで操作は可能だ。
一種の脳波コントロールだと言える。
ヨーダイは、腕輪の機能で、時計を表示させた。
ヨーダイ
「見ろ。まだ少し時間が有る」
ヨーダイ
「まだまだレベルを上げられるぞ」
ハガネ
「いいから帰りますよ」
ハガネはヨーダイを抱え上げた。
ヨーダイ
「ああっ……!」
猫で2時間走り、王都に帰宅した。
王都についた時には、既に夕方だった。
それから少しして、ヨーキとの夕食になった。
ヨーキの部屋。
食事用のテーブルで、ヨーダイは、ヨーキの隣に座った。
ヨーキ
「今日のお昼はどうしたのですか?」
ヨーダイ
「蛇を美味しくいただきました」
ヨーキ
「蛇?」
ヨーキ
「ハガネはあなたに、蛇を食べさせているのですか?」
ヨーキ
「……少し話し合う必要が有るようですね」
ヨーダイ
「アッイエ。ヘビ違います」
ヨーダイ
「蛇のように細長い、珍しい魚をいただきました」
ヨーダイ
「ユナギとか言いましたかね。ははは……」
ヨーキ
「ユナギですか。変わった名前ですね」
ヨーキ
「美味しかったですか?」
ヨーダイ
「はい」
ヨーキ
「私も今度、食べてみたいですね」
ヨーダイ
「……とても珍しい魚らしいので、難しいかもしれません」
ヨーキ
「そうなのですか?」
ヨーダイ
「残念ながら」
ヨーキ
「残念ですねえ」
……。
ヨーダイが最初にダンジョンに潜った日から、1ヶ月が経過した。
この日もヨーダイは、ハガネたちとダンジョンに居た。
リット
「そぉい!」
大蛇
「グギャアアア!」
リットの剣が、蛇を切り捨てた。
後には解毒ポーションが落ちた。
ヨーダイが火の魔術を吸わせたおかげだった。
リット
「出ましたね」
ヨーダイ
(これで10本目か)
魔術を吸わせたからといって、必ずポーションが手に入るわけでは無い。
だが、普通に魔獣を狩るよりは、遥かに確率は高い。
1ヶ月で10本というのは、並の冒険者と比べれば、驚異的な数だった。
ヨーダイ
(母上の治療用、念のための自分用、リットたちへの報酬)
ヨーダイ
(十分だな)
ヨーダイ
「ポーション集めは、これで1区切りにしよう」
ヨーダイはそう決めた。
ハガネ
「はい」
ハガネたちにも、反対する理由は無い。
一行は、帰還することになった。
……。
ヨーダイたちは、迷宮都市を後にした。
そして、王都の城の前まで戻ってきた。
ヨーダイ
「リット。ユウギ。今までありがとう」
猫から下りると、ヨーダイは2人にそう言った。
ユウギ
「仕事ですから」
リット
「これで終わりだと思うと、ちょっと寂しい気もしますね」
ヨーダイ
「そうだな」
ヨーダイ
「お前たちのおかげで、楽しかった」
ヨーダイ
「本当に楽しかった」
ヨーダイ
「みんな、今までありがとう」
ヨーダイは、頭を下げた。
リット
「そんな……! 頭を上げて下さい……!」
ユウギ
「王子が軽々しく、頭を下げるものでは無いですよ」
ヨーダイ
「そうか」
ヨーダイ
「けど、俺はバカ王子だから、良いんだ」
ハガネ
「良くは無いです」
ヨーダイ
「うるさい」
ヨーダイ
「……ユウギ。ポーションを出してくれ」
ユウギ
「はい」
ユウギは、スキルでポーションを出現させた。
全部で10本。
その全てを、ユウギが保管していた。
ユウギは手に取ったポーションを、ヨーダイに渡した。
ヨーダイ
「それじゃあ、これはお前たちの分だ」
ヨーダイは、ポーションを2本ずつ、3人に渡していった。
ヨーダイの手元には、4本のポーションが残った。
ハガネ
「え……?」
ヨーダイ
「どうした?」
ハガネ
「私もですか?」
ヨーダイ
「俺のわがままを聞いてくれたんだ。当然だろう?」
ハガネ
「…………」
リット
「2本もいただいてしまって良いのでしょうか?」
ヨーダイ
「ああ。俺も2本有れば十分だしな」
ヨーダイ
「とはいえ、3本ずつは分けられないから、4本は貰っておくことにしたが」
リット
「…………」
ヨーダイ
「リット?」
ユウギ
「王子は変わっていますね」
ヨーダイ
「えっ?」
……。
それから1年ほどが経過した。
ヨーダイは、私室で計算問題と向き合っていた。
問題を解き終わると、ヨーダイはハガネに声をかけた。
ヨーダイ
「出来たぞ」
ハガネ
「相変わらず、算数は完璧ですね」
ヨーダイ
「得意分野だ」
ヨーダイ
「もっと難しい問題を出しても良いぞ」
ハガネ
「考えておきましょう」
ヨーダイ
「さて、母上の顔を見に行くか」
ハガネ
「ふふっ」
ヨーダイ
「どうした?」
ハガネ
「いえ。なんでも」
特に理由も無く、ヨーダイは、ヨーキの部屋へと向かった。
部屋の前に立つと、ヨーダイは扉をノックした。
ヨーキ
「どうぞ」
4歳児のヨーダイでも、もうドアノブを回すくらいは出来る。
自力で扉を開け、部屋に入った。
中を見ると、ヨーキは椅子に座ってくつろいでいた。
その近くには、メイドの姿も見えた。
ヨーダイ
「母上」
ヨーキ
「いらっしゃい。ハガネさんも」
ハガネ
「失礼します」
ヨーキ
「ちょうど良い所に来ましたね」
ヨーダイ
「どういうことですか?」
ヨーキ
「実は、国王代理であるリンカ様から、お茶に誘われているのです」
ヨーキ
「それでリンカ様が、1度あなたとも話してみたいと仰っていて」
ヨーキ
「嫌で無ければ、一緒にリンカ様の所に行きませんか?」
ヨーダイ
「分かりました」
ヨーダイは、素直に承諾した。
リンカのことは、遠くから見たことは有るが、会話をしたことは無い。
1度話しておくのも良いかもしれない。
そう思っていた。
ハガネ
「私はこれで……」
ヨーダイ
「待て」
去ろうとしたハガネを、ヨーダイが呼び止めた。
ヨーダイ
「リンカ様に対して、粗相が有っては困る」
ヨーダイ
「俺がヘマをしないように、近くで見張っていてくれ」
ハガネ
「……分かりました」
ヨーダイたち親子は、ハガネと共に部屋を出た。
廊下を歩き、リンカの部屋へと向かった。
一行の先頭には、ヨーキの世話役のメイドが、先行していた。
ヨーダイ
「母上。最近国内で、疫病がはやっているそうですよ」
ヨーキ
「またそのお話?」
ヨーダイ
「大事な話です。なので母上……」
ヨーキ
「手洗いうがいでしょう? 分かっているわ」
ヨーダイ
「それなら良いのですが」
ヨーキ
「ふふっ」
一行は、リンカの部屋の前に到着した。
メイドが扉をノックした。
リンカ
「誰?」
メイド
「ヨーキ様をお連れしました」
リンカ
「入りなさい」