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落ち込んでる中での状況の流れは

 事なかれ主義ではなくても、人間関係において余計な波風は立てたくない。

 それは三崎も同じだった。


 昼休みに女子生徒から、七瀬と接触することになるから教室にいるな、と言われた。

 男子からも、離れて見れば、学級底辺でもあり学年底辺の三崎が七瀬と普通に会話をしていること自体あり得ない、ということで距離をおけとまで言われた。


 放課後、図書室に行くが、結構混んでいる。

 学祭に向けて資料集めということらしい。

 座る席もない。

 昼休みの時同様に屋上に上がる。

 昼よりも気温が下がり、長時間そこにいたら風邪をひく。

 結局居場所は教室のみ。

 恐る恐る教室を覗くと……。


「……誰もいないじゃないか……」


 教室に誰もいなくても、教室から出ていけと言いたげだった女子には多少腹が立つ。

 が、そんなことに拘っていても、自分の身に何かの変化が見られるわけでもない。

 教室内に踏み込んだその時、意見箱が目に入る。


「……そうだ、これ、確認しなきゃな」


 その場で箱をひっくり返し、中身を全部出す。

 最初に取り出した時よりも、中でガサガサ鳴る音が騒がしい。


「結構中身、増えてるんだな」


 折りたたまれたメモばかり入っているはずだろうが、上下に振った箱には妙に重みを感じる。

 箱が置かれた台の上に、折りたたまれたメモが一枚、また一枚と落ちてくるが、出かかっている一枚が箱の中で何かに抑えられ、角が顔を出したまま動かないでいる。


「ん? ……便箋が入ってるのか?」


 メモを引っ張り出すと、カラフルそうな色の何かがその口から見える。

 その一通を取り出すと、まだ何通か封筒っぽいのが見える。


「……宛て名がない……。これ、開けてみていいのか? 俺への手紙入れじゃないからなぁ……」


 糊付けされている封筒は、それをはがすか、ハサミかカッターで切らないと中身を読むことができない。

 とりあえず、中身を全て出して、折りたたまれたメモを読む。


「……何というか……まぁ……。あの二通を見たから、他の投書の中身の予想もついてたんだけど……実際に目にすると、やっぱ堪えるな……」


 企画をやめるように促す言葉が書かれたのは、最初に目にした二通に留まらなかった。


『もういいよ』

『諦めな』

『学祭の前に、テストの成績上げろよ』

『七瀬さんにちやほやされてうれしいか?』

『はい、終了』


 もちろんこんなことばかりではなく


『満足に協力できずに済まんな』

『成功を祈る』


 などという励ましの言葉のメモもあったが、数える程度しかない。

 台の上に散らばった投書は全部で十七通。

 三通は封された手紙。

 五通は三崎に好意的な意見。

 残りは全部、三崎を貶す言葉が書かれていた。


 封筒は開けないまま他のメモと一緒に、

学生服の内ポケットの左右に分けて、メモが零れ落ちないように丁寧に揃えてしまい込んだ。

 やや膨らみは感じるが、外からの見た目では何の変化もなく、内外から圧力がかかっても押し出されることはなさそうだ。


「……そういえば、あの二通も胸ポケットに入れっぱなしだったっけ。一緒に入れるか……」


 一息ついてもう一度、薄暗くなってきた教室の中を見渡した。

 ひょっとしたら七瀬がまた来るかもしれない。

 そこで居合わせたら、またクラスメイト達がグチグチと言ってくるに違いない。


「もう、帰るか……」


 何をどうしたいのか。

 このイベントをやり遂げたいとは思うものの、無記名だからこその本音を目の当たりにすれば、流石にやる気が折れそうになった。


 ※※※※※ ※※※※※


 翌日、事件は三時間目が始まる前に起きた。

 その発端は一時間目と二時間目は体育の授業の間の休み時間。

 女子には専用の更衣室があるが、男子の更衣室は教室。

 三崎は、着替える前に用を済ますためにトイレに行った。

 連日気力が萎えていた三崎の動きは鈍い。

 教室に戻ると、そこには誰もいなかった。

 休み時間はまだあるが、誰もが着替えを終えたらしい。

 それでも、休み時間なら、授業に遅れることはないくらいの余裕はある。


「やべーやべー。早くしねぇと遅れるわ……って、まだ残ってる奴いたのか……って、三崎かよ。早くしないと遅れちまうぞ?」


 大声で入ってきた男子もトイレに行ってきたようだった。


「あ……、中辻……君も、トイレ?」

「おぉ。早く着替えないと体育館で遊ぶ時間減っちまうぞ?」


 中辻宗介は陸上部。

 体育の前の休み時間は、授業の場所でとにかく走る。

 相当走るのが好きらしい。

