本人にすれば、その態度は自然に表れた。けどそれがいつもと違うとみんなから怖く思われることもある。
「あ……あの……」
三崎を責める久保山と、メモを破り捨ててごみ箱に捨てた中辻の言い争いに割って入ったのは三崎だった。
「お前はすっこんでろ! おい、中辻……」
「えと……メモにも辞めてほしいって意見があったから、辞めてもいいのかな……って……」
互いに向き合って言い争いをしていた二人は、顔を三崎に向けた。
中辻は、何をいきなり言い出すのか、と目をぱちくりさせ、久保山は中辻に向けていた怒りをそのまま三崎に向けた。
隣にいた七瀬はぽかんとした顔で三崎を凝視。
他のクラスメイト達も戸惑っている。
いたずら半分なのか本気なのか。
どちらにせよ、三崎に責任者から降りてほしいという書き込みは、建前上であったとしても一回目のクラス会議の決議に反する意見。
もちろんメモの意見はそればかりではなく、三崎への個人攻撃や励ましの意見だって、書いた者の名乗りも出るわけもない。
公の場で責任者退任の意見を出せば、そのメモの主と思われてしまっては立場がないと考えたのだろう。
久保山ですら、三崎の発言に賛同はできず。
「……責任者やれる人を募ったけど、誰もやる気がない。だから、やれない人を削って、やれそうな人を責任者にしちゃったんだけど、やれない人からこんな意見受け取って、そりゃ三崎君だって何とも思わないわけがないわよね」
怒り続けていた七瀬の口調は、意外にも穏やかだ。
こうなった原因の一つは、自分の強引な推し決めもあった。
そんな自覚もあったんだろう。
「みんなだって忙しい忙しいって言ってたから、会議するよりも意見箱で意見入れてもらった方が、計画が進みやすいだろうって思った。だから意見箱は、会議の発言のようなものよ? 催し物を進めるための意見を交わす会議の場で、責任者は止めろって意見出すのは有り得ないでしょ。無記名にすれば、気軽にいろんな意見が出ると思ったから。なのにみんな……」
箱の設置を発案した者としては、その配慮を踏みにじられた思いなのか。
その言葉には力は感じられず、期待外れどころか期待を裏切られた感がにじみ出ている。
しかしそれに構いもせず、自分の意見を述べる者がいた。
「責任者からの意見がみんなに広まらないから、ってこともあるよな。クイズやるっつーからその本持ってきたら、ちと時期的に古いって言われた。あーそんなもんなのか、とは思ったけど、そういうことは三崎から発信してもらわないと分かんないことだしさ。意見するのはいいんだけど、意見の交換もほしいよな」
田宮には、特に三崎を責める気はなかったが、三崎はまるで自分に非があるように「あ……」だの「う……」だの口ごもっている。
「ついでだから言わせてもらっていいかな?」
「もちろん。どうぞ?」
七瀬が促すが、それは議事進行の役目。
つまり、クラスの総意で七瀬は控えて三崎にやらせる役目だったが、誰もがそのことをすっかり忘れていたようで、田宮も何の不思議もなく発言を続ける。
「クイズ番組で出されるような問題を用意してるっぽいけど、俺、三崎に断られた後もいろいろ考えてたんだけど、それで人は来るのかなって思っちゃってな」
「どういうこと?」
七瀬が聞き返すが、三崎も田宮の返事を待つように視線を彼に向ける。
催し物を開催さえできれば、人が来ようが来まいが成功とは言えるはずだから。
しかし田宮はそれに一石を投じる。
「クイズ番組には、クイズが好きだってこととか賞品や賞金狙いで参加するわけだ。けど、これって学祭で数多く行われるイベントの一つで、明英揚げての行事じゃないはずだ」
「そりゃそうよ」
