89. 人型魔物との戦闘 その2
「……せいッ!」
腿に傷を負ったリリィは、腰の引けていた構えこそまともになったものの、まだ足りない。
傷を庇っているのか、まだ人型の敵を殺すことの躊躇いを完全には振り払えていないのか。攻撃の際の踏み込みがおかしかった。
「ギギッ」
その結果、ゴブリンからの更なる反撃を招いてしまう。
幸い今度は位置が低く、脛当てによって防ぐことができたものの、見守っている琢郎としては気が気でなかった。
「……リリィを心配するのはいいけど、他の敵がここに近づいて来ないか警戒するのも忘れないように。見落としたりすれば、それこそリリィを危険に晒すのだから」
リリィばかりに注意が向いていた琢郎に、注意の声が飛ぶ。
さっき助けに動こうとした琢郎を止めたゾフィアは、気づくとその言葉通りにすでに離れた場所に移動していて、琢郎とは別の角度から周囲を警戒しているようだった。
「……あ、あぁ。すまん」
ゾフィアの移動に気づいていなかった琢郎は、素直に詫びの言葉を口にする。
そして、リリィのことを気にしつつも周囲の森にも注意を払うようにするのだが、ちょうどその時のことだ。
視界の端に何度目かの攻撃を繰り出したリリィの槍先が、遂にゴブリンを左肩の辺りを深く抉るのが映った。
「やった!」
思わず琢郎も喜びを声に出してしまう。
打ち据えただけの時とは違い、肩に深い傷を負ったゴブリンは傷口から血を流して片膝をつく。
これでもう反撃はない。あとはトドメを刺すだけだ。
見守っている琢郎も、実際に戦っているリリィも同じようにそう思った。
「ギギャアァァ!」
だが、死に物狂いとなったゴブリンは崩れかけた身体を立て直し、なおも出鱈目にナイフを振り回した。
「や……やあぁぁッ!?」
多くは防具が受け止めるが、ナイフは防具のない場所にも及び、リリィにいくつかの小さな傷を付ける。
さすがにこれはまずいと、琢郎はゾフィアが止めようとも今度こそは助けようとした。
その直前、激しい攻撃に晒されたリリィもまた無我夢中となって、槍を全力で突き入れる。
「……あ……」
その一撃は、ゴブリンの口の中を貫いた。
ごぼごぼと血の泡を吹いて、ゴブリンの攻撃の手が止まる。
しばらくの間、震えるように身体が動いてはいたが、やがて力を失ってナイフを手から落とすと、ゴブリンは完全に動かなくなった。
「やっ……た?」
おそるおそる槍を引き抜くと、ゴブリンの身体は地面にうつ伏せとなって倒れた。まだ槍の構えは解かずにいるが、もうぴくりとも動く様子はない。
「大丈夫か? リリィ」
援護の魔法を放ちかけた状態でリリィがゴブリンの命を奪った瞬間を見届けた琢郎は、もうこれ以上リリィを1人にしておく必要はないとそこへ駆け寄っていく。
「あ……タクローさん」
傍に来た琢郎の姿を見て、ようやくリリィは槍を下ろした。
いや、安心して気が抜けてしまったのか、ほとんど落とすような形で手を離してその場にへたり込む。
「……痛ッ」
そして、戦闘中に負った傷――中でも最初に受けた腿の一番大きな傷の痛みに顔を歪めた。
「ホントは俺が治してやれたらいいんだが。もう敵はいないから、安心して治癒魔法を使ってくれ」
琢郎の言葉に頷き、昨日覚えたばかりの治癒の神契魔法でリリィは自分の傷を癒していく。
覚えたことは昨日聞いたが、実際に目にするのは琢郎もこれが初めて。
温かな光を浴びて傷口がだんだんと小さくなっていくという不思議な光景を目にしながら、琢郎はリリィに労いの言葉をかける。
「ともかく、これでこの課題の第一段階は終了だ。次は複数同士の戦闘だから、俺も今みたいに見守るだけじゃなく手も貸せる。結果的にはだいぶ楽になるはずだ」
「いいや。まだ終わりじゃない。最後の作業が残っている」
それを否定する声が、琢郎たちの方に顔を向けつつも周囲の警戒を怠らないゾフィアの口から発せられた。
「ちゃんと、換金に必要な部位を切り取るところまで終わらせないとダメだ。この際、練習がてら私が始末した分の切り取りもお願いしよう」
難航中。
末尾にあるようにこの後は今回の戦闘の後始末と、その次に集団戦。
その3どころか5~6くらいまで続いてしまいそうです。




