前日祭の日を目前にし、そして学祭当日も目前となる
一人残った教室で、三崎は意見箱をひっくり返した。
もはや意見箱は、意見を集める役目は果たしていなかった。
「……公では言えないこと、言いたい放題だな……。ま、いいけどさ」
メモは二十枚ほど。
封筒は三通入っていた。
無造作につまんだメモを広げて見る。
「……『いい気になるな』か。学祭終わるまでの我慢だ。それが終わったらいつも通りにしてやるよ」
そうつぶやくと、折り目の通りに畳んで内ポケットにしまった。
そしてまた別の一枚を広げる。
「……『七瀬と話ができてうれしいか?』って……。向こうは、学祭以外はどうでもいいと思ってんだろ? 俺だってそうだよ。次は……」
目につくのは罵詈雑言。
学祭への意見を投稿する目的だったものが、三崎への個人攻撃が主になっている。
最後の最後までこれかよ、つくづく面倒な物を作ってくれたな、と三崎は七瀬に心の中で毒気づいた。
六枚ほど、そんな中身を続けて目にしたその次のメモ。
「……ん? 『卓球部に何の用が来たのか知らんが、お疲れさん。最近忙しくて、協力したいんだがちと難しい。成功を祈る。』って……。無記名の意味、ねぇだろ」
クラスメイトの中に何人か卓球部員はいる。
自分に絡んでくる部員と言えば、長浜しか当てはまらない。
仏頂面でメモに目を通し続けてきたが、このメモを呼んだ時には、三崎の口はやや歪んだ。
「さて次は……何だこりゃ?」
そのメモに書かれていた文面を見て目が点になった。
「……『あの様子じゃ、封筒は見てないようね。封筒も読むように! 七瀬より』……って……。何でメモの文まで命令口調なんだよ。つか、封筒の中の一通は自分が出したっつーことだよな?」
学業成績は優秀だけど、こういうことには抜けてるところがあるのか? と三崎は呆れてため息をつく。
実は三崎は、封をされている封筒の中身はまだ開けていなかった。
見透かしたような七瀬からのメモを、ハイハイあとで読みますよと呟きながら、今まで読んだメモ同様、内ポケットにしまい込んだ。
そうして一通りメモを呼んだ三崎は、これまでと同じように全て丁寧にポケットの中に入れ、箱を元に戻した。
この箱の役目も、前日祭と学祭の二日で終わる。
そして自分の役目も終わる。
これまでのことを振り返っても、特に感慨深いことはない。
無理やり押し付けられた責任を、ただ自分なりに淡々と進めてきただけのこと。
それでも、つい思い返してしまう。
そして明後日の学祭のことを思いながら、三崎は仕切り板によって作られた通路を辿る。
黒板側の入り口から窓の方に進み、折り返して今度は廊下側の壁に進む。
そんな蛇行するようなレイアウトを考えたのも三崎だった。
そして教室の後ろの出入り口に到着する。
その手前には自分の席が設けている。
全問正解のチェックをし、それを成し遂げたな入室者に賞品を渡すためのもの。
けれど、ずっと思い続けていたように、全問正解をさせる気はない。
自分のことを好こうが好かれまいが
自分のことを嫌おうが嫌われまいが
あの事実は事実として、確認した者なら誰にでも明らかで、そこに何の疑う余地もない。
その事実はおそらく、誰からも感心を得られること間違いなし。
「たとえ俺が、クラス中から嫌われようが、な。……やれることって、これくらいだし」
※※※※※ ※※※※※
前日祭の日。
三崎はクラスメイトのほとんどから集中攻撃を受けていた。
「クイズ大会なんだよな? 俺らに見せたくないってのは、昨日聞いた。問題が書かれた紙を破かれるかもしれないって。だからと言って、何にもしないってのはどうなんだよ」
「やる気ないの? 誰よ、こいつを責任者にしたの」
「問題用意したって言われても、こうも徹底して俺達に見せないようにするってのはなぁ」
「賞品の実物は見せてもらったけどよ……。催し物はただのくじ引きでもよかったんじゃねぇの?」
その集中砲火が止む頃には……。
「あたし、部活のイベントの方が忙しいからそっち行くわ。バイバイ」
「考えてみりゃ、賞品出なくなってこっちでくじ引きってのも、たった二人だけだろ? 一万近いメモカは欲しいと思うけど、無理だろうしな。じゃ、ここはお前らで勝手にやってろよ」
教室に残ったクラスメイトは、三崎以外に五、六人といったところだ。
「問題貼りだすのも一人でやるって言うけど……何か手伝えることがあったら遠慮なく言えよな?」
「俺も部活のイベントあるけど、多分そっちでも退屈すると思うから、こっちにも顔出すつもりでいるしさ」
相変わらず三崎を構う立川と長浜。
「三崎君、明日はずっとここにいるの?」
「もちろん。それが?」
「生徒会で校内を循環するんだけど、お昼時間に合わせてここに来てもいいよ? ご飯の時は流石に誰かと交代しなきゃいけないでしょ?」
「弁当持ってくるつもりだよ。それにあまり飲み食いするつもりはないし、一人でも大丈夫」
七瀬はかなり心配しているのが分かる。
こうもクラスメイトからそっぽを向かれては、一人で何とかできると言っても限界も出てくるだろう。
「飲み食いするつもりはないって……」
「飲んだり食ったりすると、トイレに行きたくなるだろ?」
「おい。そこまで気にするこたぁねぇだろうが」
「大丈夫だよ、中辻君。心配してくれてありがと。でも、何かミスがあったら、みんな責任者のせいにするだろうし、そんなことされたくないから、なるべく自分の目を行き届かせたいんだ」
呆れるやら感心するやら。
中辻は、三崎の頑固さに両手を上げる。
「責任感あり過ぎじゃねぇの? ある意味適任者ってこったよな、なぁ」
「でも何かトラブルあったらヤバいだろ。俺も特に部活でも重要なポジションじゃないから、ここら辺うろついてる。何かあったら俺を呼べ。七瀬さんとか、誰か必要な人材見つけてくるから。いいよな? 長浜」
「そうだな。それくらいの役目をしてくれる人は必要だよな。悪いが田宮、頼むわ」
確かにこの場から離れられない役目の三崎が助けが必要になっても、誰かがやってこない限りはそのトラブルは解決できない。
その申し出に三崎は感謝しながら快諾した。
前日祭は、学祭当日では楽しむことができない生徒達のために設けてある日程だ。
こうして最後の申し合わせも終えたクラスメイト達も教室を後にした。
ここでも一人三崎は残る。
「あ、忘れてた。解答用紙にできるメモ用紙、用意しとかないとな……。あと、鉛筆か何かも必要かな? 答えを書ける人もいないだろうけど。あとは……」
生徒会所属の七瀬もだが、本来なら今頃校内をぶらついていたはずの三崎もまた、最後まで準備を怠ることなく、前日祭の一日を何とかやり過ごし、学祭の日を迎えるのだった。




