本人は気付かないだろうけど、誰もがその急激な変化についていけなくなりそうだったり
その日の日程がすべて終了した後、三崎はすぐさま教室を飛び出した。
普段は緩慢な動きが目立つ方。
それが、急に動きが早くなる。
誰もが何事かとそんな三崎を目で追い、教室から姿を消すとそばにいる者同士で好奇の話題にされた。
一方の三崎は、まるで一刻すら惜しむかのように廊下を走る。
行き先は、久々の職員室。
たった一人の囲碁将棋同好会の活動場所。
それも学祭の行事により休止中。
しかし目的は同好会の活動ではない。
「失礼します」
がやがやとした職員室内に向けて大きな声をあげて挨拶し、ずかずかと入っていく。
その三崎の歩く姿には、いつものようにおどおどしたいつもの姿勢はない。
とある教師の前に立つと、そのままの勢いで話しかけた。
「石沢先生、失礼します」
「ん? お、おぉ、誰かと思ったら三崎か。……いつもと違うな、どうした? あぁ、碁の相手はできんぞ?」
「確か石沢先生は、野球部の顧問でしたよね」
「お、おぉ。それがどうかしたか?」
部活では、毎日グラウンドに出て部員達の指導をするのは監督の教師。
顧問は今と同じように、ほとんど職員室にいて、デスクワーク中心の仕事をしている。
その仕事に一区切りついて気分転換に、三崎と他の教師との対局を観戦したり、終局の当たりならその次の相手をしたりする。
だから三崎は、教師が担当している部活を気にすることは全くなかったのだが、開口一番担当の部活のことを口にしたものだから、何事かと戸惑いの色を見せた。
「実は……」
三崎は本題に入る。
顧問の先生に要望を伝えに来たのだが、その用件は石沢の予想を超えたものだった。
「去年と今年の公式戦の記録? しかもお前の学年の部員の成績って……手間かかる願い事だな。あー……俺は別に構わんが……監督の堀川先生とマネジャーにも話しをしとくべきだな。資料は俺が管理しているが、許可をもらえたからと言って、お前が満足できる資料をすぐにそろえるのは難しい。明後日くらいに受け取りに来てくれ」
「あ、はい。分かりました。ありがとうございますあとは……」
三崎は軽くお辞儀をしながら礼を言うと、また室内を見渡す。
「今日はそういう用事で来たのか」
「え? あ、はい。運動関連の部の先生、みんなに声をかけるつもりで来たんです」
「そりゃ大変なことだ。えーと……あぁ、校長席の真正面の机の席の梶木先生は、男子バレー部だったな。その列の窓際の席、松尾先生いるだろ? 男女の卓球部顧問……あれ? 女子だけだったかな? あとは……」
石沢は職員室で仕事をしている先生達の、部活の担当の説明を続けていく。
もしこの先生に声をかけていなければ、意外と手間と時間がかかっていただろう。
「ありがとうございます。助かりました。じゃ、失礼します」
いつもと違ってはつらつと動く三崎の後ろ姿を見て、珍しいこともあるもんだ、と思いながらも何となく頼もしく感じ、石沢はデスクワークを再開した。
※※※※※ ※※※※※
職員室内にいる運動系の部活の顧問全員に声をかけ、許可をもらった三崎。
今度は体育館に向かって走り出した。
学祭のイベントに向けて活動している部活もあるが、普段通りの練習を行っている部活もある。
体育館は第一と第二の二つに分かれていて、校舎と繋がっているのが第一体育館。
第二体育館は、第一体育館を通り抜けた先にあり、第一と同じように半分に仕切られ、卓球部と体操部が使用していた。
三崎が職員室の次に向かったのは第一体育館。
そこではネットで半分に仕切られ、片方はバスケ、もう片方の入り口側はバレー部が使用していた。
三崎はそのバレー部に近づいた。
監督と話をしようとしたのだが、マネジャーに止められてしまった。
「何、三崎じゃない。何しに来てんのよ」
「ひ……平木さん……」
