90. 耳削ぎ
別にグロ描写とかではないですが、タイトル通り獲物の死体から耳を削ぐだけの話です。
あまり見たくないと言う方は飛ばしてください。
「換金に必要な部位……ですか?」
「そうだ。ゴブリンの場合は耳だから、まずはさっきリリィ殺したそいつの顔から削ぎ落とすといい」
これもリリィを慣れされるための一環なのだろう。
ゾフィアの言い回しにはあえてリリィにいま殺ったこと、これからすることを強く意識させようとしているように思えた。
殺した上に、その死体にも手をかけるということが彼女の精神的負担となるだろうことは琢郎にも容易に想像できる。
ただ、まだリリィは神契魔法による治療の途中だ。
次の先頭の前に体調を万全にするのも冒険者の行動として正しい行動であるため、それを中断してまで急いでしろとはゾフィアも言っていない。
ならば今のうちに、リリィに代わって自分が片付けてしまおう。
そう思ったのだが、さっきも助けに動こうとしたことから、琢郎の考えは読まれていた。
「タクローは自分の分の獲物を処理したら、すぐ周囲の警戒に戻って欲しい。リリィが治療と部位の回収を終えるまでは、安全を確保しておかないと」
釘を刺すかのようにゾフィアに言われてしまう。リリィの安全のためと言われてしまっては、断るわけにもいかない。
「……わかった」
言われた通りに、琢郎が風の刃で首を切断したゴブリンの身体がある場所へと向かった。
「って、あれ?」
だがそこには、肝心の頭部がなかった。
どうやら首が落ちた時に、思いのほか遠くまで転がってしまったらしい。
もっとも、首の在り処を捜して回る必要はない。首の切断面から溢れ出た血が、近くにある茂みにまで続いていた。
その血の跡を辿って茂みを掻き分け、中を覗き込む。
ようやくのご対面だ。
「たしかに、俺でもいい気分はしないからなぁ」
ゴブリンをはじめ、殺した魔物の数はもう覚えてもいない。群れを襲われた時には同族が殺されるところも数多く見た。
しかし、こうして驚愕を貼り付けた表情のままの頭部を持ち上げてみると、鬼とはいえ顔のつくりは人間とどことなく似通っているだけに少しだが嫌な感じを覚えてしまう。
とはいえ、投げ出してしまうほどではない。
未だ切断面からわずかに血を滴らせる生首をそのまま茂みから外へと取り出し、威力を小さく絞った<風刃>でその耳を切り取る。
「これでよし、と」
切り取った耳を袋に入れると、琢郎は再び周辺の警戒に戻りつつも、リリィの様子を見た。
治療は終わったようで、致命傷となった口の傷から溢れ出た血溜まりを踏まないよう気をつけながら、ゴブリンの死体に近づいたところだった。
おそるおそるといった手つきで、手にしたナイフで死体の耳を削ぎ落としていく。
「お、終わりました……」
魔法を使って一瞬で終わらせた琢郎とは違い、時間をかけてようやくリリィは耳を切り離すことに成功した。
やはり人型の死体から耳を削ぎ落とすのには抵抗があったのか、少し顔色も悪くなっているように見える。
「では、次は私の分も頼む」
ちらりとリリィを見てそう言うと、ゾフィアは自分が仕留めたゴブリンの死体が転がっている方を指し示した。
指示された方向へとリリィは進んで行くが、死体が間近になったところで、
「ひッ」
思わず喉から奇妙な声を洩らしてしまう。
無理もない。
さっきの死体はうつ伏せに倒れていたので耳を削ぐのにその顔を見ずにすんだが、今度はそうはいかなかった。
それも、驚愕に目を見開いたままの表情で固まった、斬り口からまだ血を滲ませる生首だ。
もう1匹に至っては、即死ではなく琢郎の<風刃>で重傷を負った後でゾフィアにトドメを刺されたためか、苦痛と絶望に顔を大きく歪めている。
「う、うぅ……」
元々が鬼の容貌であることもあって、それらの表情はリリィに気後れさせるには十分なおぞましさを備えていた。
最初の耳を削ぎ落とした時よりさらに多くの時間を使って、ようやく残りの耳も全て回収し終えた頃には、胃の中のものこそ吐き出しはしていないものの、リリィの顔色は相当に青くなってしまっていた。
というわけで、獲物からの剥ぎ取りです。
人型相手だとやはり心理的抵抗は大きいだろうと、あえて一度は書きました。キツい描写はしていませんが。
外してもいいようにそれだけの話にしていますので、次回は、また「人型魔物との戦闘 その3」に続きます。




