118. ゴブリンの巣
「そう言えば、昨日ラグードと話した時に、女王種がいるかどうかは巣を見ればすぐわかるって言ってたんだが、どういうことなんだ?」
先ほどまでと異なり、魔法具を持つ琢郎が先頭に立ち、その針の指す方向へと進む。その途中でふと思い出したことを、振り返って訊ねてみた。
「ああ、それは言葉通りだ。女王種の巣は見ただけで普通とは違う。群れの数が多いから、地上に巣がある場合は規模の差は歴然。洞窟型の巣でも――」
答えるゾフィアの言葉が不意に途切れる。
「しぃッ」
代わって右の人差し指を唇に当てて、反対の手で斜め前を見るよう促す。
それに従って琢郎が首を反転させると、獣道を進む数匹のゴブリンがいた。
まだこちらには気づいていないようなので、静かに身を屈めて見つかりにくくしながら見送る。その行き先は、琢郎の持つ魔法具の示す方向と一致しているように見えた。
「あいつらも巣に戻るところ、か?」
姿が見えなくなるのを待って、推測を口にする。
「え? でしたら、今のうちに倒してしまった方がいいんじゃ……」
リリィの主張に、しかしゾフィアは首を横に振った。
「いや。もう巣が近い可能性がある。それが女王種のものだったら、戦闘の騒ぎで気づかれるのはマズい」
一応、可能ならば討伐もとなっているが、今回の目的は巣の確認だった。
女王種の巣であれば相当数のゴブリンとの戦闘が予想され、さすがにこの人数では厳しい。女王種の巣を発見した場合には、その位置と規模を確かめるだけで一度ギルドに戻り、改めて討伐用の人員を手配することになっている。
ただし、そこでこちらが巣を見つけたことを相手に気づかれると、当然ながら巣を守るゴブリンとの戦闘になる上、討伐隊を編成している間に女王種が逃走してしまう可能性が高い。
「だから、ここから先は戦闘を避け、巣のゴブリンに気づかれないよう注意する必要がある」
そう言うと、先ほどゴブリンが通った獣道が道しるべとなるため、再びゾフィアが先頭となって警戒しながら進んでいった。
「……どうやら、幸か不幸かここは外れらしい」
途中で一度、さっきのとは別のゴブリンに見つかりそうになる危うい場面があったものの、なんとか巣らしきものが見える位置まで辿り着く。
その巣を目にした途端、ゾフィアが呟きを洩らした。
「……そうなのか?」
斜面に掘られた1メートルほどの大きさの穴を見ながら、琢郎が小声で訊ねる。
普通のゴブリンの巣というものを見るのもこれが初めてのため、琢郎自身には判断がつかなかったのだが、ゾフィアが無言で頷いたということはそうなのだろう。
「で、どうするんだ? これから」
「もちろん、あの巣は潰す。女王種の巣ならともかく、あれならこの3人だけでも十分だ」
「だが、どうやって? あの穴の大きさじゃ、さすがに俺は入れないぞ」
そのまま、巣穴を覗ける位置で小声で打ち合わせる。
高さ1メートルほどでは、琢郎が中に入ることは難しい。女性陣2人は屈めば入ることはできるだろうが、中で戦闘をするとなると不利な体勢にならざるを得ない。
「問題ない。さっきまでとは逆ということだ!」
小声から一転して叫ぶように言うと、巣の方へと飛び出していくゾフィア。
「えッ? ちょっ、ゾフィアさん!?」
その突然の行動に、慌てて釣られるように後を追うリリィ。
「ギャ、ギギュァ!」
それを見逃すはずもなく、巣の近くで起きた騒ぎに反応して巣穴から10匹近くのゴブリンが飛び出してくる。
「はああぁッ!」
吠えながらそこへ斬り込んでいくゾフィアに、まだ腑に落ちないながらも琢郎も巣に向かって援護を始めた。
「<風刃>!」
遠距離からの魔法が数を削り、前衛の剣と槍が残ったゴブリンを斬り裂き、貫いていく。さらに数匹が巣穴から増援に出てきたが、その程度では何の意味もなさない。
苦戦はおろか、たいして時間をかけることすらなく戦闘は終了し、巣穴の周りには血塗れのゴブリンの死体が並ぶこととなった。
「これで全滅でしょうか?」
巣穴から新たな増援が出て来ないのを見たリリィが言うが、そうではないと琢郎は理解していた。
ほとんどは全滅だろうが、倒したのは迎撃に出てきたゴブリンのみ。肝心のメスはまだ巣穴の奥に残っているはず。
根を絶たないままでは、巣を潰したとは言えないだろう。
襲撃で巣から誘い出すだけではこうなることは想像できた。
「仕上げはここからだ。準備をするから、その間巣穴を見張っていてくれ」
どうやら、これで終わりではないらしい。
ゾフィアはそう言って巣穴から少し離れると、手近な樹から枝や葉を折り取っていく。
それを巣穴の前に小さく積み上げ、荷物から何か入った小さな袋を取り出しそこに載せるのを見て、これから何をするのか琢郎にも見当がついた。
「――よし」
予想した通り、ゾフィアはそこに火をつけた。袋の中に何か仕込んであるのか、黒い煙が大きく上がる。
「タクロー、風を動かしてこの煙を巣穴に流し込んでくれないか」
燻り出しだ。
予想できた時点で、言われずともそうするつもりだった琢郎は風の元素を操り、煙を巣穴の奥深くまでどんどん送り込んでいく。
やがて、
「グァ! グギャアァ!」
巣穴の奥から煙に目をやられたゴブリンが数匹逃げ出してきたが、外に出た端からゾフィアの剣に首を刎ねられていった。
黒煙が充満した巣穴の中に、最早動くものの気配はない。
今度こそ全滅だった。
ゴブリンの巣の攻略、基本編です。