監督に近づこうとした三崎の前に立ちはだかった平木レイは、何日か前に七瀬に近づくなと威嚇した女子生徒。
どうも三崎を毛嫌いしているらしい。
「男女バレー部の監督の先生に用事があって……」
「あんたが何の用事あるってのよ。部外者お断り!」
三崎は頭ごなしに面会謝絶を突き付けられた。
顧問の先生からは許可を得たものの、そのように言われては身を引くしかない。
今の三崎には、時間も惜しい。
「じゃあいいです」
平木を避けてその奥で活動しているバスケ部に向かう。
彼女の役目はバレー部を世話する仕事。
当然ながら、他の部活に何かをする権限はないのだが。
「そっちだって、あんたは部外者でしょうが!」
それでも三崎の行動を遮ろうとする気満々である。
そんな理不尽な言動は、三崎は当然無視。
遠ざかる三崎に舌打ちしながら、平木は自分の仕事に戻っていった。
そして三崎が近づく男子バスケ部には、同じクラスの久保山がいた。
三崎に気付いて近づく久保山。
「……お前、何しに来たんだよ」
「監督とマネジャーに話が。顧問の先生から許可もらってるから」
彼も端から喧嘩腰である。
三崎に舌打ちをする所まで平木と同じ。
だがしかし。
「マネジャー、顧問の戸田先生から許可もらったらしい。何か話あるってよ。適当にあしらっとけ」
意外にも三崎の要望を受け入れてくれた。
「久保山君、ありがとう」
久保山は三崎をマネジャーに引き合わせると、すぐにその場から去り部活に戻ろうとした。
ドリブルの音やシューズが床に擦れる音が館内に響く。
その音に負けない声で、すかさず久保山に感謝の言葉を口に出した。
久保山にも届いてるはずだが何の反応を示さず、部活の練習に戻っていった。
それを見て、三崎はマネジャーに、野球部顧問の石沢にお願いしたことをここでも伝える。
そうこうして、男女バスケ部でもその用事を果たし、第二体育館に駆け足で向かった。
第二体育館も、第一体育館同様にネットで半分に仕切られ、入り口側は卓球部が活動。
奥の方では体操部が使用していた。
「お? 三崎じゃないか。どうしたんだよ」
練習中に三崎の存在に気付いたのは同じクラスの田宮だった。
「あ、田宮君。マネジャーと監督の先生のちょっと話があって……」
「ん? あー……あそこに長浜いるだろ? 何やら話してるけど、その相手の二人がそうだな。でもお前、真っ先に教室出て、そいでここに来て、何やってんの?」
「あ、いや、ちょっと……でも、田宮君のおかげでほんとにいろいろ助かったよ。急いでるから失礼するね」
「お……おう……。……あんなにはっきりものを言える奴だったっけ? あいつ」
田宮はその後ろ姿を見て小首をかしげるが、練習相手に促され、再び練習に没頭した。
その三崎は三人に近づいて、恐る恐る声をかける。
「あの、お話し中すいません。顧問の先生から許可をもらってきたんですが、ちょっといいでしょうか?」
「……ということで……って、うおっ! 三崎じゃねぇか。どうしたんだよ」
「えと、マネジャーさんと監督さんにお願い事がありまして……」
「学祭絡みか? 俺にも協力できることがあるなら遠慮すんなよ? あ、こいつ、俺と同じクラスメイトの……」
長浜のおかげで話がスムーズに進み、ここでもやはり同じ用件を二人に伝えると、この部でも協力を取り付けることができた。
「……それ、学祭のイベントに使うのか? どんなことするのか分からんが、頼りたくなったら遠慮なく言えよ?」
「ありがとう、長浜」
「俺らのクラス絡みだろ。俺らのクラスに体操部員はいないから、ここでの用件は終わりってことだな? 大変だろうが、頑張れよ」
「うん。手伝ってほしいことがあったら、お願いするよ。じゃまた」
三崎の態度の急激な変化と、この行動力に機動力。
今まで見たことのない様子に、長浜も不思議に思いながらも、体育館から出ていく三崎を見送った。




