114. オークの影
まとまり悪かったおかげで、いつもよりちょい長め。
「オーク……。この辺りには、オークが出るのか?」
琢郎の発した問いに、その正体を知るリリィはハッと顔色を変える。
ラグードもまぶたをぴくりとさせたが、動きが小さかったためゾフィアはそちらの変化には気づかなかった。
それゆえ、リリィの顔色の変化をゾフィアはオークという種族に対する一般的な反応だと認識した。琢郎が口を開いた理由も、リリィの身を案じたためだ、とも。
「そう心配しなくてもいい。オークと言えば女性の大敵として有名な魔物だから気持ちはわかるが、出るとは言っても年に2,3体ほど、群れからはぐれたオークが迷い込んでくるだけだそうだ」
それに、とゾフィアは言葉を続ける。
「さっきも言ったが、リリィたちには採取の方の依頼を手伝ってもらいたい。もちろん、魔物と出くわしてしまえば戦うことになるが、相手にするのはもっぱらゴブリンやコボルトのはず」
「あ……そうなんですか! だったら、よっぽど運が悪くない限りは鉢合わせたりしないですね」
ゾフィアの説明に、リリィはほっと胸を撫で下ろす。
それをゾフィアは、自らの身の危険がないことに安心したからだと考えた。
もちろんそれもあるが、リリィは琢郎が同族と遭遇してしまうことも案じていた。
「――そういうわけで、採取組の危険を減らすためにも、討伐を中心に動いてくれる人員も増えてくれると非常に助かるんだ」
話の矛先が、再びラグードの説得へと変わる。
応援の冒険者が来るまでの限定で割り増し報酬となっているのをその目で見て、ラグードも今度はかなり前向きになっているように見えた。
好感触と見たゾフィアは、琢郎たち向けに依頼で採取するものや場所の説明をすると同時に、討伐対象の魔物の過去の遭遇場所の傾向なども丁寧に説明を続ける。
「なるほど。参考にはなった。あまり相手にした経験がねぇ魔物も、この辺にゃいるみたいだからな」
その説明にラグードも満足しているようだったが、応援が来るまでの間だけでも協力して欲しいという期待については、最後まで何の言質も与えることはなかった。
一通りの説明が終わってしまい、そろそろ宿へ行こうということになる。
琢郎たちはゾフィアと同じ宿を紹介されたが、ラグードは巨体ゆえにベッドサイズの問題から別の宿を案内されたためにここで解散。ギルドを出たところで別れることになった。
「それじゃあ、な」
去って行くリザードマンの背を見送り、こちらも自分たちの宿へと向かう。道案内で先頭を歩くゾフィアは、途中まだ未練を残して口を開く。
「結局、最後まで頷いてはもらえなかったか……。タクローたちからも、説得はできないか?」
後ろを振り返ったゾフィアに、琢郎はフードの下で首を横に振った。
「俺らも、ここに来る途中で偶然出会っただけの仲だ。悪いができることはない」
「そうか……。仕方ない。明日は、久しぶりに3人で組むとしようか」
「はいっ。またゾフィアさんと一緒に行動できて、嬉しいです」
そんなことを話している間に到着したらしく、ゾフィアは1軒の大きな家の前で足を止めた。
「ここだ」
ゾフィアの先導で中に入ると、ここの人間と思しき中年の女性がなにやら作業しながら立っていた。
「ああ。ゾフィアさん、おかえりなさい。今日も大変だったでしょう」
手を止めて声をかけてくるが、ゾフィアに続いて入って来た琢郎たちに目を見開く。
「ゾフィアさん、ひょっとして後ろにいるのは、新しく来てくれた冒険者の人かい?」
肯定すると、大喜びで迎えてくれた。
ギルドと提携している宿の人間だけに、当然現在の人手不足も承知しているらしい。
宿泊料金をただ同然にしてくれるだけでなく、正式な冒険者ではない琢郎にも、十分余っているということで別の部屋を用意してくれた。
「……ふぅ」
宛がわれた部屋に荷物を置くと、琢郎はすぐさま壁際に置かれたベッドの上に身を投げ出した。
移動はもっぱら<風加速>を用いていたとはいえ、半日ずっとでは全く疲れないわけではない。途中で戦闘もあれば尚のことだ。
だが、仰向けに倒れこんだのは肉体的な疲労が原因ではなく、別のことだ。
本来なら、久しぶりの個室ということで心置きなく処理したいことなどもあったが、今は他に考えなければならないことがあった。
あの時、ゾフィアの説明でリリィが安堵したのは、琢郎がオークと遭遇しないですむということもあったことには、琢郎も気づいていた。
そんな気を回さなくとも、普段から口にするように、身体はオークであっても心は人。何も問題はないと言いたかったが、本当にそうだろうか。
同族意識などはほとんどない。少なくとも、そのつもりだ。
だが、例えばさっきオークの討伐を依頼されていたら、おそらく何か理由をつけて断っていただろう。
巣を出た後は他のオークに出会うことがなかったために意識していなかったが、同族とは思っていないまでも、他の魔物のようにこちらから積極的に殺そうという気にはならないようだ。
「おまえは人か? オークか?」
ベッドに寝転んで天井を見上げながら自問する。
答えはもちろん決まっている。オークの身体に転生していても、自分は琢郎、人間だ。
少なくとも、敵として対した場合には躊躇うことなく攻撃できるよう、改めて意識を固めておくべきだ。さもなくば、もし不意に遭遇することになった時に、思わぬ形で後手に回ることになるかもしれない。
ゾフィアも言っていた通り、今回はそうそう出くわすこともないだろうが、万が一もある。
ベッドに横たわって休みながら、琢郎は意識の切り替えに努めるのだった。
今から暑さでへばっていたら、来月どうなることやら。せっかくの夏休みなのに……




