21. 大胆な決断
燻製肉の塊こそ大きいものの、ぶどう酒の瓶は小さい上に初めから減っていたこともあって、食の喜びに浸る時間はわずかなもので終わってしまった。
「くそッ、もうなくなっちまった……」
最後まで飲み干そうと顔の上で逆さにした小瓶を振るが、舌に落ちてきたのはほんの1,2滴にすぎなかった。
2つあった黒パンもすでに完食してしまい、唯一残った燻製肉も半分以上が胃の中に消えている。
まだ物足りない気持ちはあったものの、琢郎は肉の残りを次回に持ち越すことにして、酒を見つけた興奮から食事に移って中断してしまっていた荷物の確認を再開する。
袋の中身は、食い物の他は使い物にならないものばかりということはなかった。
底の方には寒くなった時にでも羽織るつもりだったか、フードの付いた大きなローブが折り畳まれて入っていた。
試しに袖を通してみると、オークとしては小柄なためか、胴回りがややきついものの琢郎でもなんとか羽織ることができた。
フードも被ってしまえば、パッと見ではオークとわからないはず。先ほどのように、遠目で見るなりいきなり逃げられるようなことはないだろう。
ただ、森の中では若干動きづらいのと、今の格好で上にローブだけ羽織っているのはどことなく変質者っぽい気もしたので、着れることを確認すると琢郎は一旦それを脱いだ。
他には、袋の底が二重底のような隠しポケットになっていて、数枚の銀貨が入れられていた。へそくりないし非常用の金なのだろうが、残念ながら琢郎にはこちらの貨幣価値がわからない。
最悪、銭形平次よろしく投げ銭としてなら使えるかもしれないが、今のところ役立つかは微妙だ。一応、残しておく。
あとは、手紙やメモ書きのようなものが何枚か。
琢郎にはただのゴミでしかなかったが、それらを見ていて今さらながらに気づいたことがあった。
文字が読める。それに、冒険者たちやさっきの男の言葉も何を言っているか理解できていた。
当然、彼らの話す言葉はオーク同士の話す言葉(仮にオーク語とでもしておく)とはまるで違う。だが思い出してみると、オーク語と同じレベルで彼らの言葉も普通に聞き取れていた。
「……そう言えば」
ふと思い出したことがあって、琢郎はステータスを呼び出す。画面に触れて、その詳細な説明を表示させた。
『「転生者」:異世界の記憶を保ったまま生まれ変わった者。大陸共用語、スキル「特殊表示」を自動取得。』
最初に見たときは流してしまっていたが、なるほど今なら意味が分かる。
ここで『特殊表示』と同じく、転生者が自動取得するとされている『大陸共通語』というのが、冒険者たちの使う言葉なのだろう。
自覚はなかったが、琢郎はオーク語と大陸共通語のバイリンガルになっていたというわけだ。
「……これなら、結構うまくやれるんじゃないか?」
昨日は冒険者たちに襲撃されて殺されそうになったが、琢郎の側には人間に対する敵対感情は今のところ特にない。
むしろオークの群れを離れて1人になった今では、元は地球で人間だったことから同胞めいた意識すら持っている。
ローブとフードで姿形を誤魔化すことができる。転生者の特性で、人間の使う大陸共通語も理解できる。
これなら、少しくらい人間に紛れることも可能ではないか。
そんな考えが、琢郎の頭の中に浮かんできていた。
その思いをさらに後押しするのは、拾った荷物の分別を終えて、ボロ切れ1枚で股間をかろうじて隠すだけの姿から、毛皮を使ってベタな原始人のイメージの格好にまでマシになるのに、慣れない作業で思ったより時間がかかったこと。
作業の間に再び小腹が空いてきたが、一度人間らしい食事をしてしまったために、次はもっとちゃんとした料理が食べたいという欲が起こってしまう。
姿は誤魔化せる。言葉は通じる。正確な価値まではわからないものの、一応金もある。
ぶどう酒を飲んだ後に見つけた物、気づいたことは全てこのためのお膳立てのようだった。
実は久しぶり(と言うか、今の身体では初めて)の酒に酔って、判断が鈍ってしまっているのではないか。
頭の片隅でそんな風にも考えてしまう、あまりに大胆な発想だった。
しかし、琢郎は自分の欲を御し切れなかった。
思いついた偽装策に後押しされるまま、人間の生活圏への潜入へと動いていた。
人間の町へ行く、という予定だけは最初から決まっていたのですが、動機については完全に今月に入ってからの思いつきです。




