48. 情報収集 その2
「わかっちゃいたけど、やっぱりまともに稼ぐのは難しい、か……」
リリィから聞いたことが、ほぼ予想通りだったことに小さくため息を吐く琢郎。
現に町に住む人間から話を聞くことで、何かいい方法があるかとも思ったのだが、甘かったようだ。
多少こちらに不利な条件でも、身元が問われない稼ぎ方を知らないかとも訊いてみたが、これも不発。
そもそもトラオン程度の規模の町にはそうする必要もないのか、そうした後ろ暗い市場の存在自体、リリィは聞いたことがないとの答えだった。
「日雇いの肉体労働みたいな仕事もないのか?」
売買ではなく、そういう形ならばと思ったのだが、
「えっと……そうしたお仕事も、顔を出しての簡単な登録は必要、だったはずです……」
どこか申し訳なさそうに、リリィによって否定された。
簡単な登録なので、『特殊表示』による確認まではされないとは思うが、顔出しの時点でやはり琢郎には難しい。
「そうですねぇ……猫や犬、狐や狼、熊なんて人も見たことはあるんですが……」
リリィの知る獣人の種類を訊ねてみても、琢郎の顔をなんとか誤魔化せそうな豚の獣人はやはりいないらしい。
獣人以外にも、リリィは実際に見たことのない種族も多いが、エルフやドワーフ、巨人族や小人族など多くの種族が存在するそうだ。
魔物に近い姿の種族といえば、リザードマンという爬虫類に似た種族がいるという話を聞いたことがあるとは言うが、さすがにそれは琢郎とは違いすぎる。
顔を見られてしまえば、出自を偽ることも無理そうだ。
「なら絶対に、町中では顔や正体を見られないようにする必要があるわけだ。ローブで姿を隠す他に、魔法で姿を見えなくするっていうのは何かマズイことになったりするか?」
町中での使用が犯罪扱いだったり、何か対策を取られていたりする可能性を恐れて、これまで琢郎は試すことも屋台辺りで訊いてみることもできなかった。
「え……? 魔法で、姿を見えなくするって……そんなこと、できるんですか?」
だが、ようやく確認できると思って訊いた結果は、そうした魔法の存在自体を知らない、というものだった。
「……<透明化>」
光元素の魔法だと軽く説明し、実演して見せてやると、
「う、うそ……ホントに消えた……?」
リリィは驚きを露わにして、すぐに魔法を解除して再び姿を見せた琢郎にまた驚く。
「こんな魔法……見たことありません。町内の使用禁止魔法でも、聞いたことがないです」
どうやら、思っていたよりも珍しい魔法だったのか。姿を消す瞬間を見られるのはマズイだろうが、<透明化>の使用自体は問題なさそうだ。
「……あ。でも……?」
以前巣を抜ける際になぜか見抜かれてしまったこともあって、使用を控えていたのだがどうもそれは杞憂だったようだ。そう安堵しかけた途端に、気になる言葉が続けられた。
「どうした? 何か思い出したのか?」
「いえ、その……本当に問題になるか、はっきりとはわからないんですが……」
聞き出してみると、<透明化>が光の元素魔法であることが問題になるかもしれない、ということだった。
昔、別の光の元素魔法を用いた通貨の偽装(銅貨を銀貨に見せかける、等)が多発したことがあって、光元素の操作の有無を感知できる魔法器具が広く普及しているそうだ。
屋台や単価の安い小さな店は別として、ある程度以上の店には大抵設置されているらしい。
検知範囲は狭いためにおそらく大丈夫とは思うが、その範囲に入ってしまえば器具が反応して姿は見えずとも異常があるとは思われてしまうだろう。そういう話だった。
「姿を消して、店からこっそり勘違いで誤魔化せそうな程度の金を失敬する、というのは無理か」
それだけで生計を賄える額になるとは思わないし、さして本気で言ったのでもなかったが、<透明化>が使えるのなら強盗紛いの行為よりは、と思いついて少しだけ考えたのも事実だった。
「まぁでも、その店にある魔法器具さえ気をつければ、いざと言う時<透明化>で隠れられると確認できただけでもありがたい」
話しながらゆっくり食事をとっていたが、さすがにそろそろ2人とも食べるものがなくなっていた。
琢郎はお礼がてら食後の1杯をと、リリィのコップを水で満たし直す。
「あ、ありがとうございます……」
いい加減慣れたのか、琢郎が手を伸ばして注いだ水を、さほどためらうことなくリリィは口に運んだ。
琢郎も自分の分を注ぎ直し、ちびちびと喉を湿らせながらもう少し話が続けられる。
「あと聞いておきたいのは、あの魔除けの木のことなんだが……」
今もリリィの後ろで他の魔物の接近を阻んでいるものについても、琢郎は体感ではなくより正確な知識を欲していた。
聖木の枝はやはり折ってしばらくすると効果が薄れていくが、帯に差すようにして身に着ければ丸2日くらいはある程度効果が期待できるそうだ。
毎度折り取りに行くのも面倒なので、いっそ苗木でも手に入らないかと思ったが、一般には販売されていないとのことだ。聖教会や役所などの公的機関のみが扱うことを許されているらしい。
他にも気になったことやふと思いついたことを色々と訊いてみたが、いずれも変わらずできる限りの答えを返してくれる。
だからだろうか。最後にふと、ろくでもないことを口にしてしまった。
「リリィには、色々教えてもらって感謝している。だからできれば町に帰してやりたいんだが、俺の事情でどうしても万が一を考えてしまって踏ん切りがつかない。どうすれば、リリィを全面的に信用して送り帰すことができると思う?」
お、終わらない……
予定では最後の質問の返答までを収めるはずだったんですが、前半の説明がまただらだらと……




