110. 予期せぬ襲撃
左右の重量差によるバランスの悪さも、移動を続ける内に徐々に慣れてきた。
だが、そんな時こそ何か起こるもので、あと30分もたたずにこの山道も抜けるだろうと思えたその頃、変事が起こる。
起伏こそ多いものの、迂回を嫌って拓かれた道だけにほぼ真っ直ぐに進んで行けるが、それでも一直線とはいかない。大きな岩や、魔除けの聖木を近くに植えられないような場所を避けてところどころ小さなカーブを描いている。
「おいッ! 前!」
壊すには大きすぎる岩を迂回するその1つを曲がった途端、ラグードが警告の声を上げる。
岩の陰になって曲がるまで見えなかったが、角を曲がった途端に道を塞ぐように張られた網が視界に飛び込んできた。
「<風刃>!」
言われるまでもなく、琢郎も同じものが見えている。<風加速>を解除しつつ網を破るために風の刃を放ち、かつ逆風によって慣性を中和して急制動をかけた。
糸を切られた網が道に落ち、そのわずか手前で静止した琢郎は左右に抱えた仲間を地面に下ろした。
そうして網の残骸を見ると、網に見えていたそれは先ほどラグードを拘束していたのと同じ蜘蛛の糸だった。
「そんな……ギルドの人は魔物が出る可能性もあるって言ってましたけど、まさか本当に遭遇するなんて!」
リリィは一応安全であるはずの道路上で魔物の妨害を受けたことに驚きを露わにしていたが、その原因の1つであろうものが少し向こうに見えていた。
「見ろ。聖木があそこで倒れてやがる。何があったかは知らねぇが、そりゃ出てきやすくなるわけだ」
同じく気づいたラグードが指摘した通り、聖木が根元近くからへし折れて倒れていた。それも昨日今日ではなく、倒木の状態からして結構前に折れてしまっているようだ。
これではさすがにもう効果はないはずだが、元々通行量があまり無い上、ちゃんとした街道と違いろくに整備もされていないために放置状態になっていたのだろう。
「っても、ちょうど道の上に網を張られるのは、かなりの運の悪さじゃないか?」
琢郎が呟くのとほぼ時を同じくして、網が破られたことに気づいたのか1匹の大蜘蛛が、網の一方の端を貼り付けていた大岩の上に姿を見せた。
そこには、ここが人間の通り道だと理解した上で罠を張るような知性は感じられない。
「いや、こりゃあ偶然じゃねぇ。この道を通るヤツを狙った仕掛けだ!」
叫ぶように琢郎の言葉を否定するラグード。
その目は、蜘蛛の方を見ていない。その反対側、網のもう一方の端が留められていた樹のさらに奥。手つかずの山の中の木々や草むらを睨み据えていた。
そこから涌き出るように現れたのは、犬の頭をした10を超える数の人型の魔物だった。
「やっぱ赤コボルトか!」
「赤コボルト?」
たしかに、以前に遭遇したのと比べると毛並みが赤茶けて見える。
だが、『特殊表示』で見える種族名はただのコボルトでしかない。
「ああ。亜種ってんじゃねぇが、あの赤っぽい毛の奴らは他のコボルトより小賢しくてな。罠を仕掛けたり、犬の分際で飼われるんじゃなく逆に他の魔物を使役したりしやがるんだ」
そんな問答をしている間にも、罠の不発を悟って力押しに切り替えたのか、武器や爪をかざしてコボルトたちが近づいて来ている。
「くッ」
蜘蛛の方も琢郎たちの動きを封じようというのか、岩の上から糸を吐き出す。
琢郎は元素を集めて突風を吹かせ、危ういところでそれを逸らした。
「俺はあの犬どもを蹴散らす。蜘蛛はそっちに任せた!」
琢郎の行動を契機に、一方的に分担を宣言して返答も待たずにラグードはコボルトの方へと飛び出す。
「<身体強化>!」
強化魔法と思しき言葉を唱えたラグードの踏み込みは、素早くそして力強い。
「ッらあァ!」
一瞬、徒手空拳のまま殴りつけたかに見えたが、そうではない。
硬化した爪を伸ばし、一番前のコボルトを肩から股間近くまで大きく引き裂く。
「失せろ、犬野郎!」
続いて、今度こそ拳を握りその横にいた奴を殴り飛ばす。
文字通りに吹き飛んだコボルトは、その後方の数匹を巻き込むと白目を剥いて動かなくなった。
「す、凄い……」
役割を振られなかったリリィは、せめて援護しようと槍を構えかけたが、その状態のまま呆然と立ちすくんで声を洩らした。
琢郎も同感であったが、自分の相手がある以上、余所見ばかりもしていられない。
「<風刃>!」
糸を吹き散らすための防御の風から、敵を斬り裂く刃へと転じる。
「ギッ」
それで片がつくと思いきや、顎を動かし奇妙な声だか音だかを鳴らした大蜘蛛は岩の上で折っていた8本の脚をバネのようにして大きく跳んだ。
完全に避けきるところまではいかず、脚が数本断ち切られたが、本体はその鋭く尖った顎を光らせ飛び込んでくる。
「くッ……<嵐風障>!」
咄嗟に琢郎は竜巻を起こした。迫る敵を上空へと巻き上げ、空中で身動きできないままに、
「<火炎球>!」
火球を叩き込んで焼き殺した。
久々のバトル。
最初は蜘蛛だけの予定だったんですが、それだと新キャラが活躍できないどころか足手まといになりかねなかったので。




