117. 魔法具
次の日、朝の早い時間から再び3人は採取のために森に入っていた。
ラグードは討伐系の依頼を専らにしていたので、ギルドで話した後でまたすぐに別れていた。
この日の目標は、昨日回りきれなかった場所で最低限一通りの採取物を実地で確認すること。
それと、ギルドから借り受けた物の活用だった。
「それ、なんですか?」
昨日、受付から戻って来たゾフィアが手にした物を見てリリィが訊ねると、
「これか? これは、探知用の魔法具さ」
手にした方位磁石のようなものを示しながらゾフィアが答えた。
「魔法具?」
「ああ、そこからか。魔法具というのは、特殊な技師が作製する、魔力を通すことで魔法に似たことが可能になる特殊な道具のこと。これの場合は――」
説明しながら、裏面に貼られた小指の爪ほどの大きさのシール状の黒いチップを指先で摘む。
「こいつと対になっていて、円盤に魔力を通すと針がこれのある向きを示すようになっているんだ」
と、使い方を含めた説明を昨日のうちに受けていた。
「まずは、残りの採取から終わらせよう」
対の位置が分かるとはいえ、有効範囲にも限度というものがある。
優先すべきは先に一通りの採取を終わらせることであり、
「はぁッ!」
今日もまた早速にゴブリンとの遭遇があったが、ゾフィアは昨日同様に殲滅の指示を出して自らも斬り込む。
「<風刃>!」
琢郎も魔法でこれを援護し、早々に5匹ほどの集団を全滅させた。
耳削ぎも手早く片付け、ゾフィアが目星をつけていた採取場所を回る。
結果、なんとか昼を少し過ぎた頃には数はまだ揃わないものの、依頼が出されていた種類だけは全て確認することができた。
「よし。これで後は、まだ量が足りていないものを探しつつ、次にゴブリンと鉢合わせれば打ち合わせた通りの作戦で行く」
ゾフィアが宣言して間もなく、噂をすれば影ではないが再びゴブリンたちと遭遇する。数は先ほどより少し多く、見た限り7匹。
「<風刃>!」
接近戦となる前に琢郎が魔法で数を減らす。2匹の首がこれで飛んだ。
ゾフィアは真っ先に近づいて来た1匹をすれ違いざま斬り捨て、リリィも一撃でとはいかないがさほど時間をかけずして1匹を槍で刺し貫く。
ここまでは、いつもと同じ。
2匹目と向き合った段階から、ゾフィアの行動が変化した。
ゴブリンの武器を捌き、受け流すにとどまり、隙があっても自分からは攻撃しない。
琢郎も、これ以上の風の刃は放たず、金属製の杖を取り出して別の1匹を足止めにかかった。
まるで、初めて3人で行動した試験の時のような動き。
「え、えぃッ」
残る1匹はリリィが受け持ったが、魔物相手にあえて攻めずに受けに回るという経験はないため、勝手が違って他の2人に比べ余裕に乏しい動きとなってしまう。
それがまた最初の時のことを思い出されるが、あの時とは確実に違うことが1つあった。
それは、この戦闘の主役となるのはリリィではなく、ゾフィアだということだ。
「――フッ」
何度目かのゴブリンの攻撃を受け流した時、ゾフィアは途中で剣を握る手を片方離し、力を抜くことでより大きく相手の体勢を崩す。
続いて、その空いた手をゴブリンの頭、耳の後ろ辺りに軽く滑らせると同時に、足払いをかけた。
「よし! 撤退だ!」
ゴブリンが地に転がった瞬間、ゾフィアが大きく声を上げる。
「は、はいッ」
それに応じたリリィは、相対するゴブリンの肩の辺りを軽く槍先で突いて怯ませ、距離を開ける。
琢郎も相手の武器を受け止めていた杖を強引に大きく振って、足止めしていたゴブリンを引き離して2人と合流する。
「<風加速>!」
そしてそのまま、両脇に2人を抱えるようにして加速。ゴブリンたちを視界の外へと追いやった。
「……これで、あいつらは巣へ戻ったのか?」
念のため適当な物陰に身を潜めて10分ほどがすぎ、琢郎が口を開いた。
「ああ。レオンブルグであいつらの習性は把握してる。集団が半数以下になれば、目的が何であれ中断して巣に戻るはずだ」
頷いたゾフィアは、掌大の円盤を取り出して琢郎に手渡す。
対となるチップは、先ほどの戦闘の最後にゴブリンを転ばせた時、耳の裏側に貼り付けておいた。
その上で琢郎の魔法を利用して急速に遠ざかることで彼らに戦闘継続の意志を失くさせ、帰巣本能で巣に戻るよう仕向けるというのが作戦だった。
「これに魔力を通せばいいんだな?」
昨日使い方の説明を受けた時、ギルドに残っていたのは旧型のため、起動のための消費魔力が大きくなってしまうとの欠点は聞かされていたが、琢郎の魔力量からすれば何の問題にもならない。
躊躇うことなく魔法具を起動させたが、感覚的には<風刃>を普通に放つのと変わらないかやや少ないほどでしかなかった。
「おッ……」
ピクリと円盤状の針が動き、先ほどの戦闘を行った方向からやや東を指した。
「あの場所からは動いたらしいな。で、これは……まだ移動中か?」
一見すると針は止まっているように思えたが、よく見ると微かにだが針の先が震えるようにまだ動いている。
「追いかけていけば、いずれ巣に着いて動きは止まるはず。あまり離れるのもよくない。こちらもそろそろ移動しよう」
琢郎の見立てを肯定すると、ゾフィアは作戦を詰めの追跡の段階に移すことを宣言した。
エタりはせん、エタりはせんぞ――
更新どんどん遅れてますが、一段落するところまではなんとか、絶対に。
一応、そこまでの道筋だけは頭にあるので、時間が取れるようになればペースも上がる。はず、です。