 席は三崎の席の一つ置いて隣。

 それぞれが自分の席で着替えを始める。

 と、そこで。


「あ……うん……。あ……」

「……ん? 何これ?」


 三崎が学生服を脱いだ時、内ポケットから一枚のメモが落ちてしまった。

 ひらひらと舞い、中辻の足元に落ちた。

 メモを拾い上げた途端、その顔つきが険しくなる。


「……これ……って……学祭の意見箱のメモだよな」


 声も、普段の高めから低いトーンに代わった。


「あ……うん……。えっと、拾ってくれて……」

「……何だよ、これ。『責任者辞めろ。クイズよりも学校の成績の方が大事だろ』……だと? ……他のクラスの奴が書いた、なんてあり得ねぇよな? これ」


 可能性を考えたら、それはあり得るかもしれない。

 クラスメイトの誰かが他のクラスに漏らしたとしても、よそのクラスのイベントに口出しする意味がない。

 しかしよそのクラスに干渉して、自分のクラスに何らかの得になる、ということは考えられない。

 ゆえに、このクラスの誰かが書いた物である。


「……おい、三崎。これ書いた奴に心当たりあんのか?」

「え……あ……いや……」


 中辻の険しい顔に怯える三崎。

 その三崎の様子を見て、中辻は態度を改めた。


「あ、あぁ、すまん。お前に怒ってるんじゃないからな? これを書いた奴に腹立ててんだ。……お前もお前だよ。何でそんなのポケットにしまってんだ? あ、あとで捨てるつもりだったのか?」

「え? あ、いや……えと……」


 三崎は戸惑っている。

 中辻も小学校からずっと同じ学校に通っていた。

 しかしその割にはあまり親しい間柄ではない。

 なのに、急にこんなにたくさん話しかけられている。

 そこまで自分に気を遣う義理などあっただろうか、と疑問に感じていた。


「……こんなもん、ポケットにしまうくらい大事なもんじゃねぇだろ」

「そ、そりゃ……」

「参考になる意見なら大切にすべきだと思うけどよ、こんなもんに惑わされてやる気失う方が馬鹿じゃねぇの? こんな下らねぇ落書きなんざ捨てちまえ」

「あ、ちょっ……」


 中辻はいきなりそのメモを細かく引き裂いて、ゴミ箱に投げつけた。


「……俺も部活で忙しいけどよ、部活に力入れてるからってこんな下らねぇことする気はねぇし、そんなことをする奴を軽蔑するよ。同じクラスの中にこんなことする奴がいるなんて……情けねぇっつーか……」

「……で、でも……」

「ん?」

「……あの、箱の中のメモ……俺と……七瀬さん宛だと……思うから……」


 あぁ、とそこで中辻は気が付いた。


「悪ぃ。つい興奮しちまって……勝手に捨てちまって、ごめんな?」

「あ……いや……」


 三崎はどう言って伝えたらいいか分からない。

 正直なところ、中辻の言う通り、自分にとって得する内容ではない。

 だから彼の言うことにも一理ある。

 本来なら、ごみ箱に捨てるのは、自分が判断してやるべきことだったはず、と思い直す。


「あの……中辻……君」

「ん?」

「そのメモ……中辻君は……見なかったことにした方が……いい、と思う」

「え? 別にいいじゃん。読みはしなくても、目に入ったくらいでも読める短文だったぜ?」


 そして、自分や七瀬、そして頻繁に自分に接してくる長浜や立川ではなく、あんまり会話をしたことがない中辻が、その投書を見た、というのも問題になりかねない。

 その旨を中辻に伝えた。


「……何か……余計な気を遣わせて悪かったな。……じゃあこのメモ、回収した方がいいよな?」

「いや、それは……そのままで、いいよ……」


 利にならない内容は切り捨ててもいい。

 むしろ切り捨てるべき。

 そんなことを中辻から教えてもらった気がした。

 回収するということは、その教えを否定するような気がしてならない。


「……お前がそう言うんなら……。ま、何かあったら俺に言えよ? 俺もお前に責任を押し付けた一人だが、そこまで腐っちゃいねぇからよ」

「う……うん」

「お、早くしねぇと授業始まるぜ? 遊ぶ時間はほとんどねぇが、ま、しょうがねっか」


 中辻はわざと明るい声を出す。


「あ……ごめ」

「そんなしょーもねぇことで謝んなって。ほれ、さっさと着替えるぞ」


 こんな会話の最中にも、このクラスの生徒は誰も入ってこなかった。

 どうやらこの教室を最後に出たのはこの二人だけのようだった。


「はよ着替えぇや。……よし、体育館までダッシュだぜっ」

「え……ちょっ……中辻、君っ。廊下、走っちゃ……」


 二人が去った後、この教室には誰も立ち入らず、しばらくして、二時間目の授業のチャイムが校内中に響き渡った。

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