第一話そいつは突然私の目の前に現れた
そいつは突然私の目の前に現れた。
人は突然目の前で理解不能なことが起こると思考が停止してしまうらしい。
「え?」
私はハッとして辺りを見渡した。
歩道橋から下を見下ろす限り全て停止して見える。
車も人も空気さえ止まっているようだ。
いや、あの止まっているのは人だろうか?
私はそんなに視力が悪い方ではないのだがなぜだか全てがぼやけて形がはっきりとしない。
私は戸惑い私の前に現れたそいつを見た。
黒髪で年のころは私と同じくらい、いや上かもしれない。
黒のカットソーの上に皮で出来たちょっと昔のゲームに出てきそうな簡単なデザインの皮の胸当てをしていて黒のストレッチの利いている革のパンツにごついエンジニアブーツをつかつか言わせながら私に近付いてくる。
パッと見はイケメンかもしれないがまがまがしいものを感じる。
とりあえず私のタイプではない事は確かだ。
うさこなんかは「ああいう冷たそうなところがいいのヨ」なんて言って喜んで飛びつきそうな感じだ。
いや、今はうさこなんてここに居ない人のことを言っててもしようが無い。
とりあえず私はパニックに陥っていた。
私は先ほど友人のうさこと別れ家に向かっている途中だった。
歩道橋のエスカレーターに乗った途端途中で止まってしまったので仕方がなく上まで自力で登ってきた。
そう、その時からすでにいつもと何かが違う気がしていた。
たまに静まり返った裏通りなどで自分以外の人が誰も居ないんじゃないかと不安になってしまうときのような、そんな感じ。
そして歩道橋の上まで来たところで今目の前に居る男が現れたのだ。
そいつはカツカツと私向かって歩いてきて、そして赤い眼を光らせながら私に向かって手を伸ばしてきた。
―――痴漢だ!!
そう思った私は走り出していた。
しかし私はあっという間にその男に捕まってしまう。
叫ぼうにも声が出ないのだ。
「お前を探していた」
男は私にそう言った。
こうして冒頭の「え?」に戻る。
この変態は一体何を言っているのだろうか?
私は理解が出来なかった。
見覚えも無いこんな変なコスプレまがいの格好をした変態が、ごくごく平凡な女子高生である私に一体何のようがあると言うのだろうか?
辺りの時間はとまっているように見えるし私にはどうも『今』が現実のものと思えなかった。
もしかしたら私は気がつかないうちに家に帰っていてこれは夢なのではないだろうか?
そうに違いない。
そう言えばたまに妙にリアルな夢を見ることがあるがあんな感じだ。
自分じゃこれが夢だと認識できている時の夢、それに違いない。
私は一人納得しとりあえず流れに任せてみることにした。
男は私が観念した事が分かると腕を解いた。
握られていた手首が熱い。
私は手首を自分で握り暫く見ていた。
すると変態男が一歩下がり私に手を伸ばしてきた。
私は少し身構える。
なぜならその手はどう見ても私の思春期の夢が詰まったたわわな胸に向かってきているからだ。
「ちょ・・・」
やっと声が出た。
いくら夢とはいえこんな変態に胸をもまれるなんてごめんこうむる。
「ち、来たか」
「へ?」
私の胸に伸ばされた手は一端引っ込むと今度は体ごと私に突進してきた。
「ひいい」
私が声をかげると変態男は私を抱えて走り出した。
そして行き成り歩道橋の手すりに手を乗せたかと思うとそのまま飛び降りた。
「アーーーーーーーーーーッ」
―――お母さんさようなら〜〜〜〜
次の衝撃に備えギュッと体を強張らせたが軽い振動があっただけでその後は私は変態男にお姫様抱っこされていた。
待って待って、どうして私が変態男の胸に抱かれて居るわけ?
これはいつか現れる私の王子様の役目だよね?
断じてこの変態男じゃないよね!?
なんちゅう夢だ、早く覚めろ!!
男は息を切らすことなく走り続けた。
一体何から逃げているんだろう。
私は仰け反って後ろを見た。
「バカ!見るんじゃない」
「え?」
もう遅かった。
私はそれを見てしまった。
「いやああああああああああああ」
私は生まれて初めて自分の耳が破裂するかと思うくらいの叫び声を上げていた。
何に例えればいいんだろうか?
私の少ないボキャブラリーではそれを何かに例える事は出来ない。
強いて言うならば「化け物」その一言に尽きる。
酷く醜く、まるで恐怖の塊で出来ているようだった。
私はいつの間にか家の前に立っていた。
どうやら歩きながら夢を見ていたらしい。
どんな夢を見ていたのかはっきりと覚えては居なかったが酷く疲れた。
誰も居ない玄関のドアを開け「ただいま〜」と言いながらソファーに寝転んだ。
「はぁ・・・何もして無いのに疲れた・・・・」
時計を見ると7時を回っていた。
うさこと分かれたのが確か5時半、一体私は一人でその間何をしていたのだろう。
「怖い・・・バカだ私歩きながら寝るなんて、どこでも寝れるからって・・・・」
独り言を呟いていると誰も居ないと思っていたのに二階から足音が聞こえてきた。
私はハッとして体を起こす。
「お帰り姉さん」
「なんだ衆太か・・・・」
私は再びソファーに顔を埋める。
「え?」
衆太なんて弟私に居ただろうか?
私はもう一度顔を上げる。
「どうしたの?心音姉さん・・・・」
笑った衆太は夢で見た誰かにそっくりだった。




