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56. 決行

「あれは……」


 テルマの方からこちらに向かってくる30前後の男。その顔に見覚えがあった。

 昨日の午後、この隠れ場所に辿り着いて間もない頃に、今とは逆にテルマに向かっていた。


 獲物を物色し始めて2組目、最初に見かけたのは3人組だったので、実質初めての獲物候補だった。そのため、顔が記憶に残っている。

 その時には大きな荷物を背負っていたが、今は袋こそ同じものだが中身は半分も入っていないように見える。おそらく、テルマの町で一仕事終えての帰り道ではないだろうか。


「……だったら、金を持ってるはずだよな」


 呟きながら、琢郎は道の左右を確かめる。そこから見える範囲において、街道に男以外に通る人の姿はない。

 チャンスだ。


 腰に小さなナイフを差してはいるものの、荒事が得意そうな男には見えない。

 商売の帰りであれば金を持っていることが見込まれ、今見た通りに途中で誰かが割り込んでくる心配もない。


「よし! こいつに決めた!」


 この男を獲物として見定めると、真下近くに来るのを待って<透明化>(インビジブル)を解除した琢郎は飛び下りた。

 着地前に風を操作し、落下速度を殺して男の眼前に下り立つ。

 インパクト重視で練習時より減速を遅らせたため、着地の際にそれなりに大きな音が響き、風で土埃が舞った。



「え……?」


 手を伸ばせば届くような近さで、突然頭上から降ってきた魔物に、男はまだ理解が追いついていないのか間の抜けたような声がその口から漏れた。


「ブギャアアアァァ!」


 そこへダメ押しの如く浴びせられた咆哮に、ようやく事態を認識した男が青ざめる。


「オ、オーク……? ウソだろ、なんでこんなとこに!」


 この近辺にいるはずのない大型の魔物だ。長年この辺りの町で商いをしているが、オークの目撃例など聞いたこともない。

 まして、ここは街道。余程のことがない限り、魔物が近寄ることなどないはずだった。


 だが、目の前にあるのが現実だ。


「ブギイィィ……!」


 目を血走らせたオークが男の方に手を伸ばそうとしてくるのを見て、慌てて届かない位置へと後ずさる。

 自衛用に腰に差したナイフのことなどすっかり忘れて、男はそのまま来た道へ逃げ出した。



「ま、待て……」


 逃げるのはいい。だが、そのまま逃げるのではなく、荷物は置いていけ。


 そう言いたいのだが、オークの姿を晒したままで人の言葉をしゃべるわけにはいかない。

 琢郎は、男の背負う荷物を掴もうとしたのだが、その手は虚しく空を切った。


 先ほどの咆哮。半分は威嚇だったが、もう半分は実は素の悲鳴だった。

 脅かすために着地をギリギリにした結果、下見の際の練習と違い着地の瞬間足に電流が走ったのだ。まさか「(いて)ぇ!」と叫ぶこともできず、咆哮に変えてそれを紛らせた。


 それが功を奏して男は逃げ出したものの、思ったより荷物が減って軽くなっていたのか背負ったままで行ってしまった。このまま逃げられたのでは、脅かした意味がない。

 追いかけたいが、足が痺れて思うように走れなかった。


「……ッ、<風加速>(フェア・ウィンド)!」


 さりとて、このまま失敗で終わるわけにいかない。遠ざかっていく男の背中を睨みつけると、意を決した琢郎は加速の魔法を唱えた。


 琢郎(オーク)が魔法を使うところを見られたくはないが、男は後も見ずに逃げている。これなら気づかれないはずだと、琢郎は風を纏ってその背中を追った。

 手が届くところまで迫ったところで、あらためて荷物目掛けて右手を振り下ろす。


「ひぃッ!」


 荷物を掴んで今度こそ捨てて逃げさせるつもりだったが、加速で勢い余ったか爪が荷物を引き裂いてしまった。

 男は怯えた悲鳴を上げ、袋の裂け目からは中身がこぼれ落ちる。


 裂けたのは袋ばかりでなかった。その下にあった服の背中も破れて、そこから覗いた男の肌にじわりと赤い筋が浮かび始めた。


「うわあああああぁぁぁ!」


 肉を裂くほどの深いものではなかったが、傷を負った男はこれまで以上に必死になって琢郎から逃れようとする。

 対して、琢郎は意図せず男を傷つけてしまったことに動揺して速度が鈍ってしまう。


 結局そのまま男は逃げてしまったのだが、袋が裂けてしまったことで荷物を捨てさせる意味はなくなっていた。

 男が逃げた後の道には、点々と荷物の中身とわずかな血が散らばって残っていたのだった。

ようやく動きました。色々と。

動いていく予定です。


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