「クイズ大会目当てに来る人って、まずいないと思うんだ。だって学祭目当てで来る人がほとんどだし、二のAのイベントを俺ら独自でどっかに宣伝して回るわけじゃないだろ?」
ただでさえ、クラスの催し物にはなかなか手伝えないというクラスメイトがほとんど。
協力した上で宣伝するくらいの人的、時間的余裕はない。
田宮の指摘は合ってはいる。
「クイズ番組のような盛り上がりは、多分ないと思うんだよ。面白そうだけど遠慮するっつーか。こっちは賞品まで用意したはいいけど、何か知らないけど貰えちゃった、って言いながら、参加者が賞品を弄ぶようなことって、三崎だって不本意だろ? 参加するなら真剣に参加してほしいと思ってるだろ?」
三崎は首を激しく上下に振る。
責任者を辞めたいと思ってはいるが、あわよくば司会を誰かに任せて参加者の一人として参加したいと熱望している。
叶うか叶わないかは分からない。
けれど、参加するなら他の参加者達もそれくらい真剣に打ち込んでもらいたい、という気持ちもある。
「でも、クイズ目当てに学祭に来る人っていないと思うんだ。学祭にはどんな人が来ると思う?」
「去年のことを考えると、まぁ……家族とか、学校の近所の人達とか……卒業生も来てたよな」
「あぁ。長浜の言う通りだ。そんな人達が問題を見て関心を持てる問題の方が、いくらかでも盛り上がってくれるんじゃないかってな」
三崎の目が死にかけている。
田宮の発言は、これまで選別して集めた問題が、ほぼほぼ無駄になることを意味していたからだ。
「するってぇと、このクラスで一番の人気者は誰でしょう とか?」
だが久保山のヤジには、はっきりと三崎は言い放った。
「それはない。誰の目から見ても答えはそれ一つ、という問題じゃなきゃ、問題は成立しない」
「あぁ?! お前、何いい気になって」
「正解の根拠が、誰にでも納得させられるものでなきゃ、催し物自体失敗する。人気者に関する問題なら、絶対的、そして相対的にも人気者でなきゃ、その人を正解にすることはできない」
「お前……」
三崎は、自分のことよりもクイズの方が大切と言わんばかりの気概を見せる。
「ハン……だったら勝手にやりゃいいさ。俺は知らねぇ」
久保山はそれに対抗するように何かを言いかけたが、一息吐いて投げやりな態度をとった。
しかし、三崎の目は輝き始める。
「でも、誰もが納得できる答えを持ってれば、問題としては成立する。それに、学祭に来てくれる人にも関心を持ってもらえて、その答えは一般的じゃないから正解も連発しない。だから賞品も多く用意する必要はない。来場者数も……」
独り言にも力が次第に入ってくる。
そんな三崎に、七瀬も田宮も、他のクラスメイト達も気味悪そうに注目する。
「……ちょっと、三崎君。大丈夫?」
恐る恐る声をかける七瀬。
しかし三崎は七瀬よりも。
「田宮君! 君のおかげで、課題が一度に全部解決できそうだよ! ありがとう!」
力と感情がこもった言葉を田宮に向けた。
が、その自覚がない田宮も、七瀬同様に若干引き気味。
「ど……どういたしまして……」
と返すのが精一杯だった。
「……じゃ七瀬さん。このイベント成功させればいいよね? 学祭終わるまで、やらせてもらうよ!」
何か悟ったことでもあったのだろうか、三崎は満面の笑みを浮かべる。
「え……あ……うん……」
普段とはかけ離れた様子を見ると、裏で何かがあるんじゃないか、とか、この後良くないことでも起こるんじゃないだろうか、などという警戒心が出てしまう。
七瀬も例外ではなく、七瀬は三崎から距離を置こうと後ずさった。
「……三崎がどもらないのって、初めて見たような気がする」
「俺もだよ、立川……」
長浜と立川ばかりではなく、クラス全員が超常現象を目の当たりにしたような怯えを見せていた。




