120. 真・ゴブリンの巣
「真」とか言ってますが、琢郎たちが探していたものではあるものの、一般的なゴブリンの巣という意味では、前回の方が実は真っ当だったり。
先ほどの普通の巣と、女王種の巣だという今見えている巣。
何が違うと言って、一目見てその巣穴の大きさがまるで違った。
門番のように巣穴の横に2匹のゴブリンが立っているのも相違点の1つであったが、その入り口の大きさは彼らの身長に合わせたさっきのものと比べると倍はある。
あの大きさならば、他の2人はもちろん、琢郎も楽に中へ入れそうだ。
「……女王種の巣は見ればわかるって意味はよくわかったが、なんで入り口があんな大きいんだ?」
群れの数が多くなれば、巣そのものが大きくなるのは必然だろう。
だが、入り口をああも大きくする理由がわからない。無駄に広げたところで、大きな外敵の侵入を容易にしてしまうだけだ。
「狭い横穴は中にいくつもあるが、本道は最奥まであれに近い大きさで伸びているはずだ。女王種の特徴は異常なまでの繁殖力ともう1つ、ゴブリン離れした体格があるんだ」
多産の体力を体格が支えているのか、女王種自体とその群れの規模の大きさはほぼ比例しているという。そして、巣穴から推測できる今回の大きさは――
「想像以上の大きさだ。ここは早く町に戻って討伐隊を作ってもらおう」
ゾフィアの声が硬い。表情も、少し血の気が引いているように見える。
「……わかった、そうしよう」
元々そういう作戦だ。女王種の巣というものを唯一知るゾフィアの判断に、異を唱えるつもりは琢郎にはなかった。
ここまでの会話も、巣のゴブリンに気づかれないよう小声で行われていたが、以後は声を発することすらなく静かに離れていく。
巣の位置とその規模。これらの情報をギルドに持ち帰れば、琢郎たちの役目は終了だ。
討伐隊というのが何人くらいの編成になるかは知らないが、見知らぬ者と組んでの集団戦はリスクが高い。戦闘中に下手に正体がばれれば、周りの矛先が自分に向きかねない状況に参加するつもりはなかった。
「ぅあッ!?」
だが、ここで事態が急変する。
先頭を進んでいたゾフィアが突如、苦鳴を上げて地面に倒れこんでしまったのだ。
「だ、大丈夫ですか?」
左足を脛当ての上から押さえるゾフィアに、慌ててリリィが駆け寄る。その目の前で、ボスッという音がしてゾフィアの傍の地面が弾けた。
土が跳ねた場所に目をやると、拳大の石が半ばめり込んでいる。
少し離れていた琢郎には、その石が高速で飛んできた方向が認識できていた。
魔法具を取り付けたゴブリンが通ったであろう獣道からは隠れて移動していたのだが、運が悪かったようだ。そこには別のルートで巣に戻ろうとしていたと思しき4匹のゴブリンがいた。
「すまないッ……! 見つかってしまった」
さらに、うち2匹の手に帯のようなものがあった。片方は先をぶらさげた状態だったが、もう1匹はそれを頭上で何回も大きく振り回している。
「ギギャアァ!」
ゴブリンが吠えるとほぼ同時に、再び土が舞う。帯から放たれた石が、今度はリリィのすぐ横の地面に突き刺さっていた。
通常であればゴブリンの腕力で石を投げたところでそれほどの脅威ではなかったが、道具を使ってくるとは思わなかった。
想定外の行動に琢郎は反撃するのも忘れていたが、入れ替わるようにもう1匹が次弾を加速し始めるのを見て我に返る。
「<風刃>!」
「ギャアッ!」
急ぎ風の刃を飛ばしてそのゴブリンを斬り裂くと、悲鳴を上げて倒れるとともに石は帯ごと手から離れて、明後日の方向へと飛んでいった。
続けて風の刃を放ち続け、残りのゴブリンも全て倒すと、まだ足を押さえたままのゾフィアにあらためて近づく。そのすぐ傍に、外れて地面にめり込んだのと同じような石が転がっていた。
「足の具合は?」
「骨が折れるまでは、いっていない……と思う。ただ、衝撃で足が痺れてしまった」
リリィの手を借りて立ち上がることはできたが、しばらくは片足を引きずって歩くのが精々のようだ。
「わたしが神契魔法で――」
リリィが治癒の魔法を申し出たが、ゾフィアは首を横に振った。
一時的な痺れはリリィの使う初歩の魔法では、『怪我』とは認識されずに効果がないらしい。
ならば、自然に痺れが治まるのを待てればいいのだが、そうもいかなかった。
ゴブリンの叫び声や悲鳴が、巣まで届いてしまったのだろう。獣道の向こうから、多数のゴブリンがこちらへ向かってきている。
今ここから見えているだけでも、その数は30を超えていた。
「あ……あぁ……!」
それを見たリリィの口から、怯えたような声が零れた。
ゾフィアの方は、痺れた足に顔をしかめつつも、ゴブリンの方を向いて剣を構えようとしていた。
「戻る途中で見つけられた場合は、どうするんだ?」
横顔に問うと、
「逃げて一度追っ手を振り切り、討伐隊を連れて急いで戻る。あるいは、その場の人数で一か八か、巣を壊滅させる」
返ってきたのは、訊くまでもないような答え。
剣を構えた様子からして、ゾフィアは後者を採るつもりだろう。
前者の逃走を選べば、彼女の足の状態からして琢郎が抱えて<風加速>を用いることになるが、そこに不安要素がある。
ここに来るまで、木々が密集して狭くなっている場所がいくつかあり、琢郎一人で通り抜けるならまだしも、ゾフィアを抱えての加速は非常にしづらかった。