88. 人型魔物との戦闘 その1
「グ、グギャッ!?」
突然の敵の登場と、それに続く同胞の死に、ゴブリンたちは叫びながら驚き慌てる。
ゾフィアの方を向いたゴブリンたちのその無防備な背中に、今度は琢郎が攻撃を加えた。
「<風刃>!」
連続して風の刃を飛ばした結果、さらに1匹の首が宙を舞い、1匹は腕と胴体に深い傷を負った。
これで4匹中2匹が死亡。もう1匹も即死ではないが、動くことはできなくなり、長くはもたないだろう。
当初の打ち合わせ通り、残るは1匹のみとなった。
「おぉ、さすがだ! よし、リリィ。今からはキミの出番だ」
簡単にゴブリンを残り1匹にしてのけた琢郎の手際にゾフィアは感嘆し、続いてリリィに顔を向けて最後の課題の本格的な開始を告げる。
「は、はいッ!」
緊張からか、少し上ずった感じの声で返事をすると、リリィは琢郎の横から最後のゴブリンのところへ、槍を構えて飛び出していった。
斜面を滑るように駆け下り、次々仲間を失い動揺するゴブリンに槍が届く間合いまで、一直線に近づく。
途中でその接近にゴブリンの方でも気づいたが、動揺のせいもあって対応が遅れている。リリィの攻撃の方が早い。
「……え、えぇい!」
ゴブリンの顔をめがけ、リリィの槍が突き出される。
「ギャガ!?」
しかし、不要なためが攻撃の直前に入ったためか、寸でのところで後ろに避けられてしまって槍先は届かなかった。
その槍を引き戻し、再び突き出すまでゴブリンが待っているはずもない。
今度はゴブリンが反撃のナイフを振るう。
「ひぁッ」
なんとか槍の柄で、ゴブリンの振るう骨を削ったナイフを受け止めるリリィ。
両者の間が開いて仕切り直しの形となるが、槍を構え直すリリィの姿勢に違和感がある。角兎を狩っていた時と比べ、少し腰が引けているように琢郎の目には映った。
「あー。予想はしてたけれど、やっぱりリリィはそっち側かぁ」
ゾフィアが琢郎の近くで呟きをこぼす。
琢郎が<風刃>で致命傷を与えたゴブリンにトドメを刺しつつ、これまでのリリィの動きを見ていたらしい。
「……と、いうと?」
「たまにいるんだよ。他の魔物は殺せるのに、人型の魔物相手だと人間相手を想起してしまってつい躊躇してしまうようなのが」
ゾフィアの言う『そっち側』の意がわからず琢郎が訊ねると、そのような答えが返ってきた。
「元々あまり荒事に慣れていない奴に多いらしいよ。ゴブリンなんかでも、顔の醜悪さを除いて大きさだけ見れば、子どもと大差ないから」
「…………あぁ、なるほど」
言われて、琢郎も自身の初めての実戦を思い出した。
琢郎の場合は急だったので、撃退するところまでは躊躇わずに魔法を連発したものの、終わってからゴブリンたちの死体を見て少し嫌な気分になったものだ。
そう考えると、リリィの腰が引けているのもわからなくもない。
「えいッ……やッ!」
見守る先では、リリィが再度攻撃を繰り出しているが、やはり動きがどこかぎこちない。
加えて、間合いが遠い。そのためにゴブリンに避けたり防いだりする余裕を与えてしまい、なかなか有効打とはならなかった。
「ギェッ!」
逆に、隙を見て踏み込んだゴブリンによる、再度の反撃を許してしまう。
槍先を返すには間に合わず、柄でなんとか相手の肩を打ち据えるリリィ。
だが仲間を全て殺されたゴブリンは、その程度では止まらなかった。
「……くぅッ!」
骨のナイフが革鎧に覆われていない腿の辺りを浅く薙ぐ。
裂かれた服の繊維がわずかに舞い散り、その下にできた紅い線からは血がじわりと滲み出した。
「リリィ!」
出血を見た琢郎は、思わず彼女を守るためにゴブリンを駆逐する魔法を発動させようとする。
「……待った」
それを遮ったのは、同じくリリィの戦闘を見守っていたゾフィアだった。
「これは必要な過程だ。自分が傷付けられれば、相手に遠慮するどころではなくなるだろう」
言葉を紡ぐゾフィアの後ろでは、痛みを堪えたリリィが、再度間合いを槍のそれに戻したところだった。
「手を出すならば、いよいよとなってもまだリリィの踏ん切りがつかなかった場合だ。……ただ、その時は冒険者にはあまりに不向きだとは言わせてもらうが、ね」
次は戦闘回とか言ってた割にはそれ以外の話も。
続くの自体は予定通りなんですが、戦闘の進行はやや遅れなのでその3までのびるかもです。




