落ち込んだまま時間が過ぎていくと、さらに落ち込ませる事態に遭遇することもある
二時間目の体育の授業が終わり、男子は一人を除いて全員教室に戻る。
授業前の休み時間に三崎に絡んできた中辻が、保健室に連れていかれた。
「中辻のやつ、大丈夫かな?」
「かばってもらった俺が鼻血程度で済んだのに、あいつに大怪我させちまった」
「そうでもなかったぞ? 保健室の先生、擦り傷だけだからって。あいつも元気っぽかったしな」
「藤井の鼻血の方が重傷なんじゃないか?」
授業が終わる間際、高い鉄棒から危険な体勢で落ちてきたクラスメイトを、他のクラスメイトと一緒に抱き留めた中辻はバランスを崩し、腕に何か所か擦り傷を作った。
中辻本人はいたって元気だが、念のために保健室に連れてて行かれた。
鉄棒から落ちた藤井はどこかに打ったのか、しばらくすると鼻血が流れた。
ティッシュで詰めて、そのまま授業は続いた。
「いや、鼻血、止まったみたいだし。俺はもう平気。あとであいつに謝んなきゃな」
「藤井、お前も保健室行った方がよくね?」
「鼻に当たっただけだからな。頭打ったんなら病院に行かなきゃだけど、鼻以外痛くねぇし」
ティッシュを丸めた詰め物をゴミ箱に捨てようとした時に、妙な物がその中にあることに気付いて中を覗き込んだ。
「何だこりゃ。……メモ?」
「おいおい藤井、何やってんだよ。汚ぇな」
「いや、だってこれ……」
ゴミ箱の内側が綺麗だったことと、中にはそれ以外入ってなかったことから、藤井はつい手を伸ばして中に散らばってる紙片の三枚ほどをつまんで持ち上げた。
「これって……意見箱に入れるために用意されたメモ……だよな」
「おい、意見箱、空だぞ。中身を開けて、その一枚を破いて捨てた、ってことだよな」
「誰が開けるんだよ。確か委員長の七瀬と……三崎?」
「七瀬さんが、メモを取り出して破いて捨てる……? ちょっとあり得ないな」
「……三崎が?」
教室の入り口で集まる男子の数が増えていく。
その集まりのせいで、室内に入れずに困る男子も増えていく。
「お前ら、何そこで集まってんだよ。入れないじゃないか」
「おう、長浜。三崎がひでぇことしたらしいんだよ」
「三崎が?」
入れずにいる男子達の何人かは、後ろの入り口から教室に入っている。
長浜は、後ろに移動せずにその場にいる集団の、教室に入れない最後の方を見た。
そこには、前で何をしているのか様子をうかがっている三崎がいた。
「三崎なら後ろにいるぞ? 一体どうしたんだよ。つか、入り口で固まるなよ」
「後ろにいる?! おい、三崎! お前、どういうつもりだよ!」
教室の中から突然大声で呼ばれた三崎は、驚いて体をびくっとさせた。
長浜の横を通り過ぎ教室の中に入る。
意見箱とゴミ箱の周りにいた男子達は、その三崎を睨みつけた。
「おい、三崎。このメモ、お前、読んだのか?」
怒鳴るのは三崎からの返答次第、とばかりに、その中の一人が、怒りの感情を抑えたような震えた声で質問する。
「え……あ……」
破かれて棄てられたはずのメモ。
そのうちの何枚かが、意見箱が置かれた台に並べられていた。
読んでないのは、封をされた便箋のみ。
むき出しのメモ全てには目を通している。
「どうなんだよ。読んだか読んでないか。俺が質問してるのはそれだけだ。答えは、はいかいいえのどちらかだ。覚えてるか覚えてないかって質問じゃねぇんだよ」
「う……うん……。読んだ……」
「お前さぁ……。部活とかで忙しい最中でも文章にして、お前に協力しようとしてる投書だぞ? それを破いて捨てるって……人の好意を踏みにじってる自覚あるのか?!」
「あ……う……」
三崎は言葉に詰まった。
しかし頭はフル稼働の真っ最中。
この場にいない中辻がメモを裂いた、とありのままをみんなに伝えたとする。
まずそれを信じてくれる者がいるかどうか。
責任逃れの苦し紛れ、と受け取られるかもしれない。
その場にいない者に責任を擦り付けようとしてる、とも思われるかもしれない。
中辻に話を聞きに行こうとする者もいるだろう。
中辻はおそらく本当のことを言うだろう。
でもその話は、三崎からそういうように頼まれた、あるいは仕向けられたでっち上げの話として受け取られるかもしれない。
自分でやったことにしたらどうなるだろう?
その一枚だけ裂いたのを不審に思う者もいるかもしれない。
となれば、他の投書も捨てるつもりだろう、と勘繰る者もいるかもしれない。
応援してくれてる投書を捨てる気は毛頭ない。
あるいはひょっとして……。
棄てられたメモを全部取り出してはいないということは、その文面は読まれていないってことだ。
俺を否定している文とは思ってなければ、箱の中の投書はすべて俺への応援のメッセージとか思っているんだろう。
なら、これは棄ててこれは棄ててない、という差別主義の持ち主などと思われるかもしれない。
どっちにしても、俺を睨んでくるクラスメイト達は、俺をつるし上げの目的にしてるってことだ。
※※※※※ ※※※※※
返事に困り、言葉に詰まる三崎。
問い詰める男子達。
黒板側の入り口から入るに入れない他の男子に、後ろから入って着替えを始める男子達。
そこに、更衣室で着替え終わった女子生徒全員がやってくる。
「何してんのよ、みんな」
「ちょっと男子、中に入れてよ」
「何でみんな、着替えてないの?」
女子からの文句が飛ぶ。
だが男子はそれどころではない。
「今それどころじゃねぇんだよ」
「三崎の奴、好き勝手なことしやがってよ!」
と、三崎を責める声があがる。
しかし、男子全員ではなく。
「んなことする奴じゃないだろ」
「好き勝手って、責任者を押し付けたのはクラス全員だろ」
「その前に、こいつが捨てたとは限らないだろ?」
と反対意見も飛び交う教室の入り口。
他のクラスの生徒らも注目し始める。
「でも、あたし達を教室に入れたくない理由にはならないでしょ?」
毅然とした声で、その集団を問い詰めたのは七瀬だった。
「七瀬さんの思いやりすら踏みにじってんだぞ? 無罪ってわけにはいかねぇだろ」
無罪だの有罪だのと、かなり大げさな表現も出てくる始末。
彼らは三崎に何を求めているのか。
七瀬は理解不能とばかりにため息をついた。
「はいはい。……次の授業は国語……担任だったわね。ちょっと相談してくるから、次の授業はクラス会議ってことにしましょ。このまま授業始めても、身にならないだろうし。それまで全員、着替え終わらせてね?」
七瀬の提案で集団はようやく解散。
しかし教室内は不穏な空気が漂い続けていた。




